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第五話:俺の考えたブルース・シスターズ(下)
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(前回までのあらすじ)
カロダパティ・シャーディ
年齢:24
種族:人間
国籍:インド
B:93 W:56 H:90
(※登場人物にいちいちスリーサイズを設定する悲しい大人にならないこと)
北センチネル島、南海岸……。
競技開始からすでに1時間30分が経過。
すでに浜辺に上陸していたエルザとジェインはベースから双眼鏡で海を見ていた。
ベースは四方を鉄柵に囲まれていて、島の住民からの攻撃が届くことはない。
「Hyuu。きたね」
「やるじゃん、あいつ先頭集団にいるわよ」
振居は得意のバタフライでラストスパートに入っていた。
「しっかし、ひっどい団子状態じゃない」ジェインは不思議そうにエルザに聞いた。
「後ろにいたヤツらは大体食われたみたいね」エルザは冷静に反応した。
「は、食われた?」
「人食い古代生物よ」
ジェインはよくよく船での出来事を思い出した。
たしか、甲板に書かれていた。
『カメロケラスとリオプレウロドンに注意』と……。
言うならば古代の巨大イカと巨大ワニだ。くすりともできないジョークとしてスルーしていた。
「もしかして一番危険なのスイムじゃないの?」
「あいつの泳ぎを信じてのことさ」
「Shit! 知ってたらわたしが泳いだのに」
「あんたじゃ絶対無理よ」
「だけど!」
確かにそうだが、釈然としないところがある。ジェインは口を結んだ。
そうこうしているうちに水上のゴールラインを選手たちが通過した。
振居の結果は5位。
「すまねえ。あと一息足らなかった」浜辺に上がった振居は肩で息をしていた。
「上々よ。ミスター・フリー」
「け、けがはなかったの?」ジェインはタオルを渡した。
「ああ、途中、ちょっと妨害も入ったけどな」
振居は上位でゴールした者たちとがっちり握手を交わしていた。たぶん海中生物については完全に気付いていない。
「Hey、ジェイン。スタートにつくよ」
バイクの出走地点は現在いるベースだ。ほとんど団子状態で出場者がスイムを終えたため、出走時間はだいたい同じ時刻になる。
「☆uck! 楽勝よ。あいつら全員、ふっとばしてやる!」
ジェインは勢いよく、自分のマウンテンバイクに走った……。そしてすぐ戻ってきた。
「何してんの。姉御、フリー! アタシ一人じゃ乗れないよ!」
バイク出走三分前……。
ジェインは振居にバイクの後ろを支えられながら出走の瞬間を待つ。
「ぬいぐるみ用アタッチメントってあったのね」エルザは感心する。
ジェインの履いている装具は足裏からさらに足が伸びたような形状で、その伸びた足はペダルに装着され一体になっている。
「だいぶ前からだよ。お前らは子供の時どうしてたんだよ」振居はジェインのマウンテンバイクを後ろから押さえながらエルザに返事をした。
「三輪車にエンジン付けてたから、二輪なんてクソ、乗る必要なかったわ」
「へえ。トライクかよ」エルザの言葉にいちいち反応するが、振居はかなり緊張していた。それはバイクに乗るジェインも言わずもがな。
「ジェイン! 肩の力抜きな」
エルザの檄にジェインは舌を出して後ろを向いた。これは明らかな緊張のサインだ。
「何だい! ノープロブレムよ!」強がるが、意識は森の方に向いていた。
「住人いるなあ」振居が後ろから声をかけた。
「いるわね」エルザも猫目で観察していた。
「想像通りの見た目だなあ」
本当に予想どおりの未開の地の住人だった。黒々とした肌。腰蓑を付けて半裸の姿で木々に隠れながらこちらを観察している。女でもそれは同じ。
おそらく20人近く潜んでいるだろうとジェインは考えた。
