オットマンの上で

刺客慧

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第三話:なんてったって映画評論家

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「あんたたちー! 聞きなさいよぉ」

 オットマンの面々はペンギンちゃんの方を向いたり向かなかったり……。ともあれ、完全に反応しないのは、昼寝しているトイプードルの双子と、夢中で牛乳に入れるだけラッシーの粉をいでいるへちゃ耳猫のアフメットだけだ。

「スペースガーベージズ 女帝の逆襲ぎゃくしゅう、明日早速地上波初公開するわよー。あんたら見るわよねー」

 反応はぱっとしない。はーい、とか、うぇーい、とか……。

 特にこの手の話題に一番に反応するアナグマのジェイミーと、スカンクのエフィが早々に自分の端末に目を戻してしまった事実がペンギンちゃんは面白くない。

「ちょっと? あんたら見るわよね? ねー、見るわよねえ? スペースガーベージズ 女帝の逆襲」

「あたしパース。あれ、もういいかなー」

 エフィは端末を見ながら冷ややかに告げた。

 ペンギンちゃんは反応してくれないジェイミーに詰め寄った。

「ちょっと? なんか言いなさいよ。あんた、みるわよねえー」

 ジェイミーはペンギンちゃんに向けて顔を上げたが、何とも言い難い微妙な表情だった。
「僕も、あれ……、見る気がしないかなー」

「何よ! あんなに面白いって言ってたじゃないさ!!」

「女帝の逆襲は、ジャンパーそんのレビュー見てる方が面白いよねー」

「うんうん。あれ最高、キレッキレだった」

 エフィとジェイミーは何のことか、にこやかに少し話して、再びお互いの端末に目をすぐ戻す。全く思い通りにならない話にイライラ。

「何そのシャンパンポンって!? どこの馬の骨よ!」

「ジャンパー尊だよ。ネットに映画のレビュー動画上げててね……」

 ジェイミーは端末で早速、そのジャンパーなんたらの動画一覧を検索してペンギンちゃんに見せてきた。
 『スペースガーベージズ 女帝の逆襲はなぜ失敗したのか』
 『マンボー 最後の生鮮市場は考えようによっては新時代の可能性となる映画』

 ペンギンちゃんにとって腹の立つタイトルばかりだ。

「何こいつ? 何偉そうに女帝の逆襲が失敗とか言ってるのよー! アタイ許さないわよー!!」

「失敗は結構言われてることなんだよー。この人だけじゃないって」

「何言ってんのアンタ? 復活したジイ皇后こうごうが元老院議員どもを四つんいにさせて、片っ端からペニパンで刺していくシーンは最高の名シーンじゃない!!」

「それが大炎上したシーンなんだって……」
 ジェイミーはジャンパー尊の動画を再生した。五秒ほど見て、ペンギンちゃんは、ゲゲゲゲ、といつもの調子で腹を抱えて笑いだした。

「何よこいつ。ハロー、アスノイドじゃないわよ!」

「もうちょっと見てみなよ」

 ジェイミーにうながされるまま、ペンギンちゃんは五分我慢してみて、再び、ゲゲゲゲ、と笑い出した。
「何がジャンパーよ。ゲラゲラ。ただのオタク大学生じゃないの。それが動画サイトでジョイナス大監督の映画にケチつけようだなんて、イカレ〇ンポなの?」

「イカレポンチね」

「ニュッ? 何言ってんの? イカレ〇ンポでしょ」

「イカレポンチだよ。しっかりした考えもなしに日々を過ごしたり、そういった発言をしたりする人のことを言うんだよ。
 それにペンギンちゃん。よく見てほしいけどジャンパー尊みたいな評論家って作品とか映画とか人物ばかり標的にしてるわけじゃないの。映画の製作体制とか流行とか世間とかに言及げんきゅうすることもあって、レビューって……」

