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本編
6-1 花屋
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いい匂いがするなと、ふらふらと歩いて。
辿り着いた先にあったのは、一軒の花屋だった。
「これ、食べてみたいな……」
そんなことを呟いて、アザリアは慌てて辺りを見渡す。大丈夫、特に訝しんでいる人はいない。ほっと一安心して、もう一度ソレを見つめる。
花、である。
幾重にも折り重なった花弁は、硬く閉じられ、完全には開ききっていない。店先の飾られた花たちは淡い桃色や黄色が多く、なにより葉っぱのかたちが特徴的だ。
「まるで蛙みたい……」
「そ、それはラナンキュラスっていう花です……」
アザリアに話しかけたのは、頬のそばかすがチャーミングな青年だった。
くたびれた作業着を着用し、ベレー帽を被っている。
どことなく気の弱そうな雰囲気の青年は、フードの下に覗くアザリアの顔を見ると、息を飲んだ。
「え!? もしかして教会にお勤めの……聖女のアザリア様、ですか……っ?」
「聖女、ではないのですが……」
「で、でもみんな言ってますよっ! あなたはその……とても美しい白い髪をお持ちで、綺麗で、魔法の知識も豊富で、本物の聖女様みたいだって……」
外で稼ぐとなった際、アザリアの華奢な身体では力仕事をこなせない。せっかく身につけた植物と魔法の知識を使わないのはもったいないという理由で、アザリアは町におりて小さな教会へ赴いた。
町にある唯一の治療院としての医療的な側面を持っていた教会は、慢性的な人手不足に悩んでおり、快くアザリアを受け入れた。以来アザリアは、週に三日ほど教会で奉仕活動に勤しんでいる。主な内容は、悩める人々の話を聞いてあげる事と、病人の世話をすること。
いったい誰が言い始めたのか、神秘的な白髪を持つアザリアは、町の住民から聖女だと言われるようになってしまった。
(聖女、だなんて……)
そんな仰々しい存在ではない、と、アザリアは思う。
それに、教会で働くようになったのは人助けが理由ではない。
もっと独善的で、自分勝手で、わがままな理由だ。
「聖女様とか、アザリア様とか……そんな風に呼ぶのはよしてくれませんか?」
「え!? でも、周りはみんな……」
「アザリアでいいです」
「アザリア……さん」
「ええ、そうですよ。えとあなたは……花屋の従業員さん?」
「ニ、ニコラスって言いますっ。いちおう花屋の次期店主です……」
「とても偉い方なのですね、ニコラスさん」
アザリアが微笑むと、ニコラスの顔がほんのり赤くなった。
それからというもの──
花屋に用事が出来た際、アザリアはニコラスの花屋へ行くようになった。
花屋に通い始めたことで、当初から計画していた中庭の改造も開始した。
現在の中庭は、大きく分けて雑草が繁茂するエリアと、魔法植物が咲き誇る温室のエリアに分かれている。温室はアザリアが時間をかけて雑草を抜き、がらくたを片付けて綺麗にした。
最近、花を食べる回数が増えたのだ。
温室でアマリリスを初めて見つけて以来、魔法植物の交配を成功させ花の数を増やすことに成功したものの、アザリアの花を食べる量に到底追いつけるものではない。今までは主食を雑草の花弁、たまに魔法植物の花といった具合で調整してきたが、広大な土地があるのだから、花を大々的に増やしたいのが大きな狙いである。
空腹を満たすために育てる花とはいえ、せっかく手を出すのであれば綺麗に整備したい。
そこでアザリアは、花を購入するついでに、ニコラスに相談をもちかけた。
「まずは雑草をなんとかしたほうがいいかな。僕は花屋だから庭の作り方は分からないんだけど、知り合いがいるんだ。専門家にアザリアさんの家の庭を見てもらって、見積もりをしてもらったらどうかな?」
「……ごめんなさい。その……できるだけ一人の力でやりたくて……」
アザリアが町の住民ではなく、森から来ている『森の住民』であることは知られている。
だが、魔法の霧に守られた古城に住んでいるということは、誰にも知らせていない。
「そ、そか……ま、まぁ庭を作るってなったらお金もかかるし、自己流でやってる人も多いからね……」