それにしても、どいつもこいつも住人は同じような顔ばかりである。丸っこい顔にぎょろ目がぎらついていて、分厚い唇が不気味さを際立たせている。
「ほんと。あんたに負けず劣らずの間抜け面ね」
「ほっとけよ」
「無駄話はそこまで!」ジェインの背中をエルザが押した。
「ケツでもとにかく走りきりな! 二人でエデン、見つけに行くよ」
ジェインはエルザに何も答えられなかった。考えているうちにスタートの合図がかかり、振居の手が離されたからだ。
周りの数十人と同タイミングでジェインは出走した。
出るや否やジェインはおもいきり踏み出してどんどんギアをあげて行ったが、周りの方が圧倒的に早かった。
脱兎のごとく、出だしとは思えない速度でジェインの前は全力のレーサーたちで埋め尽くされる。
「ちょっと、激しすぎない? いきなり!」
「それでいい!」ベテランの風格のある参加者が全員に対しての大声を上げる。
「足に自信のある奴らはどんどんさきにいけ。おいていかれたら真っ先に狙われる。速度を緩めるな!」
号令が終わる前に浜辺に何本か矢が刺さる。獲物と自分との距離を測るためのものだ。全員が競技に望む顔から生存を求める顔へとスイッチしていた。
置いて行かれたらアウト。
先頭を行くトップ集団、それに続く大集団は標的となることが少ない。問題はそこから離れた者だ。孤立した者は速度も遅く、何より囲まれやすい。
そんなことは百も承知だが、ジェインは今まさにその状況にあった。
速い、速い、みんな速い。
あっという間にジェインは後方に取り残されていった。
ジェイン自身、出だしこそ思い切り漕ぎ出せたものの、もう速度が落ち始めていることを、たとえ最下層集団とはいえ周りのレーサーのたちの進み具合でひしひしと感じる。
前を走っていた一人が急に糸の切れた人形のように脱力して海の方にむかってつっこみ、引いていく波の中で静かな飛沫をあげた。
通り過ぎるときに、その姿を見て一瞬で目をそらした。首には矢が刺さって絶命していた……。
集団はどんどん離れていく。
ジェインはぼんやり遠い日のことを思い出していた。
初めてのエルザとのツーリング。
ガードレールの途切れた都市郊外の山道のカーブ。エルザは後ろを顧みることなくどんどん速度を上げ、ジェインたちを残して消えていく。
ついていかなきゃ、心の奥で思いながらもジェインは怖気づいていた。その時はまだジェインにとってエルザはエルザだった。姉御と呼びはじめたのはいつからなのだろう。
「たったすけて、助けてくれえ」
後ろで聞くも哀れな声がした。
振り向くと年配の大男が口から泡とよだれを垂らしてジェインに手を伸ばしている。
「あっ、あじがつったんじゃ、誰か、おいてかんでくれえ! ひっぱってくれえ!!」
ジェインは迷わずその男の手を取り引っ張った。
「す、すばん。ありがたや。ぞ、ぞのまま」
「ああ!もう!」ジェイン自身自分の行動を疑っていた。
男とこんなにがっちり手をつなぐことなど、いつぶりだろう。
網走プリズンの中? 一週間前のゆきずりの男との一夜? どれも当てはまらない。
「足、治るまで引いてやるから! じじい!後で私を助けなさいよ」
「ああ、ああ! ついでにケツもさわらせてくれ! 勇気が出るじゃあ」
「☆uck Off!」
地獄で小鬼と出会った。後にジェインはそう語る。
さて、問題は今だ。
明らかにお荷物を引っ張っているのだが、少し気が楽になり先程よりも速度は上がっている。
最後尾に変わりない。背中に薄ら寒い感覚はあるし、ときどき目の前を矢がかすめる。
だが、次第にジェインついていく落ちこぼれたちが一人、また一人と後ろにつき後方集団が出来上がる。
「なに、こいつら。コバンザメみたいにびっしり……」
「協調じゃあ」
「Dude! なんか言った?」
「協調じゃよ。集団は空気抵抗を減らして、個々の士気を上げる。願ってもないことじゃあ」
ジジイが急にジェインの前に出た。すでに足は癒えている。
「しょら、しょら」といきなり負けん気の強さを発揮して。この集団の先頭を走りだした。
