【R18】兄に囚われる一夏 ~溽暑~

べらる

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本編

09

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 天道様が真上から光を射し込むようになりました。梅雨が明けても湿度は高く気温の高い都会ですから、冷房をつけていなければ家の中でも熱中症を起こしてしまいそうです。
 毎年、夏が近くなると頭痛を引き起こしていたのですが、最近は驚くほど調子がいいのです。その代わりなのでしょうか、先日の件から神経質な母の気性が悪化の一途を辿りました。わたくしが家の中にいても外へ警戒心をつのらせ、部屋のカーテンが少しでも開いていると叱責が飛ぶようになりました。学校以外の外出が原則禁止となり、登下校はタクシーを使う事になりました。
 しかしわたくしはそこまで悲観しておりません。母から外出禁止を言い渡されるのは過去何度もありましたし、家にいるのも嫌いではなく、天井や壁のしみを見つめるのも慣れております。
 ただ今回は、何か違う……と感じるのです。
 ぼんやりしているうちにふと、兄から渡された黒塗りの液晶画面が目に飛び込んできました。
「これ、どうやって使うのでしょう……」
 兄から電話がくることはありませんでした。わたくしは家の中で、いつかかってくるかもしれない電話の存在に怯えていたのですが、思えば、あの兄がわたくしに用もなくかけてくるはずがないのです。だって兄はわたくしを嫌いだと仰いました。先日の「愛」の言葉とて、弄ぶための虚言にすぎないのです。わたくしを都合の良いお人形に見立てて、愛を囁いたり虐めたりして、日々の欲求不満を満たしているに違いないのです。そう思うと、少しは気が楽になりました。
「あら……こんなところにボタンが……」
 押しても反応がないので、やはりわたくしには使いこなせない、と思うのです。ですけれども、だんだん意地になってきて、色々な場所に触るようになりました。
 するとようやく、ボタンの長押しで液晶画面を光らせることに成功したのです。それだけでなく、いきなり震え出したのでした。
「きゃ……!」
 恐る恐る覗き込んでみれば、画面には之真の文字があります。今までの経験から電話がかかってきたと推測できるのですが、どのボタンを押せば電話に出られるのか分かりません。
 逡巡の末に母が電話に出る際に液晶画面に触れていることを思い出し、まさかとは思いつつも、ふるふると自己主張する緑色の記号に人差し指を当てました。
『やっと電源の点け方を学習したようだね』
 兄の声でした。
『機械に疎いのは察することができたけど、一週間も電源が入らないとは思わなかったよ』
「どうして知っているのですか……?」
『その端末は特別でね。電源が入ってるかどうか、僕のほうで判断できるようになってる』 
 電源が入っていないと知っているのなら、兄から電話をかけてくることはありえなかった、ということになります。今更ながら気付かされましたので、下唇を食みました。顔を膝に押し付けて羞恥に耐えるのです。
『おまえは可愛い女だね』
 我に返ったわたくしは、そっと一呼吸置くのです。そうです、兄の言葉に耳を貸すのは危険なのでした。
「ご、ご要件をお話しください……」
 兄はまたくすくすと笑いました。
『来月、檜山ひやま祭りに行く』
「実家の祭り、ですか?」
『ああそうだよ』
 歴史はありますが知名度はなく、地元の人間だけが参加するような夏祭りです。余興好きな初代檜ノ山家当主が催したものがきっかけだそうです。
 夏祭りという単語を、久しぶりに耳にしました。色とりどりの屋台、行き交う人々の笑い声、太鼓の音色。兄と一緒に食べた、赤くてあまい林檎飴の味を思い出してしまい、わたくしの胸の奥がきゅうと鳴ります。
「……彼女、ですか」
『阿呆。おまえとに決まってるだろ』
 わたくしは夏祭りが大好きなのです。兄と一緒に行ったあの日以来、祭りには行けてないのです。実家を連想するからという理由で母が夏祭りを嫌うので、絶対に行かせてもらえないのでした。
「そんな一ヶ月も先の話を今されても困ります……」
『おまえに行く気がなくても予定くらい開けられるはずだ。どうせ嫌でもその頃には本家に戻るんだから』
 はて、本家に戻る予定なんてあったでしょうか。母は本家に帰るのを何より嫌いますので、法事でもない限りわたくしが本家に戻ることはありません。
『予約したからね』
 口を開きますが、言葉が出ません。わたくしが長く黙ってしまったので、電話を切られてしまいました。
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