【R18】花喰らいの乙女は吸血お兄様の執愛に溺れる

べらる

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本編

10-2 執愛

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 瑞々しい新緑色の芽が出てきたとき、アザリアは、とうとうこの時がきたと思っていた。きっとこの可愛らしい芽は、みるみるうちに私の魔力を吸い取り、肉厚な花弁を見せつけてくるのだろう、と。

 けれどもなんの因果か、芽は想定よりも成長が遅く、ちっとも蕾をつける気配がない。翌日になってみれば、今度は腕や足から複数の芽が生えてきている。次の日、また次の日と待ってみても、芽の数が増えるだけ。

 ある日アザリアは、豆粒のような可愛らしい芽を指でつまんで、えいと引っ張ってみた。身を裂くような痛みに襲われたものの、多少の出血があるだけでどうやら芽を引っこ抜くことはできるらしい。

(なんだ。……案外、弱い……)

 虚をつかれたような、感情。
 あまりにもあっけない植物の命に呆然としたあと、アザリアを襲ったのは不思議な高揚感だった。夢中になって芽を摘んでいるときに、お兄様が帰ってきて、叱られてしまった。体中、血まみれだったみたいだ。

「引き抜いても、また芽が出てくる。それに根は身体の深部にまで広がっているはずだ。むりに引き抜くと、体が傷つく。だから……よせ」
「お兄様……顔色が……」
「私のことはどうでもいい。おまえは、自分の身体を心配しなさい」
「……はい」

 お兄様の顔には、疲労と憔悴の色がはっきり滲んでいた。
 理由は、ルドィビーク夫妻の家に引きこもり、そこにあるあらゆる論文や研究成果を頭に叩き込んでいるからである。
 ルドィビーク夫妻の論文には、《花喰らい》を病ではなく、魔法植物が突然変異した一種の植物ではないかと主張するものがある。体中に肉眼では捉えられないような根のようなものを張りめぐらせ、花を食べるという体質に変化させるところから、人間が植物に寄生されていると考えられるからだ。

 このまま研究を続ければ、ルドィビーク夫妻は《花喰らい》の治療法を見つけられたかもしれない。
 だがその前に二人は──アザリアの両親は、花を咲かせて死んでしまった。

 お兄様は、夫妻の研究を引き継ぎ、花喰らいの治療法を完成させようとしている。

 ──ほかならぬ、アザリアのために。

「私の様子を確認するために、古城と生家を移動するのは大変でしょう?」
「…………別に」
「うそいわないで」
「うそじゃない」
「お兄様、うそつくの下手ですから、分かりますよ。ほら、いま目を逸らした」
「…………」

 お兄様は、早朝古城を出発してアザリアの生家に向かう。
 そして夕方頃になると生家から古城に帰ってくる。

「私も、私の両親がいたあの家に……お兄様と一緒に行きたいです」

 アザリアの体力は、すでに限界が近い。少し立っただけで眩暈に襲われ、外を歩くのなんて夢のまた夢。花が咲くのが早いか、衰弱死するのが早いか。それでもアザリアは、お兄様と一緒に行きたいと言う。

「離れたくないんです」
「…………」
「私も……連れて行ってください」

 アザリアがお兄様の手を取ると、お兄様はアザリアの足枷を外し、軽々と持ち上げた。

「おまえがそんなことを言うのは、二度目だ」
「?」
「一度目は町に行きたいと言った時。あの後の私は、おまえを外に出したことを後悔した」

 そんなこともあったな、とアザリアは小さく笑う。茶化すように「今もしているでしょう?」と言えば、お兄様は不機嫌にはなってくれず「そうだな」と呟いた。

「ずっと私の腕にいなさい。連れて行ってやろう」

 まっすぐ前を見て歩き始めたお兄様の顔を、アザリアは見つめる。
 銀色の髪をなびかせた、美しい吸血鬼の彼。その目は深い血の色で、アザリアの大好きな赤色である。
 目、だけではない。
 意外と優しい口づけをしてくれる唇も、聞いていると安心する耳心地の良い声も、男性らしい体も、執着心にまみれた一挙手一投足すら、アザリアにとっては愛おしい。

「お兄様……」




 *





 家の中は、ひどいありさまだった。お兄様が少しでも情報をと、家じゅうの本棚や家具をかたっぱしからひっくり返してしまったせいで、まるで強盗の襲撃を受けた後のようである。でもそれだけお兄様が必死になってくれていると感じて、家のなかで一番大きなソファに座っていたアザリアは、ふふっ、と笑っていた。

(こういうとき、嬉しいって思っちゃダメなんだろうな……きっと)

 ぐるりと家の中を見渡す。
 生家は養父母が別荘がわりに使っていたため、ほとんど当時のまま残っている。亡くなった両親との思い出がよみがえり、なんだかくすぐったい気持ちになった。

 なにげなしに、膝の上にある籠を指でなでた。
 顔ほどもある大きなものだ。朝に摘んできたばかりのアマリリスの花弁を入れており、口寂しくなったら食べられるようにと、お兄様が用意してくれた。