まるでだんじりの上だ。
「あっ、ジジイ、カッコつけんな」
そうと思うと、前方にいた、集団から脱落したベテラン二人がジェインとジジイの前についた。
「Dude。お前ら!」
船でシャーディーのまえで、偉そうに講釈たれてたうちの二人だ。一人は明らかな苦悶の表情をうかべている。
原因は明らかだ。
「あんた、足にぶっ刺さって……」
「ああ、下手こいたぜ、畜生……」かすれた声だ。太ももに矢が貫通していた。
矢じりの先はかえしになっていない。先端を尖らせただけの木だ。男は顔を紫にして、うめきをわずかにあげて引き抜く。血が大量に吹き出した。
「すまない。我々も加えてくれないか。先頭をさせてもらうよ」
もう片方の男が、紳士的にジェインに提案をしてきた。真っ先に話しかける相手が先頭を行くジジイでないあたり、下位集団のことをよく観察していたのだ。
「ざっけんな!お断りよ」
「ならん!」ジジイが急に大きな声を出して、ジェインを諌めた。
「千載一遇じゃ。協調は先頭の人間のポテンシャルに左右される。生き残るために、こいつにまかせるべきじゃあ」
ジェインはそれに渋々頷いた。
「ふっ。いいチームだ。俺はサマー。あいつはオータム。オータム、治療は終わったな。早速だが、トレインを組むぞ。前に追いつく!」
オータムがバンダナで傷口の止血を終えたタイミングでサマーは早速先頭にでた。オータムはジェインの後ろ、四番目に付き、それに周りのくっついてきていただけの奴らが続き、三列の整列された集団ができた。
矢は相変わらず飛んできていて、犠牲者は一人、また一人と増えているのだが、十キロ、二十キロ、確実にコースの消化は進んでいた。それは目まぐるしい速さだった。
ジェインは不思議だった。足はすでに死に体なのに、速度が維持できている。
「これが、チーム……」
森の中……。
一人の男が音もたてず、木々の中に潜む島の狩り人たちのもとへとやってきた。
「よお。喉が渇いただろう」
返事はない。この島で雄弁に語る人間は一人しかいない。そしてそれに一つ一つ反応を示す者も……。男は潜むもの一人一人にヤシの実を渡した。
「何だ? 何をしてたって顔だな? ナハシュの様子を見てたのさ。お前らも全然手が進んでいないじゃないか。どういうことだ?」
またも返事はない。だが、反応で分かる。
皆、間抜け面で薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「ああ……。嬉しいぞ。待っててくれたとはな」
レヴは差し込む陽光を浴びて気持ちよく伸びをした。
「友たちよ……。昼寝は終わりだ」
島を二周、ちょう五十キロ地点にきたとき、事件は起きた。
住民たちは弓を止めて槍の投擲を始めた。
それは、集団の行く先に刺さり、障害物として機能をした。
「Dude。まじかよ!」
「列を三つに割るぞ。それぞれ、先頭の動きに合わせて回避しろ!」
槍をよけながら指示を出したサマーは、自分の足元を見て舌打ちした。前輪に槍が挟まっている。よけきったと思わせた先に一本潜んでいたのだ。
一瞬のことだったが、このサバイバルを経験してきたプロには、これが何を意味するのか把握するには十分であった。
サマーは左足で地面を蹴り、後続が巻き込まれないように横に大きくそれて落車した。
「サマー!」
「ゴハッ。俺に構うな! 進め!」
転倒して砂に埋もれながらも、サマーは大声で集団を鼓舞し続けた。
「ばかもんが! 目の前を見ろぉ!」
目の前には槍の浜と化したコースがある。目を離すことができない。
それにボロボロのハズのオータムがすぐに先頭に入り、ペースを維持し続けている。
ゴールまで突き抜けるしかないのだ。
仲間はいなくなる。
網走プリズン時代……。
青洲姉妹の二度目の脱獄が失敗に終わった夜。独房に入ってきたのは協力者である看守、新堂琴ノ花だった。
「Hey。昨日はあんがと。もう少しだったんだけどね……。次こそ。次こそさ」
