ヒメゴト―秘め事もしくは、姫事?―

遠堂瑠璃

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24.舐めときゃ、治る

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 これって、死ぬかもしれない。
 落下しながら、そう気づいた。

 あの高さから落ちて、無事で済むわけがない。
 俺は落ちる直前に見た、谷間の深さを思い出した。

 渓谷の真下に流れる河。
 あの中にうまい事落ちれば、なんとかなるかもしれない。

 うまく、落ちれば……。


 俺はラオンの頭を庇って、腕でがっしりと抱え込み、胸に押し付ける。

 俺が、衝撃を全部受け止めれば……。


 ……俺は、無事じゃ済まねえかもしれない。

 けど、ラオンは。
 ラオンだけはっ……!


 こんなふざけた事で、ラオン死なせてたまるかよっ‼
 何がなんでも、ラオンは俺が守るって決めたんだよっ‼



 俺の全身を、ドンッ! と衝撃が襲った。



 瞬間、俺の意識は飛んだ。




          ♡




 ドロリ……重い。

 泥みたいに重い。



 これ、俺の意識か……?


 痺れるように、また意識が沈み込む。
 泥に引きずられ、さらわれるみたいに。



 落ちかけた意識が、不意に引き止められた。



 声。


 俺を呼ぶ、声。



 俺の意識にまとわりついていた泥が、水のようにクリアになっていく。

 その水に包まれて、俺の意識は空気の粒みたいにゆらり浮上した。





「ソモルッ!」



 眼を開くと、すぐ近くにラオンの顔があった。

 すげえ、近い。

 これ、いつもの夢じゃない、よな……?



 ラオン……。

 やっぱ、可愛い……。


 ……痛てえ。

 なんか、あっちこっち、ちくちくズキズキ痛てえ……。




「良かったぁ~! ソモル、死んじゃったかと思ったぁ~!」


 そう云ったラオンの眼から、ポロポロと大粒の涙が零れた。



 ラオン、何で泣いてんだ……?

 また、甘いもんでも食ったのか……?


 それにしても、体中痛てえ……。



 ぼんやりとしてる。
 とりとめのない思考だけが、現れてはもやの果てに呑まれていくように。


 泣きじゃくるラオン。

 意識の覚醒と共に増してくる体の痛みに、俺は次第に直前の出来事を思い出していく。


 そうだ、俺たち、谷の上から落ちたんだっけ。
 どうりで、あっちこっち痛てえわけだ。


 ……てか、助かったんだな。



「ラオン、どこも、痛くねえか……?」


 ちょっと声が出にくい。
 腹に力が入らねえからかな。


「なんともないよ、ソモルが守ってくれたから」


 ほんのすぐ間近で、ラオンが囁くような声で云った。
 真っ赤な頬っぺたに、涙の粒を乗っけたままで。


 そっか、良かった。

 俺、ラオンの事、きちんと守ってやれたんだな……。


 俺が笑うと、ラオンはまた、ポロポロと涙を零した。



「……ラオン、もう大丈夫だから、泣くな」


 楽しい思い出残してやる筈だったのに、すっかり恐い思いばっかさせちまった。

 俺はズキズキする腕を持ち上げて、ラオンの頭を優しく撫でた。
 柔らかな髪の手触りに、なんだか俺の方が癒されていく。



「……だって、ソモルが死んじゃったらどうしようって、思ったから……」


 ラオンは自分の言葉が引き金になったみたいに、更に大粒の涙を零した。



 ……ラオン、俺の為に、泣いてくれてんのか。

 なんだ、俺、すげえ今幸せ。

 もうそんだけで、無事生きてて良かったって、心の底から感謝してる。


 泣きじゃくるラオンを見詰めているうちに、堪らなくきゅっといとおしくなった。
 俺は撫でていたラオンの頭を、そのまま自分の胸に抱き寄せた。
 ラオンの零した涙の冷たさと、その温かい体温を同時に感じる。