「ゲゲゲゲゲ。イカレポンチのことを、一生懸命説明するイカレ〇ンポー!!!」

「もうっ」

 ジェイミーは頬を膨らませてペンギンちゃんにとりあわなくなった。ゲゲゲゲと勝ちほこって、ペンギンちゃんはデカい尻をジェイミーに向けて去って行った。

 しかし、この日からペンギンちゃんのジャンパー尊の批評動画批評の日々が始まったのであった。


「ふざけんじゃないわよーー!! タランチュラマーズが世紀の名作ですって!」

「馬鹿にすんじゃないわよーー!! ザ・ファンブルツーは最高なのよ! 勝手に改善案出してんじゃないわよー」

 みんなは日々暴れるペンギンちゃんを見てにやにや。案外同じことを思っていたのかもしれない。
 

 一か月後……。

「みんなー、ちゃんと割引券持ったー? 証明書は財布に入れましたかー? セットで八割引きですからねー」
 ジェイミーはいつも集団行動のとりまとめ役。今日もみんなで映画を見に行くためにあーだ、こーだ、せわしない。

「あれ、ペンギンちゃん?」

 ペンギンちゃんは寝転がって、こちらの様子に一切関心を見せずにスマホをずっと見ている。ジェイミーはペンギンちゃんのイヤホンを外した。

「ペンギンちゃん? みんなでスペースガーベージズ デイヲーカーの朝ち見に行くよ」

「アタイ、別にいいわよ」

「え……。でも、ずっと楽しみにしてたじゃない」

「ジャンパー尊が後で動画上げるから、それ見るわよ」

「それはレビュー動画だよー。本編見てないと楽しめないでしょ?」
 ペンギンちゃんはそれに対して、ゲゲゲゲ、笑い飛ばした。

「ジャンパー尊の動画を見たら、本編見たのといっしょよー。邪魔しないで。これから、新しいの見るんだから……」

 ジェイミーは複雑な表情で一応確認した。
「ドはまりしてるよね?」

 ペンギンちゃんは鬼の形相ぎょうそうを作り、首を百八十度ジェイミーの方に向けた。
「してないわよー!! あんたアタイをばかにしてるの? アタイはこのアホを監視してやってるのよ! 見なさいよ、今度はタイガー・ホウィッティの批判までしてる。今日という今日は許せないんだから!」

 この何とも言えない有様ありさま。みんなのリアクションは肩をすくめるで統一されていた。


 さらに半月後……。

「あれ、ペンギンちゃんは?」

 ジェイミーは静かなオットマンの状況を見て気の抜けた様子でエフィに聞いた。

「ジャンパー尊の公開生収録行くって言ってたわ」

「え、公開生収録?」

「ええ、そう言ってたけど……」

「何で誰も止めなかったの?」

「だって、人の言うこと聞くタイプじゃないから……」

 ジェイミーは、えらいこっちゃと自分の端末操作。ジャンパー尊のチャンネルには放送開始まで十五分とあった。

***

「ちょっと、ここサーターアンダギー売ってないの?」
 パン子はスタッフにつっかかっていた。無料のドリンクが氷のせいで薄い、といったクレームから始まってすでに三分以上はこのスタッフを拘束している。

 ペンギンちゃんはというと、パン子を一切気にせず、すでに興奮モード、椅子に立ってわめく。

 〇ろしあえー、〇ろしあえー。「はい。ご観覧の皆さんお静かに願いまーす。特にそこのお嬢様お二方……」

 二人してこういう社交辞令には少し弱い。まあ、御免ごめんあそばせ、と満更まんざらでもない顔をしてまたをおっぴろげてふんぞり返った。ディレクターと思わしきスタッフの合図と同時に本番が始まった……。

「はい……。ハローアスノイド。本日は、えー、映画評論家餅山次郎三郎もちやまじろうさぶろうさんにおこしいただきました」

「なにそのジジイ。どこのどいつよ」

 ペンギンちゃんはイライラ。

「次郎三郎ってどっちよ。笑っちゃうー」
 パン子は何も知らない身で好き放題の茶々を入れた。二匹の声は本当によく通る。

「観覧の方、お静かにしてくださーい」

 スタッフに怒られたことを気にせず二人の笑い声はばっちりマイクに入っていた。

「それでー、えー……。はい、スペースオペラの近代史というタイトルで、公開したての『デイヲーカーの朝勃ち』を中心に、『騎甲守護神きこうしゅごしんガリアン』から始まった近年のスペースオペラ。果たしてそれは復権したのか、も焦点に議論? あ、いやいや、お話をしていこうと思います」
 ジャンパー尊はガチガチの状態で餅山という有名らしい評論家にマイクを渡した。それに対して、餅山はこう返した。

