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本編
6-2 花屋
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アザリアは、数日かけて中庭の雑草除去と土壌改善に挑んでいた。
お兄様に言われた通り、火の魔法を使って雑草を焼き上げる。一気に焼くと火の制御ができず危険なため、少しずつ時間をかけて。燃え切って灰になったものは麻袋に入れて、肥料として残しておく。
長年雑草に汚染されていた土地なので、魔法を使いながら庭園に適した土づくりを進めるものの、これがなかなか終わらない。多量の魔力を持つアザリアでさえ、土を掘り返して雑草の根を除去するのはたいへんな重労働で、作業中に立ち眩みを起こしてしまった。
「私を呼べばいいだろう。おまえは力量を高く見積もりすぎだな」
中庭の隅にある古びたベンチに腰かけていると、いつの間にか目の前にお兄様がいて。
「熱が出ている。……体を酷使しすぎだ」
こつんっ、とアザリアの額がお兄様の額とぶつかる。
アザリアは、目の前にある赤い瞳をぼんやりと見つめていた。
「自分ならどれだけ魔法を使っても倒れないと思っていたか? 確かにアザリアなら、他の人間より長時間の魔法を使う事ができるだろうが、それでも限界があるよ。特別に魔法の訓練を受けた兵士でもない限りな」
「……まるで兵隊さんを見たことがあるような口ぶり、ですね……」
「大昔の話だ。気にするな」
アザリアの熱く火照った体が、お兄様の冷たい手によって冷やされていく。心地よさそうに目を閉じたアザリアに対し、お兄様はアザリアの頬に手を当て、薄く開いた唇に己の唇を重ねた。
「ん……っ」
びくりとアザリアが肩を揺らすけれども、お兄様はアザリアの細い腰を掴み、口づけを深くした。唇の隙間に舌を挿し込み、舌先を触れ合わせる。
「んぁ……っ、んぅ……っ」
アザリアにとってソレは、ぼやけた頭に、ぴちゃぴちゃと静かな音が直接響いてくる感覚で。
目尻に涙が溜まり始めた頃に、ようやくお兄様の唇が離れた。透明な銀糸が口端にとろりと垂れると、お兄様が舐めてくれる。
へその下から湧き上がる熱を感じて、アザリアは切なげに瞳を揺らした。
「い、まのは……」
「魔力を与えた」
「魔力……ですか」
「魔力切れだったからな」
そうか、これがかの有名な魔力切れと呼ばれる症状なのか。
縁も所縁もないものだと思っていたアザリアは、新鮮な気持ちで先ほどの立ち眩みを思い返す。確かにたくさん魔力を使った覚えがあったが、倒れるほどだっただろうか。慣れない作業のせいかもしれない。
(さっきの……気持ち、よかったな……)
お兄様から魔力を流し込まれる感覚は、戯れのように触れ合ういつものキスとも、お兄様に抱かれて最後までシてもらうのとも、少し違う。まるでそう……親鳥から餌を与えられる小鳥にでもなった気分で。
ほぅ……と。
息を、吐いてしまう。
「花が好きなのは分かるが、無理はするな」
「早く庭園を造ってしまいたかったので……」
「根を詰め過ぎだ。アザリアに倒れられたら、私がどうにかなってしまう」
「どうにかって、どうなるのですか……?」
「当ててみたらどうだ」
「……ちょっとくらいは、焦りますよね。きっと」
「ちょっと、では収まらないな。何をするか分からないよ、私は」
お兄様はそんな事を言うが、アザリアは全くもって想像できなかった。この美しい人が、ちっぽけな小娘一人に取り乱している様子がまるで思い浮かばない。ちょっとは焦ってくれるだろう、それがアザリアの想像の限界だ。
「この庭を放置して雑草だらけにした責任なら私にもある。庭の手入れはこれから私も呼びなさい。一人では無理だ」
「次からそうします……って、え? どうしてお兄様に責任が付きまとうのですか?」
「温室にアマリリスがあるだろう?」
もちろん知っている。
温室で見つけて以来、食べ尽くさないように個数の管理をしている魔法植物だ。
「アレはもともと普通の花だったが、覚えたての魔法を使いたくて試し打ちをしていた。その時の一発が……雑草の繁茂を促進させてしまってな」
「だからすごく強力な根っこが生えていたんですね……」
どうりで背丈の高い雑草が生えていたわけで、それももちろん驚いたが、お兄様が温室の魔法植物を作った張本人だと思わなかった。どれだけ魔法の知識を習得しても、魔法植物を作れるのは一握りの人間だけ。その一握りの人物というのがアザリアの両親だったわけだから、お兄様は研究者になれるレベルの魔法の才能があるのかもしれない。
「雑草の除去が進めば、この庭もお花でいっぱいになります。あとでニコラスさんにも、たくさん花の購入があるって言っておかないと……」
「ニコラスというのは、誰の事だ?」
強く腕を掴まれ、アザリアは少し驚いてしまう。
「教会にいる患者の話、ではないな。誰だ?」
「え……? ほらあの、この前除草剤を買おうと思って、結局なかった……花屋の話で……」
「あぁ……花屋か」
お兄様の雰囲気が変質した。
だが見間違いかと思うくらい一瞬のことで、お兄様はもういつもの雰囲気に戻っている。