「……。残念だよ。もう君らには協力できない」
「はあ。もう2度やらかしたものね。あんたもそろそろ疑われ……」
「そうじゃない。退職さ……。明日ね」
「どういうことよ」
「君たちのここでの二年は、傍から見てすごく盛りだくさんだと思ったよ。けど、僕も僕でいろいろあった……。もうここにはいられない」
「ふー。ちょっと座んなよ。最後なんだ。話していこうぜ、姉弟」
「いや。長居できないよ。もう行く……。君の姉さんにも話しておくさ」
新堂は静かに独房を閉めた。月明かりが途切れて暗闇がジェインを覆う。
新堂の足音がゆっくりと聞こえて、エルザの独房が開けられる音がした。
「……。そう。……。そうだよ。お別れ……」
新堂はいつも通り話しているのにエルザの声がいまひとつ聞きとれない。無粋と思いながらもジェインは耳をそばだてた。
「一つ聞いていい? ……。僕は君らの姉弟になんて気持ち悪くてなれない。そう言ったら君は僕をどうする?」
いつになく、ぼそぼそ語っていたエルザが何も話さなくなった。
ジェインは少し慌てる。何も聞かない……。聞かないふりをしても聞こえる音がある。触れ合う音。人と、ぬいぐるみの間抜けな音。
ジェインの想像の中でエルザに月明かりが注いだ。妹としてこの瞬間は暗闇が唯一の幸運だ。
「姉御、アンタちょっと勝手だよ……」ジェインは静かにつぶやいた。
ゴールまであと七キロ、残り一割ではあるがどうしょうもなく長い距離。
先頭はジジイとジェイン、オータムで交互に回しているが徐々にペースが落ちている。周りの面子も半分近く、矢や槍に当たり脱落した。
中には速度が落ちたところを囲まれて嬲り殺された者もいる。
「はあ、はあっ、アタシが前に出る」
ジェインは前に出ようとするが、体が容易についていかない。明らかな経験の差がここで出てきてしまった。
「うぬっ。わしが出るわい。肉弾戦車かましたるわ!」
「いや、俺が最後まで引っ張る!」
ジジイもオータムも、言葉以上の力は出ていない。このトレインは限界の様に思えた。
「いや! 俺に任せてくれ!!」
後ろで大声がした。
振り向くとそこにはサマーがいた。背中や肩に何本も矢や槍を受けて……。
彼は薄く笑いながらジェインたちに追いついた。
「サマー!」
「すまない。あとは俺に任せろ」
「無理に決まってるでしょ。そんな……!」
オータムがジェインに手を当てて無言で首を振った。彼の無念がジェインに瞬時に伝わる。
「いいチームだ。最後までやらせてくれよ。俺が先頭だ!」
叫びながら再び先頭に出たサマーはビーチの砂を吹き飛ばすサイクロンだった。
ジェインたち集団は再びまとまりを取り戻して、どんどん速度を上げていく。
そして見えてくる、遥か先をいっていたはずの集団の姿。
追いつくべくしてジェインたちは追いついたのだ……。
「う。ひっ、ぐっ……。頑張れ……。頑張れサマー……」ジェインの目の前が嵐でかすんだ。
……、……。
ナハシュは静かに眠る。
遠くから聞こえる仲間たちの雄叫びと、それよりも猛りをみせている獲物たちの叫び。それらはかすかに周りの草花をゆらしてナハシュにとって至福な眠りの瞬間を作り上げる。
眠りの中で過去を反芻していた。
そこは生命の木の下。
白銀の輝きを手に、男はナハシュを向いて語りかける。顔は影で覆われていた。
「驚いた。君たちは、これを手に取ったことがないのか」
夢の中のナハシュは弦を引き絞り男の眉間に意識を集中していた。
「憎いのかい? だが、私にとってこれはどうでもいいんだ……」
男の行動はナハシュを混乱させるほどあっさりしていた。未練もなく、あっさりと実を手から離して、こちらに歩み寄る。
実は土に触れても、なお煌々とした輝きをはなっていた。皆がそちらのほうに目が行く中で、ナハシュは歩み寄ってくる男に別の輝きを見た。
「友よ、我が友よ……」
初めて会う獲物のはずが、確かに彼はナハシュに向けてそう告げた。