「どうも、私は議論でも大丈夫ですがね」

 ペンギンちゃん早速憤慨ふんがい
「上等よジジイ。坊や相手にプレッシャーか!? 受けて立つわよー」

「ガガガ、やれー、〇ろしあえー」

「観覧の方、これ以上うるさいと退場願いますよー」

「仕方ないわねー。静かにしてあげるー」
 今更な話である。しかし、その後も簡単に黙っていられるペンギンちゃんではなかった。

「……。特に今回エイムズ・バズーカが上手かったのが音楽をうまく使ったってところだと思います」

「いやあ、それもね。元をたどれば、ジョイナス・ジョイナスなんだよね」

「そうなんですか!?」

「そうよー! ジョイナスはすごいんだから!」

「ルイジアナグラフティからだよね」

「ああ~、確かに。だけどシーンごとに音楽があってるかっていうとあんまり」

「今の映画のクオリティで言えばそうかもしれないけど、あれは興行成績よりも、サントラの売り上げが、その三倍
だからね」

「ちょっと! 映画の話もしなさいよー。ルイジアナグラフティ、お洒落だったんだからー」

「スペースガーベージズも初期からサントラとかグッズの売り上げが中心ですもんね。そっか、そう考えるとエイム
ズ・バズーカは自分の持ち味をルイジアナグラフティにうまく組み合わせたと言えますね」

