【R18】ハーフヴァンパイアは虚弱義妹を逃がさない ~虚弱体質の元貴族令嬢は義兄の執着愛に囚われる~

べらる

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第4章 ハーフヴァンパイア

43 もう一人の王子様《ヒーロー》

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 髪が長いので、なかなか乾いてくれない。ここに長時間いるのもおかしいし、これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかないので、さっさと脱衣所を出る。

 彼がいる部屋に向かう。
 内装は、さすがお高いホテルという感じ。豪華絢爛。雨に打たれた体を温める、という理由で入るようなグレードのホテルではない。しかも一泊するわけじゃなくて超ショートステイ。平民のわたしには絶対にできないホテルの使い方だ。

 ……にしても、高すぎるよね。
 一番近くにあったホテルがここだった、という理由で選んだらしい。

「お風呂、ありがとうございました……」

 部屋の中央にいるランブルト様に頭を下げる。きっちりとした正装だからか、普段お目にかかることのできない高級感漂うホテルの内装とよくマッチしていた。

 ランブルト様が立ちあがって、近づいてきた。
 
「髪、伸ばされたんですね」
「え……?」

 急に……?

「そ、そうですね。前はショートヘアーだったので……」
「似合ってますよ。短かい時は妖精のような可愛らしさがありましたが、長くなると本当に女神のような雰囲気になりますね。とても綺麗で素敵だ」
「…………ありがとうございます」

 俯く。ランブルト様と目を合わせられない。
 
「ジレットが病院と掛け合ってくれています。人間一人分……とはいきませんが、ひとまず二袋ほどの血液は手に入るでしょう」
「…………ランブルト様」
「どうかされました?」
「お風呂だけでもありがたいのに、わたしの話を聞いてくれて、そのうえジレットさんを動かしてくださったことには、とても感謝しています……。どう、お礼を言えばいいか……」
「特別なことはしていません。私が出来ることをしている、ただそれだけですよ」

 当然ですよ、と言わんばかりの雰囲気だ。すごいな、という思いと、申し訳ないな、という思いがどっと押し寄せてくる。

「…………お世話になっている身で、こんなこと言うと失礼に感じるかもしれないんですが、あんまり、わたしのような女と二人きりになるのは、よくないんじゃないでしょうか」
「それはなぜ?」
「まだ独り身ですよね……? こんなところ誰かに見られたら、その、これからの縁談とか、女性の交際関係に支障が出るんじゃないかって思って……」
「これからも独り身を貫きますよ?」
「え…………あ、そう、なんですね……」

 気にするな、ということなんだろうか。それとも、もう貴女には何の関係もない話だ、という拒絶の意図でもあるのだろうか。

「だって誰かと結婚したら、もうユフィさんを想う事も許されなくなるじゃありませんか。それは嫌ですよ、絶対」
「え…………」
「あぁ、ようやく目が合った。嫌なんですよね、貴女から目を逸らされるの。こっちはずっと貴女しか見えていないというのに」
「ど、うして……わたしのこと、もう嫌いになったんじゃ……?」
「おや、どこをどう解釈したら貴女を嫌いだという話に?」

 だって最後に会った時に、フラれたのだ。
 まだアゼル様がわたしの新薬を開発している最中、実は菓子折りを持ってランブルト様の家を訪問したことがある。メイドのマリーさんや執事のジレットさんにお世話になったお礼を言ったのだけれど、肝心のランブルト様には会えなかった。

 きっと、わたしの顔など見たくないのだろう。
 その時はそう思った。

 だから今日、ランブルト様に声をかけられて、かなり緊張した。

「貴女をフッたのは嫌いになったからではありません。私の、かなり利己的な感情です。一応弁明はしたつもりなのですが……まぁ、媚薬飲ませてましたし、意識も飛んでたでしょうし、覚えてないのもムリありませんね」
「…………でも」
「おっと、それ以上言わないでくださいね? これでも、ちょっかいをかけないとアゼルさんと約束してる身なのですよ。あんまりお喋りがすぎると可愛らしい唇を食べたくなるので」

 人差し指を押し当てられた。
 しーっ、という意味だろう。
 それでもわたしが喋ろうとすると、今度はおとがいを持ち上げられ、唇を親指で撫で上げられる。
 
「────ね?」

 敵わない。
やっぱりランブルト様に勝てそうにない。
 今だって、ランブルト様に触れられて背筋がぞわぞわしている。その感情を悟られないように、少しだけ目を逸らす。頬に集まった熱は、きっと風呂上りだからだろう。そう思うことにした。
 
「ジ、レットさんは、どれくらいで戻ってくるんでしょうか……?」
「交渉に時間がかからなければ、あと数十分で帰ってくると思いますが…………気になりますか、アゼルさんのこと」
「…………はい」

 ……気になるに決まっている。
 アゼル様はいつもわたしの体を心配してくれていた。自分のことなんてかえりみずに、あらゆる時間をわたしに捧げてくれていた。

 心配するのは当然だ。

「血なんて一生飲まないと思ってました。これが初めての吸血ってやつですね」
「あ、いえ、初めてじゃないですよ」
「初めてじゃない? 誰かを襲ったことがあるのですか?」
「……………わたしです」