半醒半睡だったナハシュの目が、ゆっくりと開かれた。
(次回に続く……)
カロダパティ・シャーディ
年齢:24
種族:人間
国籍:インド
B:93 W:56 H:90
(※登場人物にいちいちスリーサイズを設定する悲しい大人にならないこと)
北センチネル島、南海岸……。
競技開始からすでに1時間30分が経過。
すでに浜辺に上陸していたエルザとジェインはベースから双眼鏡で海を見ていた。
ベースは四方を鉄柵に囲まれていて、島の住民からの攻撃が届くことはない。
「Hyuu。きたね」
「やるじゃん、あいつ先頭集団にいるわよ」
振居は得意のバタフライでラストスパートに入っていた。
「しっかし、ひっどい団子状態じゃない」ジェインは不思議そうにエルザに聞いた。
「後ろにいたヤツらは大体食われたみたいね」エルザは冷静に反応した。
「は、食われた?」
「人食い古代生物よ」
ジェインはよくよく船での出来事を思い出した。
たしか、甲板に書かれていた。
『カメロケラスとリオプレウロドンに注意』と……。
言うならば古代の巨大イカと巨大ワニだ。くすりともできないジョークとしてスルーしていた。
「もしかして一番危険なのスイムじゃないの?」
「あいつの泳ぎを信じてのことさ」
「Shit! 知ってたらわたしが泳いだのに」
「あんたじゃ絶対無理よ」
「だけど!」
確かにそうだが、釈然としないところがある。ジェインは口を結んだ。
そうこうしているうちに水上のゴールラインを選手たちが通過した。
振居の結果は5位。
「すまねえ。あと一息足らなかった」浜辺に上がった振居は肩で息をしていた。
「上々よ。ミスター・フリー」
「け、けがはなかったの?」ジェインはタオルを渡した。
「ああ、途中、ちょっと妨害も入ったけどな」
振居は上位でゴールした者たちとがっちり握手を交わしていた。たぶん海中生物については完全に気付いていない。
「Hey、ジェイン。スタートにつくよ」
バイクの出走地点は現在いるベースだ。ほとんど団子状態で出場者がスイムを終えたため、出走時間はだいたい同じ時刻になる。
「☆uck! 楽勝よ。あいつら全員、ふっとばしてやる!」
ジェインは勢いよく、自分のマウンテンバイクに走った……。そしてすぐ戻ってきた。
「何してんの。姉御、フリー! アタシ一人じゃ乗れないよ!」
バイク出走三分前……。
ジェインは振居にバイクの後ろを支えられながら出走の瞬間を待つ。
「ぬいぐるみ用アタッチメントってあったのね」エルザは感心する。
ジェインの履いている装具は足裏からさらに足が伸びたような形状で、その伸びた足はペダルに装着され一体になっている。
「だいぶ前からだよ。お前らは子供の時どうしてたんだよ」振居はジェインのマウンテンバイクを後ろから押さえながらエルザに返事をした。
「三輪車にエンジン付けてたから、二輪なんてクソ、乗る必要なかったわ」
「へえ。トライクかよ」エルザの言葉にいちいち反応するが、振居はかなり緊張していた。それはバイクに乗るジェインも言わずもがな。
「ジェイン! 肩の力抜きな」
エルザの檄にジェインは舌を出して後ろを向いた。これは明らかな緊張のサインだ。
「何だい! ノープロブレムよ!」強がるが、意識は森の方に向いていた。
「住人いるなあ」振居が後ろから声をかけた。
「いるわね」エルザも猫目で観察していた。
「想像通りの見た目だなあ」
本当に予想どおりの未開の地の住人だった。黒々とした肌。腰蓑を付けて半裸の姿で木々に隠れながらこちらを観察している。女でもそれは同じ。
おそらく20人近く潜んでいるだろうとジェインは考えた。
それにしても、どいつもこいつも住人は同じような顔ばかりである。丸っこい顔にぎょろ目がぎらついていて、分厚い唇が不気味さを際立たせている。
「ほんと。あんたに負けず劣らずの間抜け面ね」
「ほっとけよ」
「無駄話はそこまで!」ジェインの背中をエルザが押した。
