ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

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22 ロシアンルーレット

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「順番はカードで決める。数字の大きい方から引き金を引くんだ」

 テーブルにシャッフルしたトランプがばらまかれた。
 ラオンはなんの躊躇もなくカードを一枚拾い上げる。ソモルも、云われるがままにカードを選んだ。指先の汗がカードに張りつく。

 ラオンがハートの2、ソモルがスペードの4だった。

 やっぱり。
 ソモルの脳裏に、絶望的な予感がよぎった。ラオンはルーレットやカードゲームには恐ろしい程の強運を見せるのだ。
 自分が負けるに決まっている。

 マフィアが、一発だけ実弾の込められた銃をソモルに渡す。
 手が震えていた。指が、うまく動かせない。
 この引き金を引く事以外、今のソモルに許された選択肢はない。それを拒んだとしても、結局はこの場でマフィアに撃たれる。

 ソモルは自らの手で、こめかみに銃口を当てた。全身に、どくどくと波打つ心臓の音が響いた。

 カチッ

 弾は出なかった。
 全身の筋肉から、一気に力が抜けていく。酷く、口の中が渇いていた。
 ラオンは、だらりと落ちたソモルの手から銃を取り上げた。日常の動作のようにさりげなくこめかみに銃を当てがうと、そのまま引き金を引いた。

 カチッ

 やはり、弾は出なかった。

「ブラボー! 二回戦突入だ」

 マフィアたちが、渦中の二人に皮肉な拍手を送った。

 また、カードを引くのか。
 緊張に、ソモルの視界がぼんやり揺らいだ。

 カードを引き、そして引き金を引く。その動作が延々と繰り返されるのだろう。
 ラオンとソモルの、どちらかが実弾に当たるまで。

 ラオンがクラブの3、ソモルがスペードの5だった。また、ソモルが先。
 やっぱりそうなんだ。自分に勝ち目はない!
 実弾が二発込められた。一度目よりも弾の出る確率の高くなった銃口を、汗に濡れたこめかみに押し当てる。
 全てが、悪い夢ならいいのに。ソモルはそう願いながら、重い引き金を引いた。

 カチッ

 二度目も、弾は出なかった。
 続くラオンも、難なく二回戦をクリアした。マフィアたちが、冷やかすように口笛を吹く。

「お前ら、最高だぜ! さあ、三回戦だ」

 実弾は三発。だが二人は難なくそれもクリアした。
 そしてとうとう、実弾は六弾中四発になった。
 だがラオンの強運もさる事ながら、ソモルの悪運もなかなかのもので、二人は無事クリアした。
 
 やっぱり、これは夢なんだ。そうでなければ、こんなにうまくいく筈がない。
 そうだ、夢だ!

 ギリギリの精神状態と極限の緊張の最中で、ソモルは自分を騙すしか逃げ道はなかった。
 これが間違いなく現実であると判っていても、そう思い込まずにいられなかった。それが、これから死ぬかもしれない自分への、せめてもの救いと慰めなのだ。

 最後のゲームが始まった。
 六弾中、実弾五発。
 圧倒的に、頭をぶち抜く可能性が高い。
 これで、ゲームは終わる。イコール、五分後には、どちらかが死んでいる。
 カードの数で、ほぼ勝敗は決まる。この実弾の数で、確実に先行は不利だ。
 ソモルの喉元の筋肉が硬直し、痙攣した。

 最後のカードをめくる。
 ラオンがスペードの7、ソモルがダイヤの3だった。
 ラオンが、先行。

 ソモルは、はっとして顔を上げた。
 そんな……。
 自分が助かるという事は、ラオンが死ぬという事。そんな当たり前な事に、ソモルはたった今気づいた。
 ラオンは表情を動かす事もなく、銃を手に取った。銃口を、白いこめかみへ持っていく。

「ラ……ラオンッ……」

 ソモルは思わず声を洩らした。渇いて張りついていた舌が、異物のように感じられた。
 ラオンは動きを止めてソモルを見た。何も知らない大きな瞳が、動揺しきったソモルを映す。

「……ラオン、やめろ」

 ソモルが、掠れた喉から絞り出す。
 ラオンが負ければ、自分は生き残れる。けれど……。
 止めずにはいられなかった。
 ラオンが、死ぬ。
 しかもこんなふざけた死に方、絶対に許せなかった。
 ラオンは、きょとんとしてソモルを見ていた。やがてその口元は、緩やかな笑みを描いた。

「大丈夫だよ、ソモル」

 心地好いラオンの声が、ソモルの鼓膜にそっと触れた。
 ぽっかりと口を開いたソモルの正面で、ラオンは引き金を引いた。
 見ていられなかった。

 カチッ

 硬く眼を伏せたソモルの耳に、気の抜けた音が聞こえた。
 弾は、出なかった。

 まぶたを上げたソモルの正面には、五秒前と同じラオンの姿があった。
 ソモルの頬が紅潮し、緩んだ。ラオンが生きていてくれた事に安堵し、すっかり力が抜けていた。

「……良かった、ラオン……」

 にっこり微笑んだラオンは、ソモルにすっと銃を差し出した。

「はい、ソモルの番だよ」

 ラオンの口から発せられた言葉は、血も涙もないものだった。
 ソモルの全身から、一気に血の気が引いていく。
 ようやく迎えたゲームの終幕に、マフィアたちから喝采が飛ぶ。ソモルだけを置き去りに、最高に盛り上がっていく。

「あっ……ああ……」

 目の前には、天使のように純粋で愛らしいラオンの微笑み。何も知らないだけに、惨い。

「素晴らしいぜ! こんな感動的なゲームは初めてだ。さあ坊主、最高のラストシーンを見せてくれ」

 滑るように黒光りする銃。

「うあああああ……!」

 バッドエンド。これで、もうおしまいだ。
 俺の人生は、こんな最低のゲームで幕を降ろすのか。質の悪い冗談だ。
 ソモルの脳裏に、苦労ばかりの十三年の人生がよぎっては消えていく。ああ、人間は死を目前にした時、本当に記憶が走馬灯のようによみがえるんだな。

 涙がにじんできた。
 帰りたかったなあ、生まれ故郷のルニア。
 ああ、こんな事なら、欲を出さずおとなしく働いていれば良かった。
 ソモルは拳をぐっと握り、奥歯を噛み締めた。

 けれど、やっぱり、やっぱり……。
 死にたく、ないっ!!

 ソモルが、強く、強くそう願った、その時だった。

 ウォォォォォォォーン

 警戒態勢を報せる、警告音が響き渡った。


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