 ランブルト様の表情が険しくなった。
 この反応は、見たことがある。
 ランブルト様がアゼル様を吸血鬼ヴァンパイアだと疑っていた当初、わたしが吸血されて命を落としてしまうのではないかと、とても心配してくれていたのだ。

 アゼル様がハーフ吸血鬼ヴァンパイアだと知った後も、露骨に警戒心を露わにしているわけではないのだけれど、それでも、多少引っ掛かっていたはずだ。
 
「手紙も取り下げましたし、ひとまず預けると約束してしましたからね。そう簡単に反故にはできないけれども、その言葉を聞いて、貴女を彼のもとへ返したくないと思ったな」

 何度も聞いた事のある台詞に、背筋が凍り付きそうになる。
 何か言わないといけない。
 アゼル様が危険ではないということを証明しなければ、と思って身振り手振りを使って必死に説明していると、「降参」と言わんばかりにランブルト様は両手をあげた。

「ただ気になるな。吸血されたってことは、きっとうなじを噛まれたんでしょう? それでも命を落とさなかったということです」
「そういうことになるんですけど、でも……途中で吸血するのをやめたんじゃないかって思ってて……」
「途中で吸血をストップするなんて、普通の吸血鬼ヴァンパイアなら考えられない事ですが…………ハーフだからな、その可能性も充分にある」

 わたしもずっとそのことが気になっていた。
 でもアゼル様だから、きっと途中で……。

 待って。

 あの時の事をよく思い出してみる。

 あの時のアゼル様は、夢遊魔エディに意識を乗っ取られたわたしがキスしたことによって発情した。思い出すと今でも恥ずかしいのだけれど、アゼル様が人間性を失って帰化しかけた時よりも、発情したときのほうが激しかった。

 あの状態で、途中で吸血をストップできるのだろうか。

 まえに、ヨル君と話していたことを思い出す。

『人間の敵とか言われてるよねぇ吸血鬼ヴァンパイアって。吸血されたら最後、血の一滴も残さず吸いつくされるし』
『手加減とか、ちょっと飲んだら終わりってないのかな』
『僕が見てきた吸血鬼ヴァンパイアにそんなやつはいなかったな。人間の血が極上の味って表現してるくらいだし、一回吸い始めたら止められないんじゃない? ほら、人間だってお腹空いてるときにごはんを食べるのやめないでしょ?』

 吸血をしないように我慢するよりも、吸血を途中でストップするほうが、よっぽど大変なのだとしたら。

 いくらアゼル様でも、途中で吸血を止めるなんてこと出来ないのではないか。


 じゃあ、どうしてわたしは生きてるの……?


 たった一つだけ、思い当たる点がある。

 他の人とは、明らかに違う点。


 わたしは、



 *



 そのあと、わたしはジレットさんから血液パックを二袋もらった。
 どうやら、ホイットニー家の資金が入っている病院から血液を貰ったらしい。……お金持ち名門貴族の力ってすごい……。

 そのまま帰ろうとしたら、借家の近くまで馬車で送り届けてもらった。家の前まで送り届けたいというランブルト様の熱い要望で、傘をさして並んで歩いている。

「それっぽっちの血液で何とかなるかは、分からないけれどもね」
「ちょっとでも可能性があるのなら、その道にすがるのは当然です。それでダメなら別の道を考えます」
「そりゃそうですね。──貴女のお役に立てるのなら、俺も本望ですよ」

 彼は、いつだって真っすぐで正直だ。
 過激とすら思えるほどに、ストレートな愛情表現をするのがランブルト様。

「やっぱり、ランブルト様って犬っぽいですね」

 そう言うと、なぜかランブルト様は不服そうな顔をした。

「ジレットにも狂犬だなんだって言われるんだが……」

 狂犬……うん、確かにそっちかも。……そういえば、犬ってけっこう顔とか口とか舐めてくるよね。飼ったことないけど。

「自分が犬だとはとても思えないのですがね。…………待てよ、意外と名案かもしれないな。犬になれば、ユフィさんの傍にずっといられる」

 借家の前についたタイミングだった。
 足を止めると、思った以上にランブルト様が近づいてくる。
 
 唇にやわらかい感触…………って。

「いま…………キス、しました……?」
「俺は貴女の犬。これはただのスキンシップですよ?」

 にっこりとした笑顔を向けられて、この人は『白王子』というより策士か何かなんじゃないかって思う。

「あー。ようやく帰ってきたぁ」

 目の前に、いつの間にか美少年フェイスをぷりぷりさせたヨル君がいる。きっとわたしが飛び出したあと、慌てて追いかけてくれたのだろうけれど、見失ったのだろう。「ご主人に怒られるのは僕なんだよねぇ」と言いたげな顔だ。

「そういえばユフィさん」

 呼び止められて、なんだろうと振り返る。

「さっき、どうお礼を言ったらいいかって俺に言っていたね?」
「え、えぇ……」
「今度、俺とデカ盛りパフェを食べに行こうか。それでチャラにしてあげる」
「え……」

 その話って……。
 前にわたしが誘って、ランブルト様に断られたやつじゃ……。


 そんなの────


「はい、喜んで」




 ────断る方が、どうかしている。

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