オットマンの上で

刺客慧

文字の大きさ
2 / 23

第二話:犬畜生の分際で夏服って何事!?

しおりを挟む
 パン子は綿ワタを精一杯寄せて下顎を膨らませ、安めぐみー。

 ペンギンちゃん、頭頂を器用に三センチほど膨らませ、舞の海ー。

   勝負はペンギンちゃんに軍配が上がったようだ。パン子は地団太踏んだ。

「アタイの勝ちね。こいつはもらっていくわよ」

「ガーー!」

 週に二度、お隣の花津毬はなつまりさんはパン子を連れて家に遊びに来る。今は二人でどこかお茶に行っているらしい。かまうと言うべきか、遊ぶのはいつもペンギンちゃんだ。

 二人は次の勝負を始めようとしていたが、背筋に怖気を感じて振り返った。案の定、二人を不愉快にさせる光景がそこにはあった。

 視線の先でにやにやしているのは双子のトイプードル、ライジャ、デズル。名付け親はママの旦那。

 他人の幸せな顔はペンギンちゃんを一番不愉快にさせるものだ。しかもそれが二つ並んだ日には、比叡山に火が点く。

「なによそれー! 新しいの着せてもらってるじゃない!」
 早速詰め寄った。双子は一瞬、げっ、と言わんばかりの顔をしたが、取り繕ろい、歪んだ笑い顔に戻した。

「夏服だよー」
 双子は、ママに作ってもらったんだー、とそろえて言いながら顔を見合わせてにんまり……。

 ママはとっても器用なのだ。旦那と喧嘩をした翌日、弁当のごはんに蛾の形に整えたとろろ昆布を乗せる。ペンギンちゃんはそんなママが大好きだ。

 ちなみにママの旦那はママの旦那だ。パパではない。他人の小汚い中年男だ。

「何それ、犬畜生の分際で! 絶対あんたたちのじゃないでしょ」

「ギャー」
 パン子も叫びによる威嚇で合いの手を入れた。

「そんなことないもん、僕たちにつくってくれたんだー」
 二度はこういう時、ライジャ、デズルの順で返事をする。どちらがどちらか、あまりペンギンちゃんは認識していない。双子のどっちがどっちなんて友人や恋人になる場合以外、あまり頭を使うことではないのだ。
「ねえー」

 いつも話の最後には双子は顔を見合わせて、ねえー、と言う。ペンギンちゃんの腹底がだんだん煮立ってきた。

「ちょっと、良く見せなさいよ。いい生地じゃないのよ」
 パン子が近づくと双子は後ずさりした。

「何で下がってるのよ」

「いや、別に……」

「アタチのお願いが聞けないの!」
 双子はこそこそ耳打ちをしだした。

「やだやだ、おばさんっていつも乱暴だよね」

「このひとたち、無駄に圧がすごいんだよねー。普段何たべてるのかなあ」
「ねえー」

 一言一句漏れなく二匹は聞き取った。スイッチが入るには十分である。

「おらあ! いい度胸だよ、犬ども。よこせ!」

「ガーー、むしり取ってやるっ!」

 あっと言う間にペンギンとパン子は二人から夏服を奪い取った。

「さむいー」

 服を失った双子はあまりに貧相な裸体をさらしながら涙を流して、お互い身を寄せ合っていた。

 今は六月上旬。双子にとって極寒の寒さだ。一時間でシャイニングの親父みたいになる。

「お洋服返してくだしゃい」

「キーー」

 懇願こんがんする双子にむけて二匹は頭の紐をしならせ、ムチのごとく打ち付けた。

「ひいーー」
「あくまーー」

 双子を追い払った後はメタモルフォーゼ。楽しみのおきがえの時間だ。素っ裸から、お洒落なボーイッシュ夏服にチェンジ……。

 三分後、夏服をぎちぎちに張りながら、二人がご満悦の顔でふんぞり返っていた。

「ゲゲゲゲゲゲ!」
「ガガガガガガ!」
 大変、お上品である。

「前から思ってたんだけど」

「何よ!」

「あんたの、この、スカーフへたってきてるわよね。取り替えたら?」

 パン子はペンギンちゃんのエリマキを指さして言った。エリマキの色は根本が黄色で途中から鮮やかな橙に変化して尖った先端に向かう。

「キー。これはアタイの一部よ!」

「うそでしょ。あら、ほんとに引っ付いてる」

「いたいいたい、ひっぱるな! やめろっ!」

「どうりでギザギザの面白い形してるって思ったのよねえ」

「まあ、嘆かわしい。庶民どもはこれだから……。これはエンペラーの証! アタイは女帝ペンギンなのよ!」
 

 『女帝!則変武后《そくぺんぶこう》!』
     作詞:万道久瀬《まんどくせ》 道夫《みちお》
     作曲:勝手野《かつての》 三冠王
 
  進め則変武后! 腹の出た則変武后!
  《キー》
 
  誰に命令してるの 砂漠に左遷するわよ
  クーデターはとっても怖い けど不思議い勝っちゃうのよ《あら弱い》 
  鞭打ち百回鞭打ち ちょっと張り切りすぎたわ
  アタイの宦官かんがん一万 みんなとってもマッチョ
  ちょっとあんたチョン切ってないじゃない アタイに任せなさい フンッ

  則変武后!!
  
