ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

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8 遮る星

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 くねり折れ曲がった路地を、滑るように抜けていく。
 しかし、追っ手もしつこかった。
 数はどんどん増える一方で、諦める気配を見せない。じわじわと、二人を追い詰めていく。
 いくらすばしっこいといっても、ソモルの体力はそろそろ限界に達していた。しかも非力のラオンを連れているのだ。倍の体力を消耗する。

「……チキショー」

 あちらこちらから、二人を探す追っ手の声がする。ソモルは、神経を張り詰め気配をうかがう。
 近い。
 疲れ果ててぐったりしたラオンの汗ばんだ腕をつかんだまま、ソモルは奥歯をみ締めた。その時だった。

「ソモル兄ちゃん」

 民家の角から声がした。
 はっとして眼を向けると、そこにはソモルのよく見慣れた顔の少年が居た。

「ターサ」

 それは、ソモルの弟分の少年だった。ターサは辺りをうかがいながら、手招きをしている。
 救いの神だった。二人は体を屈めながら壁伝いに路地を進むと、ささっとターサが指差す扉の中へと身をひるがえした。
 
 そこは、ターサが世話になっている老夫婦の家だった。ターサはソモルと生まれた星こそ違うが、同じ親のない身だった。ソモルと共にこの街に辿り着き、今は子ない老夫婦に本当の孫のように可愛いがられている。
 二人が家の中へ身を隠した直後、ターサはもう一度外の様子を確認して、音を立てないように扉を閉めた。そして、鍵をかける。
 ゆっくりと二人の方へ振り向くと、もう大丈夫というように指で丸を描いた。

「助かったぜ、ターサ!」

 安心した途端、額から汗がどっと吹き出す。

「へっへっへーん!」

 ターサは得意気に胸を張ってみせた。そしてその視線は、壁にもたれてへたり込んでいるラオンの方へ向けられた。被っていたマントを脱いだその素顔が、ターサの両眼に映り込む。

「ところでさ、ソモル兄ちゃん」

 ターサは、ソモルの横にぴたりとくっついた。

「なんだよ」

 いぶかしそうに尋ねたソモルの眼に、ターサのにやりとした横顔が見えた。そこにあるのは、明らかな好奇心。
 ターサはもう一度ラオンの方へちらりと眼をやると、耳打ちするようにソモルに囁いた。

「愛の逃避行って、本当?」
「はあーっ?」

 あまりにすっとんきょうな質問に、ソモルは呆れて大口を開けた。
 一体、どうしてそういう事になるのだ。

「無理矢理引き離されそうになって、駆け落ちしたんでしょ?」

 今この街に溢れているのは、デマと噂と誤解だらけだ。こうやってゴシップは作られていくのか。ソモルは身をもってその事を知った。
 頭を抱えるソモルの横で、ターサがわくわくとソモルの返答を待っている。
 悪戯な仲間たちの事だ。根拠こんきょのない面白おかしな噂を立てて楽しんでいたのだろう。

「なーに根も葉もない噂立ててんだよっ! んなわけねえだろ」
「なーんだあ、違うのぉ」

 あからさまにがっかりした声で、ターサがぼやく。

「俺だってなあ、いきなり姫君さらいにされて、一番びっくりしてんだよ!」
「とかなんとか云ってないでさあ、今からでも狙っちゃえば? 結構可愛い姫様だしさあ」

 ソモルの腕を引っ張り、再びターサが耳打ちする。

「ばーか!」

 ソモルはターサの額を、軽くゲンコツで小突いた。

「それよりよ、俺たちこれから宇宙ステーションに行かなきゃなんねえんだ」
「ステーションに? なんで? やっぱ、愛の……」
 
 再びソモルのゲンコツが飛ぶ。

「いってーっ! 今度は本気でやりやんの」

 ターサは眉毛をへの字にして頭を押さえた。


「僕たちは、幻の遊星ミシャを探しに行くんだ」

 凛と響いた声に、ターサは反射的に振り向いた。声の先には、真っ直ぐにターサを見据えたラオンの姿。

「へ? 遊星、ミシャ……ですか?」

 堂々と、そして気高さすら感じるラオンのオーラに、ターサが気後きおく気味ぎみたずねる。
 ラオンがうなづく。ターサは、少し考えるように黙り込んだ。

「知ってんのか?」

 ソモルが詰め寄る。

「うん……。確か、じいちゃんにそんな名前の星の話を聞いた事があるような……」
「本当!?」

 みゃくを感じたラオンも、ずいっとめ寄った。
 至近距離で真っ直ぐに見詰めるラオンの顔に、ターサの頬がぼんやり赤くなっている。

「あ……はい、なんでも、星が星をさえぎる時に現れるとか……」

 視線をあさっての方向へ彷徨わせながら、ターサが答えた。

「星が星を遮る?」

 ラオンとソモルは、顔を見合せた。なんの事か、さっぱり判らない。

「他に、なにか知らない?」
「うーん、それしか聞いてません」

 赤い顔を指で掻きながら、ターサが云う。

「そうか……」

 ラオンが腕を組んで考える。意味は判らなくとも、とりあえずひとつ手がかりがつかめた。思わぬところに収穫である。

「ありがとう。それと、何処かに抜け道はないかな?」
「抜け道なら……」

 ターサはとっとっと壁際の戸棚とだなの前まで行くと、両手でそれを横に押した。重そうな戸棚は、意外と簡単に動いた。ローラーがついているようだ。

「ここです」

 ターサはたった今まで戸棚があった所の床を指差した。床の上には、扉のようなものがある。ターサは少し重そうに、ゆっくり扉を押し上げた。

 ギイイイ

 ラオンとソモルは、中を覗き込んだ。そこは、真っ暗な空洞だった。なにも見えないが、何処かへ続いているのだろうか。

「すげえな、お前のじいちゃん家」

 ソモルが、はあーっと感心した。

「じいちゃんの死んだ父さんの云いつけで、隠し通路を作ったんだって。昔火事にあって逃げ遅れて、髪の毛全部焦がしちゃったらしいんだ」

 きっとその後、生えてこなかったのだろう。そうでなければ、こんな手の込んだ事……。

「何処まで続いてるんだ?」
「橋の下さ。うまくすれば、そこから見つからずに行ける」

 街と街の境に、小さな河がある。きっとそこに通じているのだろう。そこからステーションまでなら、それ程離れていない。
 ソモルは、だいたいの見当をつけた。
 その時だった。

 コンコン
 扉をノックする音がした。きっと誰かが、二人の行方を嗅ぎつけたのだろう。

「さっ、早く」

 ターサが二人を地下道へ誘導ゆうどうした。明かりを灯したランプをソモルに手渡す。

「ありがとう。元気でね、ターサ」

 地下道を降りながら、ラオンがにこりと微笑む。

「姫様もお気をつけて。後は、うまくやっておきます」

 ターサが頬を染めたままウインクした。

「じゃあな。帰ったら、この借りは返すぜ」
「だったら、姫様に俺の事、よーく紹介しといてよ」

 ターサの冗談とも本気ともつかない言葉に、ソモルは笑いながら手を振った。
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