「ケツでもとにかく走りきりな! 二人でエデン、見つけに行くよ」
ジェインはエルザに何も答えられなかった。考えているうちにスタートの合図がかかり、振居の手が離されたからだ。
周りの数十人と同タイミングでジェインは出走した。
出るや否やジェインはおもいきり踏み出してどんどんギアをあげて行ったが、周りの方が圧倒的に早かった。
脱兎のごとく、出だしとは思えない速度でジェインの前は全力のレーサーたちで埋め尽くされる。
「ちょっと、激しすぎない? いきなり!」
「それでいい!」ベテランの風格のある参加者が全員に対しての大声を上げる。
「足に自信のある奴らはどんどんさきにいけ。おいていかれたら真っ先に狙われる。速度を緩めるな!」
号令が終わる前に浜辺に何本か矢が刺さる。獲物と自分との距離を測るためのものだ。全員が競技に望む顔から生存を求める顔へとスイッチしていた。
置いて行かれたらアウト。
先頭を行くトップ集団、それに続く大集団は標的となることが少ない。問題はそこから離れた者だ。孤立した者は速度も遅く、何より囲まれやすい。
そんなことは百も承知だが、ジェインは今まさにその状況にあった。
速い、速い、みんな速い。
あっという間にジェインは後方に取り残されていった。
ジェイン自身、出だしこそ思い切り漕ぎ出せたものの、もう速度が落ち始めていることを、たとえ最下層集団とはいえ周りのレーサーのたちの進み具合でひしひしと感じる。
前を走っていた一人が急に糸の切れた人形のように脱力して海の方にむかってつっこみ、引いていく波の中で静かな飛沫をあげた。
通り過ぎるときに、その姿を見て一瞬で目をそらした。首には矢が刺さって絶命していた……。
集団はどんどん離れていく。
ジェインはぼんやり遠い日のことを思い出していた。
初めてのエルザとのツーリング。
ガードレールの途切れた都市郊外の山道のカーブ。エルザは後ろを顧みることなくどんどん速度を上げ、ジェインたちを残して消えていく。
ついていかなきゃ、心の奥で思いながらもジェインは怖気づいていた。その時はまだジェインにとってエルザはエルザだった。姉御と呼びはじめたのはいつからなのだろう。
「たったすけて、助けてくれえ」
後ろで聞くも哀れな声がした。
振り向くと年配の大男が口から泡とよだれを垂らしてジェインに手を伸ばしている。
「あっ、あじがつったんじゃ、誰か、おいてかんでくれえ! ひっぱってくれえ!!」
ジェインは迷わずその男の手を取り引っ張った。
「す、すばん。ありがたや。ぞ、ぞのまま」
「ああ!もう!」ジェイン自身自分の行動を疑っていた。
男とこんなにがっちり手をつなぐことなど、いつぶりだろう。
網走プリズンの中? 一週間前のゆきずりの男との一夜? どれも当てはまらない。
「足、治るまで引いてやるから! じじい!後で私を助けなさいよ」
「ああ、ああ! ついでにケツもさわらせてくれ! 勇気が出るじゃあ」
「☆uck Off!」
地獄で小鬼と出会った。後にジェインはそう語る。
さて、問題は今だ。
明らかにお荷物を引っ張っているのだが、少し気が楽になり先程よりも速度は上がっている。
最後尾に変わりない。背中に薄ら寒い感覚はあるし、ときどき目の前を矢がかすめる。
だが、次第にジェインついていく落ちこぼれたちが一人、また一人と後ろにつき後方集団が出来上がる。
「なに、こいつら。コバンザメみたいにびっしり……」
「協調じゃあ」
「Dude! なんか言った?」
「協調じゃよ。集団は空気抵抗を減らして、個々の士気を上げる。願ってもないことじゃあ」
ジジイが急にジェインの前に出た。すでに足は癒えている。
「しょら、しょら」といきなり負けん気の強さを発揮して。この集団の先頭を走りだした。
まるでだんじりの上だ。
「あっ、ジジイ、カッコつけんな」
そうと思うと、前方にいた、集団から脱落したベテラン二人がジェインとジジイの前についた。
「Dude。お前ら!」
