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本編
10-1 執愛(お兄様視点)
しおりを挟む《花喰らい》の末期症状は、体から《芽》がでてくる。
芽吹いた瞬間から患者の体から魔力を吸い取り始め、日を経るごとに成長を続ける。発芽が一つだけのときもあれば、体中に芽が点在することもあるのだが、アザリアは後者だった。
お兄様がアザリアの《芽》の存在を確認した翌日には、肩だけでなく、胸や腕、腿からも芽が出始めていた。どうやら病は、さっさと花を咲かせるのではなく、アザリアの魔力をじっくり絞り取るつもりらしい。時間をかけてでも体中に発芽させ、大量の花を咲かせてやろうという魂胆があるようだった。
────腹立たしい。
体が植物に覆われていくというのに、アザリアの様子は相変わらずだった。諦観に似た色を顔に滲ませるだけで、普段通りに振る舞う。たまに足枷を愛おしげに撫でたかと思えば、頬に手をあて、目を細めている。お兄様が姿を現わせば、アザリアは頬を赤く染め、嬉しそうに寝台へ招き寄せるのだ。
「お兄様、今日は本を読ませてもらえませんか」
「お兄様、今日の花びらはあまり美味しくありませんでした。花の管理はちゃんとできてますか?」
「お兄様、疲れていませんか? そろそろお休みになられたらどうですか?」
────本当に、腹立たしい。
沸き立つ黒いヘドロのような感情と一緒に、白髪の彼女に口づけを落とし、魔力を与えてやる。そして植物の成長を阻害する魔法をかける。こうすることで、今すぐ彼女が花に変わることはない。
だが、あくまでコレは《延命》だ。
根本解決にならない。
不足している《花喰らい》の情報を補うために、お兄様は古城にある本をすべて読み尽くした後、町へ出かけて情報収集に務めていた。やり口としては、二つ。一つは医療本の取り寄せ、もう一つは情報を売買しているところに直接出向き、《花喰らい》の情報を入手している。
いわゆる、闇市と呼ばれる場所だった。
情報の正確性はピンキリ。
治らない病に効くとロクでもない薬を高額で売りつけられたり、身の毛のよだつような治療方法を教えられる時もある。あるいは逆に、不治の病を患った若い夫妻が闇市で治療方法を見つけ、奇跡の快復を遂げたという情報も。
闇市で情報を集める中で、《花喰らい》の症例に長年研究していた夫妻がいることが判明した。
おそらく、この世でもっとも《花喰らい》について詳しい人間。
彼らの居所を掴むため、お兄様は古びたローブに身を包んで、暗い酒場にやってきていた。
ある男を探している。
数日前、夫妻の居場所を掴んでいるのに出し渋り、交渉の場から逃げ出した男だ。
目的の男は、案外早く見つかった。
部屋の中央で、複数の女を侍らせて品のない笑い声をあげている。くたびれたシャツにゆるめたネクタイを巻く男は、こちらの姿に気付くと驚いたような顔になった。一言二言何かを言い残して、外に出るように合図してくる。
酒場からかなり離れた場所で、男はタバコをふかしながらニヤニヤと笑った。
「お兄さん、あんたもしつこいね」
「情報を渡さず逃げたおまえが悪い」
「ヘヘッ。でも金は受け取ってない。あんときはちょいとピリピリしててね。何でも、ある情報を探し回って色んな闇市を荒らしまわっている吸血鬼が出たとかで。ははッ、吸血鬼なんておとぎ話じゃあるまいし。俺は吸血鬼なんて信じちゃいなかったが、真偽はともかく仲間が何人もやられちまって、それでね」
男は口をとがらせると、銀色の髪をしげしげと見つめてきた。視線に鬱陶しさを覚えたお兄様は、軽く首を振る。夫妻の居場所を教えるように言えば、男は堪えきれなくなったように笑い始めた。
「ルドィビーク夫妻はとっくの昔にくたばってるよ」
「なに……?」
「《花喰らい》の病を調べてた張本人が、《花喰らい》を発症したんだよ。ははッ、つぐつぐ運のねぇ話だよな」
ボロボロの歯を見せながら嗤うこの男は、情報の売買だけでなく麻薬関連の仲介人もやっているという噂がある。常軌を逸した雰囲気も、おそらく麻薬のせいだろう。
「あんたもそう思うだろう、吸血鬼のお兄さん?」
「…………」
「なんだ、正体を見抜かれてショックでも受けちまったか? それとも、この俺が頭に効くいい薬を紹介してやろうか? 人間を食べるより遥かに気持ちよくなれるぜ?」
「遠慮させてもらおう」
銀色の髪をなびかせながら、お兄様はそう言うと、手を軽く払って魔法を放った。
「おまえに構っている時間が惜しい」