 お兄様は生家で泊まり込み、論文を読んでいた。
 アザリアはただ、その様子をぼんやりと眺めていた。

 一日、また一日と時間が過ぎていく。
 その日もまた、アザリアはソファの上で朝を迎えた。このところ眠くて仕方なく、眠い目をこすって体を起こす。
  
 風が吹いた。

 アザリアの白い髪が、アマリリスの花と一緒に宙に舞う。ふわふわ、ふわふわと。きれいな赤色だなと、アザリアは目で追いかけた。地面におちるまえに、手で掴んで、食べてやる。

「美味しい……」

 肩に違和感があって、肩を見る。
 そこにあった芽は、いつのまにか蕾が膨らんでいて、もう間もなく花が咲きそうである。
 どたどたと物音がして、お兄様がやってきた。

「お兄様……」

 お兄様の赤色の瞳から光が消えていた。申し訳ない、とアザリアは思う。こんなちっぽけな小娘に入れ込んでしまったせいで、美しいこの人は、人間っぽい感情を抱いてしまったのだ。
 最初はあんなに強くて気高かったのに、今では身も心もすりきれて、ボロボロになってしまっている。

「何色の花が咲くと思いますか……?」
「……そんなことを聞くな」
「ふふっ。……私は……白以外だったらいいなって思ってますよ……」

 アザリアは、自分の白い髪も嫌いだった。鏡を見るのがイヤだった。でもお兄様がいてくれて、白い髪が綺麗だと褒めてくれたから、耐えられたのだ。

「白よりも……赤がいい……。お兄様と、同じ色になりたい……」

 咲くのなら、白より赤がいい。
 赤はお兄様の瞳の色でもあり、両親の好きだったアマリリスの色であり、生の象徴たる血の色である。

 赤がいいのだ。
 なによりも、赤色でなくちゃいけない。

「アザリア……」

 お兄様の指が、アザリアの頬を撫でる。慈しみにあふれた動きに、くすぐったくなって、わずかに身を捩る。

「おまえの口からまだ聞けていない言葉がある」
「……?」

 もうアザリアの意識は朦朧している。
 アザリアはお兄様が何を言いたいのか分からず、戸惑いの表情を浮かべた。そうするとお兄様に、体を抱きしめられる。痛みすら感じる強い抱擁のあと、お兄様が声を荒らげた。

「おまえは私のものだと、一番最初に宣言したな」
「はい……」
「死ぬことは許さないとも言ったな」
「…………は、い」
「アザリアはそれに了承した。未来永劫、私のものになった。私のこの理解は正しいか」
「…………はい」

 合っている。
 アザリアの身の心も、あの夜に養父母宅から救い出してくれた瞬間から、お兄様のものになった。
 でなければ、お兄様に食べてほしいなんて心の底から思わない。花を咲かせて醜く腐っていく体なんて、見せたくない。この美しい吸血鬼の脳裏では、アザリアという少女は最期まで綺麗なまま、美しい姿のままでいたかった。

「愛している、アザリア」

 その言葉を、アザリアは何度か耳にしていた。
 ただ人間の真似事をしているとしか思わず、大した意味もないと思っていた。実際、最初の頃はお兄様だって意味を理解していなかったのだろう。男女の営みの際に、よく使われる言葉だという理由で、言っていたに違いない。
 
 でも今は、そうでない事が分かる。
 本当に手放したくないのだろう。
 言葉の端々や抱きしめる力の強さには、執愛のような強い何かを感じる。もしここで本当に死んでしまったら、体が腐る前に魔法か何かでコーティングして、綺麗なお人形さんみたいに髪をとかされて、古城の地下室で深い愛を受け続けるのではないか──

 そんな不穏な未来が脳裏によぎるほどに、お兄様の言葉は真剣で、愛情深くて、どことなく昏い。

 でも、お兄様だからこそ、アザリアは彼を心の底から欲しいと思うのだ。

「私の腕のなかにいなさい」
「…………」
「アザリア」
「…………私、は」

 今まで、アザリアは本心を隠してきた。
 花喰らいのことも、両親のことも、何もかも言わなかった。
 言ってどうなると思っていた。
 何も変わらない。
 どうせ死ぬ。
 言っただけ、期待しただけ損だと、全部押し殺して。

 ──あの子は他人に興味がない。

 昔、同僚のメイドにそんなことを言われたことがある。感情のないお人形メイド、人として大事な部分まで花に喰われてしまった娘だと。

『あぁ、気味が悪い。花を食べるなんて』

 ──別に食べたくて食べてるわけじゃない。
 
 そんな事を思ったけれど、言わなかった。
 今だって、そうだ。
 アザリアはお兄様を目の前にして、まだ言っていない事がある。
 
「私は……お兄様と一緒に……」
「…………ああ」

 どうして。
 言いたいことを言おうとすると、涙が出るんだろう。
 やっぱり、今まで押し殺してきた反動だろうか。

「生きていきたい、です……」

 震える声で絞り出した感情を、お兄様はしっかりと受け止めてくれた。

「ああ。……死ぬのは許さない。おまえは、私のものだ」

 柔らかな唇を感じて、口付けされているのだと知る。より深く彼を感じたくて、アザリアは自らの唇を強く押し付けていた。






 
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