「それと政治家に対する憎しみだね」

「ですよねー! 確かに」

「ちょっと! アタイの話聞いてるー!」
 いつの間にか、ペンギンちゃんはセットの中心に居座りマイクを前に話をする二人の間に割って入っていた。

「バズーカなんて調子乗ってるだけよ! 早くアンタら、女帝の復讐の話しなさいよ」


 時を同じくしてこちらはオットマンの上。ジェイミーを含めて面々は想像以上のペンギンちゃんの振る舞いに全員口を開けていた。


 ……、……。

「これアイデア新しかったよね。グレムリン・ザ・ガールズロケット」

「ちょっとケレン味が強くて独特でしたね」

「ちょっと? いい加減無視するなー!」

「設定は広がっていくのに、終始宇宙船の中で女の子がひどい目にあってるだけっていうか……」

「これ、多くの女性は見るべきですよね。職場のセクハラ問題が大いにあてはまりますよ」

「アタイのことねー」

「それがねー。ただの社会の縮図だったり、ホラーだったりで終わらないのがこの監督らしくて……」

「ほんとにこの監督、この前作からですけど、アイデア勝ちですよねー」

「もう我慢できない。頭の上にゲロ吐いてやる」

 しかし、対談している二人も反応するそぶりもなく、スタッフも好き勝手暴れまわるペンギン人形に注意以上の反応をすることはなかった。

 計一時間半の収録が終わる瞬間には、二人と、彼らの前のテーブルの上は吐き出された糸くずや、ほこりやカビだらけの綿だらけだった。

 後日、この収録は『前代未聞の珍客によるスカトロ生放送』として、ネット上で大いに取り上げられることになる。
 

 番組収録後……。

「おげー、パン子ー。ギョプサル行くわよー……」

 ペンギンちゃんはたらふくビールを飲み、腹をふくらませて帰ろうとしていた。そこにまたまたなぜか、ジャンパー尊はにこやかに近づいて来た。

「本日はご観覧ありがとうございました」

「あん! おととい来なさいよー!」

「退屈させてしまいましたよね。すいません。僕、こういうの不慣れで、何度かコラボとかで練習はしてたのです
が……」

「まあ、気にすんじゃなないわよ。勃ちはじめの童貞なんてそういうものよ。けど何でアタイ無視してたの?」

「それは……」

 収録一時間前セット後ろで直前の打ち合わせを終えたジャンパー尊はたまたま早く来ていた餅山氏と観覧席を見てびっくり……。

 観覧席の最前列には謎のバススポンジのおばさん二匹が大声で話しながら我が家のようにふてぶてしく居座っている。

 一瞬で、このゲストはタダではいてくれない、最低でも二言、三言は暴言が飛んでくると二人は察した。

 ジャンパー尊はゲストである餅山氏のこともあるため、スタッフに頼んで二人を追い出すよう考えていたがその餅山氏は、ジャンパー尊の緊張をやわらげるためと、ちょっとした盛り上げのためにリスク十分な賭けを持ち掛けてきた。

「あの二匹の言動に先に反応した方が収録の打ち上げおごりね」

 ジャンパー尊のチャンネルスタッフは決して少なくない。なかなかに豪気なものである。

 それに最後まで引き分けの場合は、そのときも餅山氏の方でもつということだ。そして見事、ジャンパー尊は無視を貫き通し、賭けに勝ったわけである。ペンギンちゃんは見事に利用されたわけだ。

 柔らかく事実をつたえられてはいるのだが、ペンギンちゃんがキレなかったのはすでに酔っぱらって、なんでもよ
くなっているからに他ならない。

「あのー良ければの話ですが……」

 ジャンパー尊の急な話に、ペンギンちゃんにっこり。機嫌を完全に直してしまった。

 一方で……。
「ちょっと、ここトゥインキーもないの?」
パン子は相変わらず忙しく動き回るスタッフに食い物の無心をしていた。


***


 翌日、オットマンの上にて……。

「映画の出演依頼?」

「そうよー。ジャンパー尊のやつ、なかなかやるやつよ」

 ジャンパーソンはすでに二年も前からミュージックビデオや自作の短編映画を撮るなど精力的に活動をしていたようだ。賞を取ったことで、スポンサーとプロデューサがつき、なんと長編映画の撮影中らしい。それもすでに半分以上撮り終えているという。

「それって、どんな映画か言ってた?」

「ヌーベルバーグの時代にタイムスリップした日本人映画監督の物語らしいわよ。知らんけど」

「そりゃ、新人監督にしては思い切った内容だね。映画オタクらしいと言えばそうなんだろうけど……。ペンギンちゃんの役は、どんな役なんだろう」

「何でも来いって感じー! 撮影は来月よー。役作りのため、少しやせなきゃ」

「ペンギンちゃん……、それと昨日の生収録だけどさ……」

「行ってきまーす」

 ジェイミーは呆然あぜんとしながら丸々とした後ろ姿を見送った。彼のスマホに表示されているネット記事には、『衝撃、大河ドラマ収録現場荒らしの謎のペンギン再び』とあった。


 そして一か月後。
 七月の猛暑の中である。ペンギンちゃんはサングラスをかけ、折り畳み式の座椅子ざいすにふんぞり返る。くちばしも心なしか普段より尖っていた。周りには大量の紙コップが転がっている……。

「ちょっと! スタッフ! スタッフー!」

 へいへい、と先日公開生収録にもいた栗頭のスタッフが汗をかいたまま、素早く走ってきた。

「遅いじゃない! いつになったらアタイの出番が来るのよ!」

「へ? あんた、見学じゃなかったんですか? 何でいるか分からなかったんですけど……」

「違うわよ、このサル! アタイ、ジャンパー尊から直々に助力を乞われたペンギン様よ!」

 スタッフは頭をかきながら、トランシーバーで話始めた。
「ええ、そうです。声のやたらでかいおばさん使うシーンって、どれのことですか? シャープ14-3? ああ、13-6? 困ったな、早く帰らせたいのに」

 ペンギンちゃんはグラサンを下げて細目でジロり。しかし、面の皮の厚いこのスタッフは知らんぷりで話し続けた。

「え……、はい。じゃあ、繰り上げてもいいんすね。 はい、はーい」
 トランシーバーを腰のホルダーに戻と栗頭のスタッフは笑顔になった。
「二十分後なので、お願いしまーす!」

