【R18】兄に囚われる一夏 ~溽暑~

べらる

文字の大きさ
12 / 16
本編

12

しおりを挟む
 
 敏郎君は教室の隅で静かに本を読んでいる男の子でした。どんなきっかけだったのか思い出せませんが、彼が茶色い野良猫を廃屋で匿っておりましたので、様子を見に行ったことがあります。
 猫の話で盛り上がり、楽しい時間を過ごしました。帰宅する間際に怖い目に遭ったような気がするのですが、詳細は思い出せないので、大したことではないのでしょう。
「千夏ちゃん、今日は楽しかった?」
 クリームソーダをストローでつつきながら、敏郎君がそんなことを言いました。わたくしはもちろん頷きます。

 本日、母の急な誘いに敏郎君が付き合ってくださいました。敏郎君だって忙しいでしょうに、わざわざ予定をあけてくださっただけでなく、色々な場所に連れて行ってくださいました。
 さきほどまでは猫カフェにいました。
 猫にもこんなに種類がいるのだと驚いたものです。猫好きというだけあって、敏郎君の近くには自然と猫が寄り付いてくるのです。羨ましいと思わず口にしてしまいましたが、敏郎君は叱責されることもなく、ぽかんとしておいででした。
 すぐに敏郎君は、わたくしに肩の力を抜くように仰ってくれました。猫カフェは自然な感じで猫と戯れていいんだよ、と。
「ここには俺しかいないんだから、もっとリラックスしていいよ」
「え」
「……お母さんと一緒にいるとき、千夏ちゃん……その、とても窮屈そうだから……」
 窮屈にしているつもりはありませんでしたので、とても驚きました。でも、敏郎君に言われた通り深呼吸を繰り返し、敏郎君の足の上にいた真っ白い猫を撫でていますと、自然と心が穏やかになりました。
 とても、幸せな一時ひとときを過ごしたのでした。

「千夏ちゃんは、今回の話をどう思う?」
 二杯目のクリームソーダに手をつけた敏郎君が、そんなことを聞いてきます。
「婚約の、話ですか?」
「うちは父子家庭だし、実家の家業を継がないといけないから、遅かれ早かれ見合いすることになる。でも俺は、相手が千夏ちゃんだったら……良いかな、って思ってるよ」
 敏郎君はそう言ったあとに、ハッとした顔になりました。
「ご、ごめ……っ。もちろん、千夏ちゃんが良ければ、の話だよ……!」
「敏郎君がそうおっしゃってくださるのなら、とても嬉しいですよ」
「ほんとにごめん……気を遣わせちゃって……」
 敏郎君のお父様は入婿で、お母様が亡くなった後は生家から離れて暮らしていたそうです。ですが、敏郎君が跡目にきまったそうで、明日には東京を離れて生家に戻り、家業を継ぐために修練にあたるそうです。
「うち、結婚とか跡継ぎとかにうるさくて……」
「神主の息子、だったのですね」
「ああ、うん。まぁね」
 実家に戻るのは夏季休暇が終わるまで。学校を卒業したらもう東京に戻ってくることはないそうです。神職を継ぐのですから祭礼の知識や芸事への理解も必要になってくるでしょう。家業ともなれば周りからの期待や重圧もありますから、逃れられません。
 敏郎君と気が合うように感じるのは、生い立ちに己を重ねてしまっているからかもしれません。だからきっと、この感情は学級の子達が言うような恋などではないのでしょう。確かに敏郎君は良い人だと思いますが、それと実際に婚約するのは別問題な気がするのです。
 
 その日は、お開きになりました。母から詳細を聞かれた時は、楽しい一日を過ごせた、私にはもったいないくらいの真面目でいい人だ、と伝えました。敏郎君の評価をあげることで、わたくしと結婚するような器の小さい男ではない、彼のためを思うなら婚約を進めるべきではない、という意図を込めたのですが、うまくいきませんでした。
 母は万事順調だと解釈して、吉川家との婚約が結ばれました。
「千夏、おめでとう。これであなたも幸せになれますよ」
 相手を貶すような言い方をすれば、婚約は成立しなかったかもしれません。しかし敏郎君が良い人だと知っていますし、例え今回婚約が成立しなかったとしても、別の相手が選ばれるというわけです。
 だったら、人となりを知っている同級生のほうが、幸せなのかもしれません。そのほうが、母も嬉しそうですから。家族は、平和が一番なのです。
 
 それでもわたくしは、未だに反応のないスマホをぼんやりと見つめる日々を過ごしておりました。
 兄が、電話に出てくれないのです。婚約したからもう家に来ないでほしいと伝えたいのに、それが出来ません。何度も電話をかけるうちに、何かあったのではないか、事故にでもあって救急車で運ばれているのではないか、と不安がよぎるようになりました。
 おかげで、授業に集中することができません。進学の道を絶たれ、抜け殻のようになったわたくしですから、担当教師から注意を受けてしまいました。わたくしが謝罪いたしますと、彼女は手を振ります。
「そんなつもりじゃなかったの。檜ノ山さんが体調を崩しがちだってことは知ってるから、大丈夫かなって思って」
「はい。ご心配おかけして申し訳ございません……」
 わたくしがもう一度謝りますと、彼女が困ったように眉をひそめましたので、もう一度念入りに謝りました。
 何か困ったことがあったら言ってね、と、彼女は言います。彼女はわたくしの母の事を知っております。母との三者面談で大学進学の進路希望を取り下げ、部活も辞めたのですから、彼女はわたくしの事情を汲み取れているのです。
 帰宅しようとした矢先に、さきほど別れたばかりの彼女に呼び止められました。
「檜ノ山さんたいへん!」
 母が救急車で運ばれたことを知ったのでした。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

レンタル彼氏がヤンデレだった件について

名乃坂
恋愛
ネガティブ喪女な女の子がレンタル彼氏をレンタルしたら、相手がヤンデレ男子だったというヤンデレSSです。

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。

aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。 ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・ 4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。 それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、 生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり どんどんヤンデレ男になっていき・・・・ ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡ 何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。

田舎の幼馴染に囲い込まれた

兎角
恋愛
25.10/21 殴り書きの続き更新 都会に飛び出した田舎娘が渋々帰郷した田舎のムチムチ幼馴染に囲い込まれてズブズブになる予定 ※殴り書きなので改行などない状態です…そのうち直します。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 最終回まで予約投稿済みです。 毎日8時・20時に更新予定です。

処理中です...