ニコラスは深入りはせず、真面目に庭園を造る方法を考えてくれた。
雑草を何とかするために除草剤の購入も考えたが、残念ながら売っていなかった。
最後にニコラスからおすすめされた切り花を購入した。
「水の中で茎をはさみで切るんだ。そうしたら、水を吸い上げる力が強くなって、長持ちしやすいよ」
切り花を長持ちさせる方法について話すニコラスは、とても嬉しそうに笑っていた。
*
花屋から出ると、アザリアの視界の先にお兄様の姿が映った。
お兄様はアザリアの送迎係。教会に仕事をしに行く時も、町に買い出しをする時も、古城の外にいる時は常にアザリアの隣にいる。基本的に彼がアザリアの傍を離れることはないが、アザリアは違った。お兄様を置いて町の住民と話す事が多かった。
今も、花屋に行くためにお兄様に外で待ってもらっていた。
「お待たせしました」
お兄様はアザリアがやって来るのをみると、踵を返して歩き始めた。
アザリアは置いていかれないように、少し早足になる。
「最近、あの花屋に行くことが多いな」
「中庭を綺麗にしたくて……」
「中庭か」
「はい。雑草ばかりで何とかしたいのですが……目当ての除草剤はありませんでした」
「あの雑草か。……焼いてみたらどうだ」
「あ、そうですね。それは考え付きませんでした」
気のせいかもしれないが、最近のお兄様はどことなく機嫌が悪いように見える。表立って分かりやすいものでもなく、あくまでそんな気がするだけ、という程度なのだが。
アザリアはお兄様の隣を歩いて、お兄様の綺麗な顔を見上げた。
昔はお兄様が怒ったり不機嫌になるなんて思ってもみなかった。この美しい銀色の髪を持つ吸血鬼は、いつまでも圧倒的で、ヒトならざる雰囲気を醸し出し続けると思っていたのだ。
(……大好きですよ、お兄様)
アザリアがふふっと笑うと、お兄様はぴくりと眉を動かした。
「何か言ったか」
「何も言ってません」
言いながら、アザリアは切り花を持ち直した。これは花瓶に飾る用ではなく、腹を満たすために買ったものだ。食べたらどんな味がするのだろう。魅惑の味を妄想しながら、うっとりと目を閉じる。
「…………」
そんな様子を、お兄様にじっと見つめられているなんて、気付かずに。
辿り着いた先にあったのは、一軒の花屋だった。
「これ、食べてみたいな……」
そんなことを呟いて、アザリアは慌てて辺りを見渡す。大丈夫、特に訝しんでいる人はいない。ほっと一安心して、もう一度ソレを見つめる。
花、である。
幾重にも折り重なった花弁は、硬く閉じられ、完全には開ききっていない。店先の飾られた花たちは淡い桃色や黄色が多く、なにより葉っぱのかたちが特徴的だ。
「まるで蛙みたい……」
「そ、それはラナンキュラスっていう花です……」
アザリアに話しかけたのは、頬のそばかすがチャーミングな青年だった。
くたびれた作業着を着用し、ベレー帽を被っている。
どことなく気の弱そうな雰囲気の青年は、フードの下に覗くアザリアの顔を見ると、息を飲んだ。
「え!? もしかして教会にお勤めの……聖女のアザリア様、ですか……っ?」
「聖女、ではないのですが……」
「で、でもみんな言ってますよっ! あなたはその……とても美しい白い髪をお持ちで、綺麗で、魔法の知識も豊富で、本物の聖女様みたいだって……」
外で稼ぐとなった際、アザリアの華奢な身体では力仕事をこなせない。せっかく身につけた植物と魔法の知識を使わないのはもったいないという理由で、アザリアは町におりて小さな教会へ赴いた。
町にある唯一の治療院としての医療的な側面を持っていた教会は、慢性的な人手不足に悩んでおり、快くアザリアを受け入れた。以来アザリアは、週に三日ほど教会で奉仕活動に勤しんでいる。主な内容は、悩める人々の話を聞いてあげる事と、病人の世話をすること。
いったい誰が言い始めたのか、神秘的な白髪を持つアザリアは、町の住民から聖女だと言われるようになってしまった。
(聖女、だなんて……)
そんな仰々しい存在ではない、と、アザリアは思う。
それに、教会で働くようになったのは人助けが理由ではない。
もっと独善的で、自分勝手で、わがままな理由だ。
「聖女様とか、アザリア様とか……そんな風に呼ぶのはよしてくれませんか?」
「え!? でも、周りはみんな……」
