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本編
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しおりを挟む「千夏! 千夏……っ!」
部屋でぼうっと虚無の時間を過ごしていたところ、母の呼ぶ声が聞こえました。語尾が上がり気味なので、きっといいことがあったのでしょう。
急いで居間に向かいますと、スマホを片手に持ち、少女のような明るい笑顔を咲かせる母の姿がありました。
「あなたの結婚相手がきまったわ……!」
「わ、たしの……?」
脳裏をよぎりましたのは、狡猾な兄の顔です。しかしそれは、ありえない話なのです。
「敏郎くんよ。ほら、この前会ったじゃない?」
母が口にしたのは吉川敏郎という名前で、先日ご挨拶に伺った男性です。初対面だと思っていたのですが、小等部時代の同級生でした。同級生、といっても敏郎君の一家は転勤族でしたので、一緒に過ごしたのは第六学年の間だけです。
前髪は目もとが隠れるほど長く、どことなく眠そうな……野暮ったい雰囲気は昔のままでした。怪談と猫が好きな男性です。
『千夏ちゃん』
挨拶が終わり、敏郎君と二人きりになった時のことです。敏郎君が急に真面目な顔になりました。
『むかし……千夏ちゃんと野良猫の看病をしたことがあるんだけど、覚えてるかな。あの時のこと』
全く覚えておりませんでしたので、当時はすぐさま謝罪いたしました。けれど彼はへらりと笑って『いいよ』と言うのです。じっと絡みつくような視線だったような気がしたのですが、瞬きする間の出来事でしたので、すぐに気にならなくなりました。
──あの時の彼が、結婚相手、ということでしょうか。まったくもって話が見えません。
「このまま婚約をとりつけてもいいんじゃないかしら」
『さっちゃん、さすがにそれは飛ばしすぎじゃない?』
どうやらスピーカーにしているようで、母のスマホから女性の声が響きました。彼女は母の古い友人です。娘の見合い相手を探している母に、吉川家を紹介した人物でした。
わたくしと敏郎君に接点があるとは予想していなかったようですが、そのせいもあって、母は今回の話に前のめりなのでした。
「そうだわ千夏、週末にもう一度敏郎君に会ったらどうかしら。あなたも敏郎君と話したいでしょう?」
「…………週末は」
「なら、決まりですね」
娘の予定は空いていると思い込んでいる母なのです。それはそうでしょう、母の許しなしには外出もできないのですから。母に友人関係を制限されて以来、男性はおろか女性の友人すらおりません。いまどき携帯電話しか持っておらず、共通の話題となるようなテレビ番組や有名人も知らないのですから、できるはずもありません。そもそもわたくしは、学級から腫れ物に触るような扱いを受けているのです。
そういう意味では、わたくしが気軽に話せるのは兄だけなのでした。
週末になれば、きっと自分勝手な兄から電話がかかってくる。作った合鍵で勝手にマンションに入ってきて、勝手に冷蔵庫の中を漁って、物をたべて、飲んで、勝手にわたくしを抱いて、勝手に出ていく。そんな週末が来ると予想していましたのに、母が未来を変えてしまいました。
わたくしは母の期待に応えたい思いがありました。それが家事であれ学業であれ、何でもよいと思っておりました。けれども、結婚に関する話だけはどうも乗り気になれないのです。
だからといって、機嫌の良い母に会うのは嫌だと言うのは忍びありません。何の罪もない敏郎君も傷つけてしまうかもしれません。それは……とても嫌なのです。
結局、断りきれませんでした。
週末まで悶々とした時間を過ごすうちに、兄に渡されたスマホを見つめていることが多いことに気付きました。
驚きました。
これじゃあまるで、兄からの電話を待ちわびているかのようです。
あのときごめんなさいと反省しましたのに、兄からの接触を拒絶しきれないだけでなく、今度は自分から兄に連絡を取りたいと思っているのでした。
わたくしは、机の上にあったスマホを取り、画面を光らせます。
ここ二週間ほど、兄が連絡してくることも家を訪ねてくることもありませんでした。当たり前ですが通知欄に着信の履歴はないので、また兄に拒絶されたような心地がしまして、辛くなってしまいました。
電話帳を開いてみると、確かに兄の名前だけがありました。震える手で画面に触れ、スマホを耳に当てます。
電話が繋がりました。
『はい、之真です』
「に、兄さんっ、あの……っ」
『ただいま電話に出ることができません。御用のあるかたは、発信音のあとにメッセージをお願いします』
留守、でした。しかたなく電話を切り、スマホを机の上に置きます。寝台に倒れ込んで、まるで赤子のように体を丸くさせます。
「………………嘘つき」
用があったら電話してと、言ったくせに。
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