「やっと来たわね。大物を待たせるとはいい度胸よ!」

「あ、おばさん。ちょっといいですか?」
 栗頭は撮影本部に駆けていくと、クーラーボックスを持ってきた。

 開けると、中には発泡酒はっぽうしゅが山のように入っていた。

「撮影前にぜひこれを。こちらからのお詫びでーす」

 これにはペンギンちゃん、かえってイライラ。
「本番前の女優が酒なんか飲むと思うのかしら? しかも、全部安酒じゃない。こんなんで、アタイがその気になるわけないじゃないのー!」


 ……、……。

 そしてカメラが回る三十秒前……。

「皆さん配置につきましたね。打ち合わせ通りにお願いしまーす! 三十秒前!」

「おえー! うっぷ! もうダメ。コンクリめたーい」

 スタッフがペンギンちゃんに駆け寄ってきた。
「エンジンはかかってますが、まだ踏んではいけませんからね、アクションを待ってくださいね!」

 何とペンギンちゃんは今、骨董品こっとうひんのようなシトロエンの運転席にいる。短い脚でも竹馬を括り付け、アクセル、ブレーキを踏めるようにしていた。

 すでに泥酔していて頭は全く持ち上がらない。中に充満した歴代オーナーの加齢臭は意識をブラックホールへと誘(いざな)った。

「アクション? アクションやるわよー! なんでも来なさいよー!」

「じゃなくて。合図まで待ってくださいね」
 スタッフは不安そうにハンドルの前で突っ伏すペンギンちゃんを見ながら持ち場に下がって行った。

 辺りは1960年台のフランスを再現した街並みである。京都府内にある観光地だ。撮影のため付近一帯をおさえて改修を施している。

 そんな静かな場所で、監督であるジャンパー尊……。いや今は本名なのかどうなのか、大森小次郎(おおもりこじろう)を名乗っている映画監督は、大声で、アクション!、を言い放った。

 ペンギンちゃんは言われた通り車を路肩の車たちの最後尾に停めて、颯爽さっそうと降り立つと、華麗にフランスの街並みを闊歩かっぽした……、というだったのだが、勢いが予定よりもはるかにあった。

 路駐している車に何度もぶち当たりつつ、車は勢いよく歩道に乗り上げ、家屋に突っ込み前方が大破した。
 大破した車の中からペンギンちゃんは白目をむいた怒り顔で出てきて、どの言語にてらしても翻訳のできない暴言を吐きながら街路のあちこちにゲロを吐いて千鳥足でカメラからフレームアウトしていった。

 カメラはその後も回っており、実際はペンギンちゃんの暴れ具合によって混沌こんとんとした街を、主役が涼しい顔で歩くシーンがメインで撮影されていた。

 カット、と監督の合図がかかり消火器をもったスタッフが一斉に大破した車の周りを囲む。このシーン、瞬時にオーケーの判断がされたことを、ペンギンちゃんは一切理解できていなかった。

 
***


 そして時は流れて……、ペンギンちゃんのクランクアップから六か月後である。

「あんたたちー! 聞きなさいよぉ」

 オットマンの面々は反応したり、しなかったり。

「ついにアタイの初主演映画が完成したわよぉ! 題名はヌーベルバーグ!! 昔のフランスと現代の日本をまたにかけた超大作よ!」

 全員がペンギンちゃんを二度見した。さすがにこれには、暇を持て余して腹にダニを飼い慣らしたぬいぐる連中も、やいのやいの、騒がずにはいられない。

「すごいね! 撮影行ってたのは知ってたけど、本当に公開されるなんて」
 ジェイミーは興奮して詰め寄った。こういうときだけ目が充血してて鼻息が荒い。ちょっと気持ち悪い。エフィもスマホをいじりながら輪の中に入ってきた。