船でシャーディーのまえで、偉そうに講釈たれてたうちの二人だ。一人は明らかな苦悶の表情をうかべている。
原因は明らかだ。
「あんた、足にぶっ刺さって……」
「ああ、下手こいたぜ、畜生……」かすれた声だ。太ももに矢が貫通していた。
矢じりの先はかえしになっていない。先端を尖らせただけの木だ。男は顔を紫にして、うめきをわずかにあげて引き抜く。血が大量に吹き出した。
「すまない。我々も加えてくれないか。先頭をさせてもらうよ」
もう片方の男が、紳士的にジェインに提案をしてきた。真っ先に話しかける相手が先頭を行くジジイでないあたり、下位集団のことをよく観察していたのだ。
「ざっけんな!お断りよ」
「ならん!」ジジイが急に大きな声を出して、ジェインを諌めた。
「千載一遇じゃ。協調は先頭の人間のポテンシャルに左右される。生き残るために、こいつにまかせるべきじゃあ」
ジェインはそれに渋々頷いた。
「ふっ。いいチームだ。俺はサマー。あいつはオータム。オータム、治療は終わったな。早速だが、トレインを組むぞ。前に追いつく!」
オータムがバンダナで傷口の止血を終えたタイミングでサマーは早速先頭にでた。オータムはジェインの後ろ、四番目に付き、それに周りのくっついてきていただけの奴らが続き、三列の整列された集団ができた。
矢は相変わらず飛んできていて、犠牲者は一人、また一人と増えているのだが、十キロ、二十キロ、確実にコースの消化は進んでいた。それは目まぐるしい速さだった。
ジェインは不思議だった。足はすでに死に体なのに、速度が維持できている。
「これが、チーム……」
森の中……。
一人の男が音もたてず、木々の中に潜む島の狩り人たちのもとへとやってきた。
「よお。喉が渇いただろう」
返事はない。この島で雄弁に語る人間は一人しかいない。そしてそれに一つ一つ反応を示す者も……。男は潜むもの一人一人にヤシの実を渡した。
「何だ? 何をしてたって顔だな? ナハシュの様子を見てたのさ。お前らも全然手が進んでいないじゃないか。どういうことだ?」
またも返事はない。だが、反応で分かる。
皆、間抜け面で薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「ああ……。嬉しいぞ。待っててくれたとはな」
レヴは差し込む陽光を浴びて気持ちよく伸びをした。
「友たちよ……。昼寝は終わりだ」
島を二周、ちょう五十キロ地点にきたとき、事件は起きた。
住民たちは弓を止めて槍の投擲を始めた。
それは、集団の行く先に刺さり、障害物として機能をした。
「Dude。まじかよ!」
「列を三つに割るぞ。それぞれ、先頭の動きに合わせて回避しろ!」
槍をよけながら指示を出したサマーは、自分の足元を見て舌打ちした。前輪に槍が挟まっている。よけきったと思わせた先に一本潜んでいたのだ。
一瞬のことだったが、このサバイバルを経験してきたプロには、これが何を意味するのか把握するには十分であった。
サマーは左足で地面を蹴り、後続が巻き込まれないように横に大きくそれて落車した。
「サマー!」
「ゴハッ。俺に構うな! 進め!」
転倒して砂に埋もれながらも、サマーは大声で集団を鼓舞し続けた。
「ばかもんが! 目の前を見ろぉ!」
目の前には槍の浜と化したコースがある。目を離すことができない。
それにボロボロのハズのオータムがすぐに先頭に入り、ペースを維持し続けている。
ゴールまで突き抜けるしかないのだ。
仲間はいなくなる。
網走プリズン時代……。
青洲姉妹の二度目の脱獄が失敗に終わった夜。独房に入ってきたのは協力者である看守、新堂琴ノ花だった。
「Hey。昨日はあんがと。もう少しだったんだけどね……。次こそ。次こそさ」
「……。残念だよ。もう君らには協力できない」
「はあ。もう2度やらかしたものね。あんたもそろそろ疑われ……」
「そうじゃない。退職さ……。明日ね」