  (間奏……、踊り狂うマッチョの男共、砂漠をさまよう裸の双子》
 
  昔 尼さんだったの 玄奘げんじょう気が合うじゃない
  ブードゥーイズモーストカジュアル 儒教は全員穴埋め
  もぎ取り手足もぎ取り ちょっと張り切りすぎたわ
  旦那が死んだと思ったら息子にプロポーズされたわ 
  フニャチンだけどべつにいいわよ~
  えっ めかけがいる ふざけんじゃないわよ 
  アタイはエンペラーよカエサルよ 偉いのよ

  則変武后!!!


「ただいまー」
 裏戸が閉まる音がしてママの声が聞こえてきた。

「あ、ママ戻った……」
 二匹は顔を見合わせて、オットマンの隅っこに追い払った双子を睨みながら詰め寄った。

「早く服を着なさいよ!」

「ちょっと、脱げないわよ! 手伝いなさい!」

「ひいーーー」双子は一目散に逃げていった。

 二匹とも、あたふたあたふた。

「ガ。だ、誰か、手伝ってー!」

 みんな遠巻きに見ているだけで手を貸そうとしない。

「ちょ、ちょっと、アンタ! 手伝いなさいよ!」 ペンギンちゃんは目があったアルビノゴリラのぬいぐるみ、エゴンに怒鳴りつけた。

「うほぉ?」指を口に含みながらエゴンは馬鹿なふりをしていた。こんなねっとりした『ウホ』を言うゴリラなんていない。完全におちょくられている。

「ヤバい! ヤだいー!」

 ママと花津毬さんはなかなか玄関からリビングに来ない。
 話し声が聞こえる。どうやら買い物袋が破れて物が散乱してしまったようだ。

「ちょっと。ウホ野郎! ローション! ベベローションが風呂場にあるわ! とってきてちょうだい!」

 うほす、とエゴンは気の抜けた様子で走って行った。だが、行った方向は台所。

「何してんのよおー!」

「んガアー!」パン子はついに暴れだした。服がビビビッ、という音がした。

「おい、やめろパンダ! 破れたら殺される!」

「パン子よぉ! こなくそー!」さらにビビビビッ。

「持ってきたっすよー」エゴンが計量カップにねっとりした液を入れて戻ってきた。なんだか色が怪しい。

「塗って、塗って!」

「照れるすねー」

「ガー! 早くしろー!」

 ご丁寧にエゴンは調理用のハケを使って二匹の体に満遍まんべんなく塗りだした。

 周りからは、ひそひそ声が。

「あれって、あれじゃない?」
「ここ汚れるよね。大丈夫? 避難する?」

 必死な二匹には届かない。

 散々のたうち回った挙句、少し肩口が破れて服は脱げた。


「ヤバいヤバイ。隠さないと! って、アンタすごい色になってるわよ」

「ガッ! あんたもよ」

 ペンギンとパンダの白い部分は茶色く染まっていた。もはや最悪の状態だ。

「あんた、これ何塗ったのよ!」

「油すねー」エゴンは何の悪気もない様子で答える。

「何で油塗った! ローション持ってこいって言ったじゃない!」

「いや、ぼくキリスト教なんで、体に塗るのは油じゃないとだめですねー」

「何の関係があるのよ! ゲッ、くっさ!! これマジくっさ!」

「ガー! 納豆のにほい! 死む、死む!」

「ちょっと! ナニ選んだのよ!」

「えっ。これナンプラーっすねー」エゴンは鼻をほじっていた。

 次の瞬間、彼は二匹に蹴とばされてオットマンから落下していた。
 怖いもの知らずもほどほどにしないといけない。

 肩で息をする二匹、周りはさらにドン引きしている。

「ゲー、ゲー、せっ、洗濯機に入るわよ! 今なら何とかなる」

「ガー、コヒュー、ヒュー! 何て言い訳するつもりよ」

「間違って落ちたのよ! もう何でもいい、行くわよ!」

 二匹は風呂場に行こうと振り返った。
   だが、目の前にはママと花津毬さんがいた……。


***


 ベランダ、二匹は雑巾のようにこっぴどく絞られていた。体の水だが……。
 結局数度の手洗いと洗濯機で油はどうにかなったが、何度も水と洗剤の中で二匹は悶えたのでぐったりだった。

「もう夕方ですね。パンちゃんの帰りは明日でもいいですか?」

「はい。また明日朝一、迎えにきます」

 ママは花津毬はなつまりの返事に頷くと、二匹を乾燥機に入れた。

「ママ、堪忍カンニンやでー! 乾燥機だけは堪忍やでー!」

「ガ! やめてー、これ口がカピカぴするのよ!」
 
 嫌がる様子や叫ぶ言葉もニュアンスでしかママはとらえていない。ぬいぐるみと言葉を交わせる人間はそこまで多くないのだ。
 
 乾燥機のフタが閉まり、スイッチオン。
 
 二匹の悲鳴が乾燥機の中で木霊こだました。

 ……。
 その様子を遠目で見ていた、ゴリラが一匹。
 
 エゴンは、台所で散々にもみ洗いをされている二匹を思い出していた。
 
 「おお、主よ、私をお許しください。祝福を、私に祝福を」背徳に浸りながら自分にオイルを塗りだした。彼も良く分からない嗜好しこうがあるが今回はどうでもいい。

 そしてその日の夜、風呂場でベベローション漬けとなった双子が発見された……。

 オットマンにさらに一匹、良く分からない嗜好の持ち主がいるのか、自分たちの生存本能がベベローションに手を出させたのか、全く定かではないしどうでもいい話だ。
                                                  ‐了‐
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...