「ひとまず根を除去しない限り庭は完成しない。根の除去は私がやろう。アザリアはここにいなさい」
お兄様は立ち上がると、中庭へと歩みを進めた。
お兄様に言われた通り、火の魔法を使って雑草を焼き上げる。一気に焼くと火の制御ができず危険なため、少しずつ時間をかけて。燃え切って灰になったものは麻袋に入れて、肥料として残しておく。
長年雑草に汚染されていた土地なので、魔法を使いながら庭園に適した土づくりを進めるものの、これがなかなか終わらない。多量の魔力を持つアザリアでさえ、土を掘り返して雑草の根を除去するのはたいへんな重労働で、作業中に立ち眩みを起こしてしまった。
「私を呼べばいいだろう。おまえは力量を高く見積もりすぎだな」
中庭の隅にある古びたベンチに腰かけていると、いつの間にか目の前にお兄様がいて。
「熱が出ている。……体を酷使しすぎだ」
こつんっ、とアザリアの額がお兄様の額とぶつかる。
アザリアは、目の前にある赤い瞳をぼんやりと見つめていた。
「自分ならどれだけ魔法を使っても倒れないと思っていたか? 確かにアザリアなら、他の人間より長時間の魔法を使う事ができるだろうが、それでも限界があるよ。特別に魔法の訓練を受けた兵士でもない限りな」
「……まるで兵隊さんを見たことがあるような口ぶり、ですね……」
「大昔の話だ。気にするな」
アザリアの熱く火照った体が、お兄様の冷たい手によって冷やされていく。心地よさそうに目を閉じたアザリアに対し、お兄様はアザリアの頬に手を当て、薄く開いた唇に己の唇を重ねた。
「ん……っ」
びくりとアザリアが肩を揺らすけれども、お兄様はアザリアの細い腰を掴み、口づけを深くした。唇の隙間に舌を挿し込み、舌先を触れ合わせる。
「んぁ……っ、んぅ……っ」
アザリアにとってソレは、ぼやけた頭に、ぴちゃぴちゃと静かな音が直接響いてくる感覚で。
目尻に涙が溜まり始めた頃に、ようやくお兄様の唇が離れた。透明な銀糸が口端にとろりと垂れると、お兄様が舐めてくれる。
へその下から湧き上がる熱を感じて、アザリアは切なげに瞳を揺らした。
「い、まのは……」
「魔力を与えた」
「魔力……ですか」
「魔力切れだったからな」
そうか、これがかの有名な魔力切れと呼ばれる症状なのか。
縁も所縁もないものだと思っていたアザリアは、新鮮な気持ちで先ほどの立ち眩みを思い返す。確かにたくさん魔力を使った覚えがあったが、倒れるほどだっただろうか。慣れない作業のせいかもしれない。
(さっきの……気持ち、よかったな……)
お兄様から魔力を流し込まれる感覚は、戯れのように触れ合ういつものキスとも、お兄様に抱かれて最後までシてもらうのとも、少し違う。まるでそう……親鳥から餌を与えられる小鳥にでもなった気分で。
ほぅ……と。
息を、吐いてしまう。
「花が好きなのは分かるが、無理はするな」
「早く庭園を造ってしまいたかったので……」
「根を詰め過ぎだ。アザリアに倒れられたら、私がどうにかなってしまう」
「どうにかって、どうなるのですか……?」
「当ててみたらどうだ」
「……ちょっとくらいは、焦りますよね。きっと」
「ちょっと、では収まらないな。何をするか分からないよ、私は」
お兄様はそんな事を言うが、アザリアは全くもって想像できなかった。この美しい人が、ちっぽけな小娘一人に取り乱している様子がまるで思い浮かばない。ちょっとは焦ってくれるだろう、それがアザリアの想像の限界だ。
「この庭を放置して雑草だらけにした責任なら私にもある。庭の手入れはこれから私も呼びなさい。一人では無理だ」
「次からそうします……って、え? どうしてお兄様に責任が付きまとうのですか?」
「温室にアマリリスがあるだろう?」
もちろん知っている。
温室で見つけて以来、食べ尽くさないように個数の管理をしている魔法植物だ。
「アレはもともと普通の花だったが、覚えたての魔法を使いたくて試し打ちをしていた。その時の一発が……雑草の繁茂を促進させてしまってな」
「だからすごく強力な根っこが生えていたんですね……」
どうりで背丈の高い雑草が生えていたわけで、それももちろん驚いたが、お兄様が温室の魔法植物を作った張本人だと思わなかった。どれだけ魔法の知識を習得しても、魔法植物を作れるのは一握りの人間だけ。その一握りの人物というのがアザリアの両親だったわけだから、お兄様は研究者になれるレベルの魔法の才能があるのかもしれない。
「雑草の除去が進めば、この庭もお花でいっぱいになります。あとでニコラスさんにも、たくさん花の購入があるって言っておかないと……」
「ニコラスというのは、誰の事だ?」
強く腕を掴まれ、アザリアは少し驚いてしまう。
「教会にいる患者の話、ではないな。誰だ?」
「え……? ほらあの、この前除草剤を買おうと思って、結局なかった……花屋の話で……」
「あぁ……花屋か」
お兄様の雰囲気が変質した。
だが見間違いかと思うくらい一瞬のことで、お兄様はもういつもの雰囲気に戻っている。
「ひとまず根を除去しない限り庭は完成しない。根の除去は私がやろう。アザリアはここにいなさい」
お兄様は立ち上がると、中庭へと歩みを進めた。
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