魔法の刃によって体に十字傷を刻まれた男は、大量の血を拭きだしていた。体をふらつかせて、足を滑らせて黒い川に落ちていく。お兄様は「もう人間は食べていない」と言い忘れた事に気付いたが、すぐにどうでもいいなと思い直す。するとそのとき、向こうで尻もちをつくような渇いた音が聞こえた。
誰かに見られてしまったか、お兄様はそんな事を考える。
「アザリア、さん、のお兄さん……っ? え、いま、ヒトをころ……した……? 色んな町で噂になってる吸血鬼って……、もしかして……」
「…………誰だ?」
「ぼ、僕はニコラスです……」
ずり落ちたベレー帽を直しながら、青い顔をしている青年。名前を反芻するうちに、アザリアが古城に連れてきた花屋の男だということを思い出す。アザリア以外の人間に興味のないお兄様は、そのまま踵を返そうとした。だが離れる前に、止められてしまう。
「あの、アザリアさんは大丈夫なんですか……っ!?」
「…………」
「仕事を辞めるくらいに体調が悪いなんて、僕知らなくて……っ。お見舞いに行こうにも、お城は魔法の霧があって、僕一人じゃ迷子になっちゃって……っ」
「…………」
「花屋で待ってたら顔くらい見せてくれるかなって思っても、ちっともきてくれないし……それどころか、町にすら来てないって、みんな心配してるくらいで……」
アザリアは、ずっとあの地下室にいる。
勝手に外に出るのは許していない。
アザリアだって、外に出ようとは思っていない。
「おまえには関係ない」
「か、関係はあります……たぶん。え、えと……少なくとも僕は、アザリアさんのこと大事な人だと思ってますから……っ」
ニコラスはアザリアに告白をした男だ。アザリアを高嶺の花だと称し、想いを伝えるだけに留めた。アザリアとニコラスは、ただの知人。それ以上でもそれ以下でもない関係だ。
だというのに、お兄様の心はざわめいていた。
「アザリアは《花喰らい》の病に罹り、伏せっている。だからおまえには会わない、町にも行かない」
「そ、んな……まさか……よりにもよって《花喰らい》なんて……」
「知っているのなら話は早い。手掛かりになりそうなルドィビーク夫妻が亡くなっていると分かった以上、また別の方法を探すしかない。これ以上、我々兄妹に首を突っ込もうとせず、帰りなさい」
ニコラスはしばらく目を泳がせていたが、やがて意を決したように立ち上がった。
その出で立ち、さきほどまで腰を抜かしていた青年とは思えないほど勇ましいものだった。
「僕の祖母も《花喰らい》に罹り、去年亡くなりました」
「…………」
「《花喰らい》には治療方法がないって分かって、僕も……最初はとても悲しかったし、絶望しました。でも祖母は、残りの人生をどう生きるか、どう楽しむか一生懸命考えて、家族との時間を作ってくれました。祖母は最期まで祖母らしく生きていたと思っています」
だんだん、ニコラスが何を言いたいのか分かってきて。
また腹の奥にくすぶっている黒いものが、ふつふつと煮え立ち始めた。
「アザリアさんの事を想って、治療方法を探そうとするのはすごいことだと思います。でもそのために、危ないことをするのは、……ちょっと違うと思います。もっと、アザリアさんと今後の事を考えて……」
「つまりおまえは、アザリアが穏やかな余生を過ごせるように取り計らってやれと言っているのか」
低く冷たい声に、ニコラスがたじろく。
「アザリアを好いていた割には、おまえはアレの事を何一つ理解できていない」
「え…………」
「アレは本心を口に出さない。どういう理由かは知らないが、生まれもっての気性みたいなものなんだろう」
「そんなこと……」
「アレは、生きるのを諦めているだけで死にたいとは思っていない」
「……っ!」
アザリアはずっと、治療方法がないから食べてくれと言っていた。
あれは死にたいから食べてくれと言っていたのではない。花に殺されたくないから、食べてほしいと言っていたのだ。怖がっていた。自分が花になることに怯え、震えてもいた。
だが彼女はそれを言わなかった。口を閉ざし、静かに花の恐怖と戦い続けていた。
何年も、ずっと。
「……私はもう行く」
ニコラスは静かに拳を握り締めていた。
「お兄さん!」
「…………なんだ、まだ何かあるのか」
「……僕だって、アザリアさんにはずっと生きていてほしいです」
「……。言いたいことはそれで終わりか?」
静かに言えば、ニコラスはぶんぶんと首を振った。
「いえ、あと……さっき、ルドィビーク夫妻って聞こえたんですけど……探しているんですか?」
「ああ。もう亡くなっているらしいが……何か知っているのか」
「知っているもなにもそれって……お二人の両親の名前、ですよね……?」
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