ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

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15 番人

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 深夜の街を行き、ホワイティアが入ったその酒場は、客の姿のない陰気で小さな店だった。ゆっくりと話をするには都合が良い。
 マスターは、ホワイティアが現れたのにも眼もくれず、黙々とグラスを拭いている。
 ホワイティアは、真ん中のテーブル席に座った。ラオンとソモルも、それに続いて腰を降ろす。

「何から話したらいいのかしら」

 マスターにウイスキーを頼んだ後、ホワイティアが問いかけた。

「遊星ミシャは、星が星を遮る時に現れると聞きました。どういう意味なのですか」

 何も注文しなかったラオンとソモルの前には、水の入ったグラスが置かれた。

「星が星を遮る……」

 ホワイティアは、ロックのウイスキーを一口、口に含んだ。グラスに氷の触れる音が鳴る。

「宇宙には、たくさんの恒星がある。その周りには、無数の惑星、衛星が公転を繰り返している。そして度々、恒星と惑星の間に衛星がはさまれ直線に並ぶという現象が起こる……」
「日蝕……ですか」

 ラオンの問いに、ホワイティアがうなずく。
 この宇宙全体の規模で考えれば、日蝕という現象は常に多発していると云って等しい。であるなら、遊星ミシャはあっちこっちに現れては消えてという現象を日常的に繰り返している事になる。そんな話は聞いた事もないし、もはやそれでは伝説でも幻でもない。何か他にも、ミシャが現れる条件がある筈だった。

「けれどただの日蝕だけでは、ミシャが姿を現す事はない。そこには、ある一定の磁場が関わってくる」
「磁場……」

 口元へグラスを近づけようとしていた手を止め、ラオンが呟く。

「宇宙の黒い悪魔ブラックホールと、白い天使はホワイトホール。それを繋ぐといわれるワームホール。そこから溢れ放たれる磁気と、それを取り巻く物質。その作用により、空間が歪む。その周辺で重力を持つ星が並ぶ事で、本来そこにある筈のない星が現れる。その瞬間だけは、宇宙の秩序が破られる」

 ラオンとソモルは、ただ黙ったままホワイティアが語るのを聞いていた。

「それが、遊星ミシャが現れる条件」

 ウイスキーの氷が溶ける音がした。

「……あなたは、そのミシャに辿り着いたのですね」

 沈黙を破り、ラオンが問いかけた。
 ホワイティアは答えずに、静かな眼差しでラオンを見ている。

「僕と同じようにクピトを求めて、あなたはそこに辿り着いた。けれどあなたは、クピトを手にする事はなかった。その理由を教えて下さい」

 獲物と定めた物は、必ず手に入れる。それが、ホワイティアが宇宙一の盗賊と呼ばれる所以。そのホワイティアですら、手にする事のできなかった宝石、クピト。
 ホワイティアは、初めて眼を深く閉じた。そして、長く言葉を発しなかった。

 今ホワイティアは、まぶたの奥に何を見ているのだろう。
 ラオンとソモルは、ただじっとホワイティアが語り出すのを待っていた。
 ホワイティアは、ウイスキーのグラスを口元に近づけた。ゆっくりと、氷で薄まった琥珀色のウイスキーを飲み干していく。
 空になったグラスを音を立てずにテーブルに置くと、ホワイティアは語った。

「あの星には、宝石の番人が居た」
「宝石の、番人……」

「そう、確かにあれは、獣魔と云っていい不気味な生き物だった。獣魔は人の言葉を使い、直に魂に語りかけてきた。そして、私に問いかけてきた。その問いに、私は答える事ができなかった」

 ホワイティアは、もう一度深くまぶたを閉じた。
 それが、ラオンへの答えだった。
 獣魔の問いに答える事ができなければ、クピトを得る事はできない。それが、ホワイティアが宝石を手にする事ができなかった理由。

 ラオンとソモルは、黙り込んだ。
 ホワイティアが答える事のできなかった問いかけ。それが一体どのようなものだったのか、ラオンは何故か訊いてはならない気がした、

「それでも、あなたは行くの?」

 ホワイティアは鷹のような眼を真っ直ぐに向け、ラオンに問いかけた。
 ラオンはその眼を見詰め返し、黙したままうなずいた。
 それを確かめると、ホワイティアはすっと立ち上がった。

「私に教えられる事は、これだけ。後は、あなたたち次第ね」

 ホワイティアの口元が、微笑んだように見えた。ラオンたちに背を向け、ホワイティアは酒場の扉に向かって歩いていく。
 二人も立ち上がり、後に続いた。
 ホワイティアは振り向かずに扉を出ると、そのまま星々に照らされた夜の街を歩いていった。ホワイティアの背中が、揺れながら遠ざかっていく。
 ラオンは、ホワイティアに礼を云うのを忘れていた事に気づいた。

「ありがとう、ホワイティア……」

 囁いた声は、女盗賊の耳に届く事なく、夜のとばりに溶けた。ホワイティアの姿は濃厚な闇に紛れ、呑まれるように消えていった。

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