「ちょうど、今見てたの。都内五ヶ所で公開って、結構すごいんじゃない?」

「ジャンパー尊だもん、当たり前よ!」

「いつ公開なの?」

「五月よぉ! 試写会ししゃかいもう呼ばれてるの。友達の分も一枚余分にもらってるの。誰か行かないー?」

 何故か全員静まり返った。

「パン子さんと行った方がいいんじゃないかな……」
 ジェイミーの意見にオットマンの全員も、無理やりという感じで頷いた。ペンギンちゃんは怪訝けげんそうにして、まあいいわ、と返事した。

 
***


 そして、さらに時は流れた…。

 試写会を終えたあと、ペンギンちゃんは世紀の名作と言い放ち、自分の数秒の出演シーンは映画史に残る名シーンと、のたまわった。しかし、封切ふうぎりをされるや否や、ヌーベルバーグは各所で大酷評、デフォルメされすぎて無駄にコミカルな演出と、身内ノリの激しい雰囲気といい、学芸会とネット上では酷評された。観客満足度も十六パーセントと忖度そんたくのかけらもない結果だった。

 ただそんな論評もどこふく風……。

「あんたたちー。そろそろじゃない。そろそろ、アタイのヌーベルバーグ見に行きたくなったんじゃないのー」

 反応はぱっとしない。はーい、とか、うぇーい、とか……。
 特にこの手の話題に一番に反応するアナグマのジェイミーと、スカンクのエフィが早々に自分の端末に目を戻してしまった事実がペンギンちゃんは面白くない。

 ジェイミーはイヤホンを付けて動画を見ている。ペンギンちゃんは彼の前に顔を突き出した。

「ちょっと? あんた見るわよね? ねー、見にいくわよねえ?」

「え。別にいいかな。最近暑いし。配信されるまで待つよ……」
 ジェイミーはエフィの方に、見たい?、と聞く。彼女も気だるげで似たような反応だった。

「また今度、配信されたらみなで見たらいいよね」

「そうそう。それと、ヌーベルバーグなら母栖鍬乙鋤もすくわおとすのレビューの方が面白いと思うわよ」

 ジェイミーとエフィは一応、ペンギンちゃんをなだめながらも迎合げいごうしないようにいろいろ言った。ただし出したワードがまずかった。

「何よ! その変な名前のいかれぽこちん」

 二人は眼を合わせて、仕方ないという感じになり、ジェイミーが自分の端末を操作して動画を見せた。

「いま流行りの映画評論家だよ。見る?」

 ペンギンちゃんはジェイミーのスマホを奪い取り、母栖鍬乙鋤のチャンネルを見て憤慨。
『初監督で大ゴケ、ジャンパー尊のヌーベルバーグに見る映画監督に必要なもの』とあった。

「こんなやつに何がわかるのよー!」
 怒りながら、再生ポチ……、……。

 
***


 さらに一週間後……。

「皆さん、チケットと身分証明書は持ちましたか? 高齢者は八割引きですからね」
 ジェイミーは寝そべってスマホばっかり見るペンギンちゃんをチラリと見る。

「ペンギンちゃん。ネコノヒタイ劇場にスズメの糞詰まり、見に行くけど……」

 イヤホンもつけていない、音声垂れ流しのまま、動画を見続けている。朝の五時に起きて、もう十時間近く寝ころんだままだ。

「ペンギンちゃん?」

「いい……。母栖鍬乙鋤もすくわおとすと高寺ヨシコ、スカ沢シャークのチャンネル動画見たもん」

「また、レビュー動画なんか最初に見ちゃって。楽しみにしてたのに……」

「アタイつくづく思ってたのよねー」

「なに……?」

「映画作りたいやつっていっぱいいて暑苦しいけど、映画みたいやつって、映画みたくないやつにもなれるし超クールよねー」

 額に指をあててジェイミーは仏頂面ぶっちょうずらになりペンギンちゃんの知能指数でよーく考えた。
「えーと、つまりいまあなたは映画みたくない人ってこと?」

「そうよー!あったまいいわね。映画作ってばっかのやつも、たまには映画作りたくないやつになって、レビュー動画のほうバンバンだせばいいのにねー。そしたら、もっとアタイ、家でゴロゴロできるのに」