 仰向けに横たわった視界のてっぺんに、夕暮れの空が見えた。



「ソモル、ありがとう」


 胸元にかかる吐息と共に紡がれた言葉は、トロッコの脱線の音に掻き消されたのと、多分同じ台詞。
 あの時ラオンが、俺に云ってくれた言葉。
 騒音に邪魔されて、俺の耳には届かなかったラオンの言葉。

 あの時聞き取れなかったけど、そんな気がした。


 今やっと、俺はその言葉を受け取った。



          ♡




 俺たち二人は、川沿いの大きな樹の上に落下したらしい。
 その樹の枝に撥ね飛ばされ更に低い樹の上に落ち、また撥ね飛ばされて別の樹に落ちる。
 そうやってクッション代わりになってくれた枝が衝撃を和らげ、ここに転がってきたらしい。

 すげえ、運がいい。
 ラオンが招いてくれた強運としか思えない。

 俺だけだったら、多分……死んでた。

 その時に枝で切ったらしい傷があっちこっちチクチク痛むけど、命奪われなかったんだから、それくらい何でもない。


 本当はこうしてラオンを胸に抱いたまま、もっとずっとくっついてたいけど、事態はそれどこじゃなかったりするから頃合いのいいとこでラオンを離し、俺は上体を起こす。

 ズキズキするけど、骨は折れてないみたいだ。
 良かった。

 頭も打ってない。思考も多分正常。


 改めて自分の腕に眼を落としてみると、結構な数の引っ掻き傷がついていた。
 そりゃあ、痛いわけだ。
 滲んだ血が、ようやく乾き始めた生傷状態。


「ソモル、傷、痛いよね。ごめんね」

 ラオンが、俺の体のあっちこっちについた傷を見ながら、シュンと呟く。


「傷なんか慣れっこだって! こんなの、舐めときゃ治るし」


 俺はわざとおどけて、腕の傷をぺろっと舐めた。
 まだ新しい傷が、ちくっと痛む。

 ラオンが傷を負わなくて良かった。
 ラオンの綺麗な肌に、傷なんて絶対似合わない。

 俺のこの無数の傷は、むしろラオンを守ってできた男の勲章なんだ!


 ……なんてな。


 そんな馬鹿な事を考えてヘラヘラしてた俺は、突然耳たぶに感じた生温い刺激に神経を震い起こされた。


 えっ……?


 頬と頬が触れる程に、ラオンの顔が真横にあった。
 草の上に上体を起こした俺のすぐ傍に、ラオンは膝をついて体を寄せていた。


 耳たぶに、風が当たる。
 チリ、チリ、と細かい痛み。

 寄り添っていたラオンが、ほんの少し離れて俺の顔を覗き込む。


「耳、怪我してた。傷、すぐ治るといいね」


 涙の後の、まだ少し潤んだ眼。
 ちょっと赤い顔で、ラオンが微笑む。

 俺は、そっと自分の耳たぶに触れてみた。
 傷の感触と、舐められた跡。



 ……マジ、で…………?



 俺の意識は、別のどっかに飛びそうになった。
 とどまれ、俺の意識っ!


 ……てか、ラオンの奴、大胆すぎるっ! 年頃のヤローに、そんな事しちゃ駄目だって! うっかりすると、理性とか飛んじまうぞっ!

 いや、大胆とかそういうんじゃなくて、純粋だからできる事なのか、逆に……。

 純粋、こええ……。
 どんだけ、ヤロー殺しなんだ……。

 やっべぇ……。

 今の俺を、あんまり可愛い顔して見詰めないでくれ、ラオン。
 俺は今、俺の中で俺と戦ってるんだ。
 察してくれ、ラオン。

 ……無理だろうけど。


 これは、身を犠牲にしてラオンを守りきったそのご褒美として、しっかり受け取ろう。
 うん!

 俺、生きてて良かった、本当に!




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