「どういうことよ」
「君たちのここでの二年は、傍から見てすごく盛りだくさんだと思ったよ。けど、僕も僕でいろいろあった……。もうここにはいられない」
「ふー。ちょっと座んなよ。最後なんだ。話していこうぜ、姉弟」
「いや。長居できないよ。もう行く……。君の姉さんにも話しておくさ」
新堂は静かに独房を閉めた。月明かりが途切れて暗闇がジェインを覆う。
新堂の足音がゆっくりと聞こえて、エルザの独房が開けられる音がした。
「……。そう。……。そうだよ。お別れ……」
新堂はいつも通り話しているのにエルザの声がいまひとつ聞きとれない。無粋と思いながらもジェインは耳をそばだてた。
「一つ聞いていい? ……。僕は君らの姉弟になんて気持ち悪くてなれない。そう言ったら君は僕をどうする?」
いつになく、ぼそぼそ語っていたエルザが何も話さなくなった。
ジェインは少し慌てる。何も聞かない……。聞かないふりをしても聞こえる音がある。触れ合う音。人と、ぬいぐるみの間抜けな音。
ジェインの想像の中でエルザに月明かりが注いだ。妹としてこの瞬間は暗闇が唯一の幸運だ。
「姉御、アンタちょっと勝手だよ……」ジェインは静かにつぶやいた。
ゴールまであと七キロ、残り一割ではあるがどうしょうもなく長い距離。
先頭はジジイとジェイン、オータムで交互に回しているが徐々にペースが落ちている。周りの面子も半分近く、矢や槍に当たり脱落した。
中には速度が落ちたところを囲まれて嬲り殺された者もいる。
「はあ、はあっ、アタシが前に出る」
ジェインは前に出ようとするが、体が容易についていかない。明らかな経験の差がここで出てきてしまった。
「うぬっ。わしが出るわい。肉弾戦車かましたるわ!」
「いや、俺が最後まで引っ張る!」
ジジイもオータムも、言葉以上の力は出ていない。このトレインは限界の様に思えた。
「いや! 俺に任せてくれ!!」
後ろで大声がした。
振り向くとそこにはサマーがいた。背中や肩に何本も矢や槍を受けて……。
彼は薄く笑いながらジェインたちに追いついた。
「サマー!」
「すまない。あとは俺に任せろ」
「無理に決まってるでしょ。そんな……!」
オータムがジェインに手を当てて無言で首を振った。彼の無念がジェインに瞬時に伝わる。
「いいチームだ。最後までやらせてくれよ。俺が先頭だ!」
叫びながら再び先頭に出たサマーはビーチの砂を吹き飛ばすサイクロンだった。
ジェインたち集団は再びまとまりを取り戻して、どんどん速度を上げていく。
そして見えてくる、遥か先をいっていたはずの集団の姿。
追いつくべくしてジェインたちは追いついたのだ……。
「う。ひっ、ぐっ……。頑張れ……。頑張れサマー……」ジェインの目の前が嵐でかすんだ。
……、……。
ナハシュは静かに眠る。
遠くから聞こえる仲間たちの雄叫びと、それよりも猛りをみせている獲物たちの叫び。それらはかすかに周りの草花をゆらしてナハシュにとって至福な眠りの瞬間を作り上げる。
眠りの中で過去を反芻していた。
そこは生命の木の下。
白銀の輝きを手に、男はナハシュを向いて語りかける。顔は影で覆われていた。
「驚いた。君たちは、これを手に取ったことがないのか」
夢の中のナハシュは弦を引き絞り男の眉間に意識を集中していた。
「憎いのかい? だが、私にとってこれはどうでもいいんだ……」
男の行動はナハシュを混乱させるほどあっさりしていた。未練もなく、あっさりと実を手から離して、こちらに歩み寄る。
実は土に触れても、なお煌々とした輝きをはなっていた。皆がそちらのほうに目が行く中で、ナハシュは歩み寄ってくる男に別の輝きを見た。
「友よ、我が友よ……」
初めて会う獲物のはずが、確かに彼はナハシュに向けてそう告げた。
半醒半睡だったナハシュの目が、ゆっくりと開かれた。
(次回に続く……)
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