 ジェイミーは少し考えるふりをした、反対意見をすぐに切り出したら空気が悪くなるし、口調も粗くなる。理解を示すふりも大事だ。

「レビューはあくまで一個人のその場の見解だと思うなー。デザートみたいなもんだよね。あくまで主食のコンテンツありきだから、たまにはそっちも楽しまないと、不健康になると思うよ」

 ペンギンちゃんはジェイミーの真似をして少し考えるふりして、ゲゲゲと嘲笑。
「アタイは今、米やパンの食い過ぎでおなかパンパンなの! 今はアイスクリームやケーキが主食なのよ!  何か悪いか!?」

 わかったら行った行った、とペンギンちゃんはジェイミー、その他を足蹴にして、さっさとオットマンから追い出した。

 
***


 そして、さらに一週間後。

 オットマンのうえでジェイミーとエフィ。

「ペンギンちゃんはー?」

「母栖鍬乙鋤の生収録いくって」

「あー……。それ、いつ始まるの」

「たしか七時からって。あっ、今七時二分……」

「見よう見よう」


 動画を再生すると今まさに、モスクワチャンネルの動画オープニングが終わり、スタジオ映像が始まったばかりだった。

「始まりました、モスクワチャンネル第百六十六回。今回は映画監督兼、ジャンパー尊の名で映画評論家としても活動をされております大森小次郎さんをお呼びして、『世界にはまだ早い? サイバーパンクでっちあげランナーズ』というタイトルでお話していこうと思います」

 視聴していたオットマンの面々は、動画に集中し沈黙していたが、気持ちは一つだったので一斉に身構えていた。

「大森さんって、僕まだ呼び辛いとこありますねー」

「いやあ。すみません。一発滑っちゃったけど、この名前で、今後は二足の草鞋わらじでやって行こうとおもいまして」

「次回作の構想はあるのですか? 僕気になってまして」

「スポンサーとか離れちゃって。今度は資金集めからですね。一から頑張っていく感じですけど、何撮るかは決まってる的なね……」

巨匠きょしょう気取りやめろー」
 暴言はペンギンちゃんの隣の男から出た。大森と母栖鍬乙鋤は当然のように無視。

「次、変な自虐ネタやったら帰るぞ」

「映画の宣伝もするなよなぁ」
 暴言はさらにその後ろの観客からも、さらにその後ろの観客たちからも出た。

 ペンギンちゃんはじっくりと大森を、ジャンパー尊だけを見ていた。それ以降、スタッフがにらみを利かせているからなのだろうが、収録中に暴言は飛ばなかった。

 ペンギンちゃんの無言の視線と、大森の視線が時々合う。それは撮影が進むにしたがって増えていったが、ペンギンちゃん終始むっつり……。

 暴言では何も反応をしなかった大森にとってこれは流石に予想外だったようで、冷や汗なのか脂汗なのか、額から流れる水滴は目が合うたびにじわじわと増えていった。だが流石というか、最期まで彼は撮影をやり切った。

