ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

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23 救いの神

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「な、なんだっ!」

 突然の事態に、ゲームのフィナーレに熱狂していたマフィアたちがどよめき立った。

「ボス! 前方から得体の知れない宇宙船が一機攻めてきます!」

 レーダーが感知した宇宙船の距離と位置が、立体画面に現れる。
 ダークレッドの宇宙船が一機。しかも大きさは、マフィアの宇宙船の半分にも満たない。

「ふふ、バカめ。どうやら先方は死に急ぎたいらしい」

 マフィアのボスは嘲るように含み笑いをすると、体温の感じられない眼で部下に指示を出した。
 わけもない。一撃で始末する。
 部下のマフィアたちが持ち場へと散る。
 固まったまま視線を宙に彷徨わせていたソモルは、ようやく現状を呑み込んだ。ゲームから、解放されたのだ。

「へっへへ……これで、ゲームはお流れだ……」

 ソモルは両腕をだらりと垂れ下げると、椅子の背もたれにがくりと倒れかかった。
 マフィアたちは、すでに別のゲームに熱を移していた。リアルなシューティングゲーム。獲物は、前方宇宙空間。誰がそれを撃ち落とすかで揉めている。
 命を奪うのが、楽しくて仕方ないのだ。そんな連中ばかりが集まっている。

 ラオンはマフィアたちの様子を慎重にうかがっていた。連中は皆、たった一機の無謀な敵に気を取られている。誰一人、ラオンとソモルに眼を向けている者は居ない。
 今を逃したら、もう機会はない。

「ソモル、今のうちに脱出するんだ!」

 ラオンが、すっかり気の抜けたソモルの手を引く。

「あ……ああ、そうだ」

 ソモルは気を持ち直すと、ラオンにならって身を屈めた。広間を抜け出し通路まで来ると、そのまま猛ダッシュで駆け出す。
 極限の緊張に身を置いていたせいか、ソモルは多少足をもたつかせながら、それでもラオンの少し先を走る。
 通路を曲がり、二人が閉じ込められていた牢獄のような小部屋の前を通りかかる。
 そうだ、この奥の部屋にはさらわれてきた女の人たちが居る。けれど、あの小型宇宙船は二人乗りだ。それをオーバーして発射しても、宇宙空間で身動きがとれなくなる。
 ソモルは、立ち止まろうとしたラオンの手を引き、走り続けた。

「とりあえず、俺たちだけでも逃げるんだ。その後、宇宙ポリスに知らせればいい」

 ラオンは何も応えず、ソモルの後ろを走っていた。息づかいだけがソモルの耳に届く。

 カンカンカンカン

 鉄の通路に足音が響く。マフィアたちが追ってくる気配はない。
 一瞬、船体が大きく揺らぎ、二人は足を取られてよろめいた。爆音のようなものが聞こえる。さっきのダークレッドの宇宙船が撃ち落とされたのだろうか。それにしても、その爆撃程度でこの巨大な宇宙船が衝撃を受ける筈がない。
 とにかく、今は脱出しなければ。二人の丸い小型宇宙船は、もう数メートル先に見えている。
 小型宇宙船の機体に手をかけ乗り込んだ瞬間、二人はようやく本当に逃げられるんだという安堵感に満たされた。
 緩やかな熱と共に、機体が起動していく。ラオンはレバーを引き、加速モード全開にした。障害物を感知し、マフィアの宇宙船の黒い天井が開いていく。

 発射。
 小型宇宙船は、太陽系銀河へと飛び出した。

「やったっ! 助かったんだ、俺たち!」

 ソモルが嬉しさに大声を上げた。
 青い海王星が闇に揺らいでいる。ここは、太陽系の果て。

 突然、衝撃波に二人の宇宙船が激しく揺れた。

「な、なんだ!」

 マフィア船に攻撃されたのかと思い、ラオンはレーダーを確認した。機体には損傷の形跡はない。再び、機体が揺れる。

「ラオン、あれ!」

 ソモルが指差す方向に、光の帯が走った。
 黒く巨大なマフィアの宇宙船が、隕石の衝突を受けた星のように放射線状の光を放っていた。攻撃しているのは、あのダークレッドの宇宙船だった。
 一瞬で片がつく。そう高をくくっていたたった一機の宇宙船に、マフィアたちの方が押されている。

「すっげえ……」

 その勇姿に、ソモルが感嘆の声を洩らす。
 ダークレッドの宇宙船は俊敏にマフィアの船の弾道を交わしながら、正確に相手の船体に攻撃していく。その飛行技術の優雅さは、息を呑む程だった。
 わずかな攻撃で、敵の急所を撃つ。短時間で、確実に相手を落とす。どれ程巨大な相手でも、絶対に仕留める。マフィア船は、すでに逃げ腰だった。
 乗っているのはただ者ではない。
 ダークレッドの宇宙船が、マフィア船から距離を取る。赤い船体が、弧を描いてラオンとソモルの宇宙船に近づいてくる。
 
 二人は身構えた。まだ見方であると確信したわけではない。
 二人の小型宇宙船に外部からの通信が入った。ラオンが青く点滅する画面を操作し、回線を開く。

『ラオン、聞こえますか』

 落ち着いた、女の声。間違いない。

「ホワイティア!」

 猛禽類のように気高く美しい眼差しのその人の姿が、ラオンの脳裏によみがえる。

「助けに来てくれたんですね、ホワイティア!」

 女盗賊ホワイティア。ダークレッドの宇宙船の操縦者。この人ならば、あの神業攻撃も納得できた。

『あなたたちに伝えたい事があって来たら、悪い虫がたかっていたのでね』

 わずかに和らいだホワイティアの声が、空間に響く。ラオンは、はっと思い出して身を乗り出した。

「ホワイティアさん、お願いがあります。あのマフィア船に囚われている女の人たちを助けて下さい」

 自分たちは危機を脱したが、あの中にはまだ恐怖におののいている人たちが残されている。

『判ったわ。いいでしょう』

 ホワイティアは、ラオンの頼みを聞き入れた。ラオンの口元に笑みが浮かぶ。
 人工衛星の光が通り過ぎた。

『ラオン、あなたたちに、遊星ミシャについて伝えたい事があるの』
「遊星ミシャの……」

 ラオンの肩が、ぴくりと反応する。

『この太陽系を呑み込む天の川銀河には、巨大なブラックホールが存在する。それと比例するホワイトホールも。その双方の磁場のバランスが保たれた位置に、燃え盛る若い恒星がある。その直線上に、もうすぐふたつの星が重なり、並ぼうとしているの』
「星が、重なる」

 ホワイティアから送られてきた、大まかな位置を示した宇宙地図が画面に現れた。
 操縦桿に置かれたラオンの手に力が入る。
 タイタンでホワイティアが語った話。空間の歪み。遊星ミシャの現れる条件を、満たそうとしている。
 宇宙の秩序が、今再び破られる。
 ラオンの眼に、強い光が満ちた。とうとう、その星へ行ける。

「ありがとう、ホワイティアさん」

 ラオンは、あのタイタンの夜伝えられなかった言葉を口にした。そして、力を込めて加速レバーを引いた。
 目標、天の川銀河。この太陽系を包む、無数の星の集まり。

「私が手に入れられなかったものを、あなたが手にするのよ、ラオン……」

 ダークレッドの宇宙船の中で、光の筋を描き彼方へ消えていく丸い宇宙船を見送りながら、ホワイティアは囁いた。

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