「アザリアでいいです」
「アザリア……さん」
「ええ、そうですよ。えとあなたは……花屋の従業員さん?」
「ニ、ニコラスって言いますっ。いちおう花屋の次期店主です……」
「とても偉い方なのですね、ニコラスさん」
アザリアが微笑むと、ニコラスの顔がほんのり赤くなった。
それからというもの──
花屋に用事が出来た際、アザリアはニコラスの花屋へ行くようになった。
花屋に通い始めたことで、当初から計画していた中庭の改造も開始した。
現在の中庭は、大きく分けて雑草が繁茂するエリアと、魔法植物が咲き誇る温室のエリアに分かれている。温室はアザリアが時間をかけて雑草を抜き、がらくたを片付けて綺麗にした。
最近、花を食べる回数が増えたのだ。
温室でアマリリスを初めて見つけて以来、魔法植物の交配を成功させ花の数を増やすことに成功したものの、アザリアの花を食べる量に到底追いつけるものではない。今までは主食を雑草の花弁、たまに魔法植物の花といった具合で調整してきたが、広大な土地があるのだから、花を大々的に増やしたいのが大きな狙いである。
空腹を満たすために育てる花とはいえ、せっかく手を出すのであれば綺麗に整備したい。
そこでアザリアは、花を購入するついでに、ニコラスに相談をもちかけた。
「まずは雑草をなんとかしたほうがいいかな。僕は花屋だから庭の作り方は分からないんだけど、知り合いがいるんだ。専門家にアザリアさんの家の庭を見てもらって、見積もりをしてもらったらどうかな?」
「……ごめんなさい。その……できるだけ一人の力でやりたくて……」
アザリアが町の住民ではなく、森から来ている『森の住民』であることは知られている。
だが、魔法の霧に守られた古城に住んでいるということは、誰にも知らせていない。
「そ、そか……ま、まぁ庭を作るってなったらお金もかかるし、自己流でやってる人も多いからね……」
ニコラスは深入りはせず、真面目に庭園を造る方法を考えてくれた。
雑草を何とかするために除草剤の購入も考えたが、残念ながら売っていなかった。
最後にニコラスからおすすめされた切り花を購入した。
「水の中で茎をはさみで切るんだ。そうしたら、水を吸い上げる力が強くなって、長持ちしやすいよ」
切り花を長持ちさせる方法について話すニコラスは、とても嬉しそうに笑っていた。
*
花屋から出ると、アザリアの視界の先にお兄様の姿が映った。
お兄様はアザリアの送迎係。教会に仕事をしに行く時も、町に買い出しをする時も、古城の外にいる時は常にアザリアの隣にいる。基本的に彼がアザリアの傍を離れることはないが、アザリアは違った。お兄様を置いて町の住民と話す事が多かった。
今も、花屋に行くためにお兄様に外で待ってもらっていた。
「お待たせしました」
お兄様はアザリアがやって来るのをみると、踵を返して歩き始めた。
アザリアは置いていかれないように、少し早足になる。
「最近、あの花屋に行くことが多いな」
「中庭を綺麗にしたくて……」
「中庭か」
「はい。雑草ばかりで何とかしたいのですが……目当ての除草剤はありませんでした」
「あの雑草か。……焼いてみたらどうだ」
「あ、そうですね。それは考え付きませんでした」
気のせいかもしれないが、最近のお兄様はどことなく機嫌が悪いように見える。表立って分かりやすいものでもなく、あくまでそんな気がするだけ、という程度なのだが。
アザリアはお兄様の隣を歩いて、お兄様の綺麗な顔を見上げた。
昔はお兄様が怒ったり不機嫌になるなんて思ってもみなかった。この美しい銀色の髪を持つ吸血鬼は、いつまでも圧倒的で、ヒトならざる雰囲気を醸し出し続けると思っていたのだ。
(……大好きですよ、お兄様)
アザリアがふふっと笑うと、お兄様はぴくりと眉を動かした。
「何か言ったか」
「何も言ってません」
言いながら、アザリアは切り花を持ち直した。これは花瓶に飾る用ではなく、腹を満たすために買ったものだ。食べたらどんな味がするのだろう。魅惑の味を妄想しながら、うっとりと目を閉じる。
「…………」
そんな様子を、お兄様にじっと見つめられているなんて、気付かずに。
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