 生収録をスマホで見ていたオットマンの面々は胸をなでおろしながらも何人かは、ちっ、と小さく舌打ちした。

「ちょっと、ここチュロスも出してないの?」
 隣のパン子は最後までスタッフに砂糖菓子を要求していた。

 ペンギンちゃん何とも言えぬむっつり顔のまま、収録が終わっても椅子にふんぞり返っていた。
 
 大森小次郎はそんなペンギンの地獄のオーラに対しても笑顔で挨拶をした。

「お久しぶりですね。ヌーベルバーグの撮影の際は本当にありがとうございました。モスクワさんのフォロワーでもあったんですか?」

「誰も応援してないわよ! あんたに話があっただけ」

 大森は驚かなかった。ただ一言、場所を変えましょうか、とだけ静かに言った。二人はスタジオ近くの屋外カフェに行った。


***


「……。話とは、私に何でしょうか。何でもうかがいますが……」

 さすがに大森は気まずさを隠しきれていない。すらすらと述べつつも、どうもよそよそしい。

「アンタ、次のヤツは出さないの?」

 大森は少し気まずそうな顔のまま声を潜めながら、本当に言いにくいんですけど……、とひそひそ話を始めた。

「放送でも言いましたが、スポンサーが離れちゃって……」

「じゃなくて! 新しいレビュー動画よ。もう二週間も更新が止まってるわよー」

「いや、今は監督業の方でスタッフもわたしも手いっぱいになってて……」

「ばっかねー」

「はあ……」

「今のアンタの姿見てられないわよ。キレキレの映画評論家はどこ行ったの」

「も、もちろんやります。ですが、今後は映画監督と両立しますので、少々……」

「待たせんじゃないわよー!アタイ早く次が見たい、次が見たい、次が見たい! 何やんの! 何やんの! 何やんの!!」

「お、落ち着いて……、わかりました」

「ニュッ??」

「実は次の企画は決まってるんです。餅山もちやまさんにオファーかけてるのでそれ待ちというか、少し難航してて。けどまだ詳細は言えませんが近日中に最新作をレビューしますよ」

 ペンギンちゃんは青年大森の顔をじっと見た。大森は笑顔が少しひくついた。
「嘘つき!」

「ほ、本当です……」

「もういい、おなか減ったー!」
 ペンギンちゃんは椅子から飛び降りて町の中をペタペタ歩き出した。

「どちらへ……?」

「家帰って映画見る!」

「ヌーベルバーグ、大体のサブスクで配信されてますので是非!」
 最後まで紳士的に声をかけたが、ジャンパー尊こと、青年大森はペタペタと歩くペンギンの後姿を見ながら無表情だった。

 しばらくして、隣の席の客に話しかけた。

「撮れたか?」

「確認します……」
 それは、生収録から彼の手足となって働いていた栗頭のスタッフだった。カバンからビデオカメラを取り出して録画を確認する。

「ばっちり使えそうです……。念のため二人の声は別のレコーダーに収めています」

「よし。次の現場行くぞ」

「あの……、本当に、許可は取らなくてもよかったのですか」

「後でいいよ。ドキュメンタリーで考えているが、デフォルメして女優にやらせてもいい。いずれにしても批評コンテンツに夢中になる視聴者の生々しい姿が欲しかったんだ」

 頭をきながら栗頭は、少し申し訳なさそうに切り出した。
「俺はあのおばさんに半分賛成ですけどね……」

「賛成……? 何が?」

「コジさん。また評論家としてガンガンやっていきましょうよ。映画は星の数あるし、企画もたまってますよー」

 大森は大きなため息をついて、栗頭を見た。
「俺の動画のコメント欄はいつもチェックしてるよな?」

「はい……」

「どいつもこいつも、いまだにヌーベルバーグのことばっかり……。そりゃ、レビュー動画一本で頑張ればファンは元に戻ると思う。ほとぼりも覚める……。だけど一度ケチのついたクリエイターに勢いは戻ってこねえよ。」

 先ほどまで散々大音量で鳴っていたアブラセミの合唱が無くなり、代わりに響いてきたのは日暮(ひぐらし)たちの鳴き声だった。

「だからよ、一度立った映画監督という土俵で……、ド三流でも勝負をし続けるしかねえんだよ……」

「はー……。だからって。コジさん、今度も攻め攻めすぎますよー」

「はっ。今度の標的はブクブクに乞えたコンテンツ消費者共だよ、一発ハラ蹴とばしてすっきりしようぜ!」
 夏のジュークボックスには曲がわんさかこめられていて切り替わったばかりの『ひぐらしの合唱』というトラックはまだまだ始まったばかりだ。アブラゼミの大合唱と変わらない盛り上がりを見せている。

「コジさん」

「あ?」

「俺、楽しみになってきました」

 完全に本来の顔を取り戻した大森小次郎、いや……、ジャンパー尊は静かにほくそ笑んだ。
「俺もだよ……」
                                                 ‐了‐
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