永遠の先にあるもの 〜聖剣と闇の炎を手に入れたら、僕を微塵も残さず消してくれ

熊野ふみ

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第二章 聖剣

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 大工の親方は、右足を骨折していた。弟子たちに手伝ってもらいながら親方の手当てをし、ショックで泣いているロニを落ち着かせてからシュウはその場を後にした。

 歩くシュウの横にはトウがピタリと寄り添っている。曇り空の中、歩く道は所々がぬかるんでいた。今は雨の季節。次から次へとやって来る雨雲に終わりが見える頃、空にはココラル(翼を持った犬)の大群がやって来る。そしてそれと同時に春が訪れる。

「そろそろ君の家族がまたこの国にやって来る季節だね、トウ」

 トウは、クゥンクゥンと鼻を鳴らしながら空を見上げた。

「君が来てから、もう十年にもなるね」

 ココラルは春を告げる神として古くから崇められている神聖な動物だ。だから人間は決してココラルを捕らえてはならないとされている。

 しかし、十年前、怪我をして弱って動けなくなったトウを、シュウが見つけて家に連れて帰った。罰が当たるかもしれないと弱気な家来には構うことなくシュウは付きっきりで看病し、トウの命を救ったのだった。

 トウは元気を取り戻しても、群れに帰ろうとしなかった。シュウのそばから片時も離れなかった。そうしているうちにココラルの群れは次の土地へと飛び去っていった。

 一年ごとに春がくるたびに、ココラルの群れはやって来たが、トウは仲間の元には帰らずシュウのそばにいた。シュウが困っているときには助け、悲しんでいるときには寄り添った。 

 ココラルが春を告げる神として崇められているのは、ちょうど春の季節にやって来るからだけではない。ココラルには、命の始まりと終わりを感じる不思議な能力がある。ココラルが頭上でくるりと回りながら飛べば、それは新しい命が誕生したことを告げ、激しく吠えたならば、それは命が消えようとしていることを告げているのである。

 命の始まりと終わり、それを告げるココラルは、どの国でも神聖な生き物として歓迎され、時に怖れられてもいるのである。

 診療所への帰り道、背の丈ほどの草が生い茂っている草むらの横を通っていた時だった。

 突然、トウが草むらに向かって激しく吠え出した。見ると、その奥の方でガサガサと葉が揺れている。

「誰かいるのか」

というシュウの呼び掛けに応える声は返ってこない。何かの動物が隠れているのだろうかとも思ったが、そんなことでトウが吠えるとは思えない。ココラルが吠えるのは、命が関係しているときだけなのだ。

「誰かいるのか」

と、シュウはもう一度呼び掛けながら草を手で掻き分けて奥へと入って行った。トウも唸りながらシュウの横にピタリとついて歩いている。長い草は行く手を阻み、中に潜むものの姿を隠し続けていた。と、唸っていたトウが立ち止まって、また吠え始めた。シュウは腕を目一杯伸ばすと、目の前の草を押し開いた。

「あっ……」

 そこには、村では見かけない服装をした男がうつ伏せで倒れていた。動物の毛皮でできた暖かそうな上着は、足首まで覆うほど長く、その背中には鞘が紐で身体に縛り付けてあった。その鞘には、八本の足と毒針を持つ、人の手のひらほどの大きさのモサビという名の虫を表した紋が描かれている。

 この紋は確か、クスラ国の軍隊のもの……シュウが幼かった頃、城に招かれた諸国の王の中に、この紋を刺繍した外套を身に付けている兵士を見た覚えがあった。

 男の手に剣はなく、他に武器を持っているような様子もなかった。シュウは男に近づくと、その横に片ひざをついて男の肩に手をあてた。

「どうなされた?」

 男の上着は太ももの辺りが破れており、その裂け目から見えるズボンには血がべっとりと染み込んでいる。

「ユアン様にお伝えしなければ……」

 男は絞り出すようにそう言うと、うっすらと目をあけた。

「足を怪我されたのか?」

と、シュウは男の顔をもう一度覗き込んだが、おや……と、何か妙な感覚があって、もう一度よく男の顔を見つめた。そして、あっと口を開けた。

「あなたは、カイン殿ではありませんか」

 その男はフオグ国軍の兵士であり、シュウが家を出る前、よく剣術の指導をしてくれたカインに間違いなかった。

 シュウはすぐにカインを抱き抱えた。

「おぉ……おぉ……シュウ様」

と、カインは震える手をシュウの顔に近づけた。

「一体、どうなされたのですか」

「毒矢にやられたのです。クスラ国の毒矢に」

「モサビの毒……」

 クスラ国が毒矢に使っているのは、軍の紋章にもなっているモサビの猛毒だ。体内に入った毒は徐々に身体中の筋肉を麻痺させ、最後には命を奪う。しかしモサビは数が少なく捕獲するのも難しいため、その毒は大変貴重で、国王だけが所持しているといううわさだった。

「もう最期が近い。ココラルも私に向かって吠えている」

 カインの声はかすれ、息は荒かった。

「なぜクスラ国の兵士の姿になったあなたがクスラ国の矢に?しかも毒矢とは…?」

「シュウ様……影が……影が迫っております」

「影?」

「そうです。影の住人が取りついたのです、ナバルに。クスラ国王ナバルはこの世すべてを己のものに……時間がない、シュウ様、聖剣を……聖剣を……」

と、シュウの胸元をつかもうとしたカインの手は力を失い、だらりと下に落ちた。

「カイン殿」

 シュウの呼び掛けに答える声は帰ってこなかった。トウの遠吠えが静けさのなかに響き渡った。カインはシュウの腕の中で息を引き取っていた。



「シュウ様の剣さばきは美しい」

 七年前のある日、カインはそう言って、額の汗を袖で拭った。二人はもう何時間も剣術の稽古をしていた。 

「そして、恐ろしいほどに殺気がない」

「カイン殿に殺気を剥き出しにしてどうするんです?」

と、シュウは笑った。

「 楽しいのです。カイン殿と剣術の稽古をするのが。殺気など出てくる訳がないではないですか」

「一度、私に本気で向かってきていただけませんか」

と、カインは再び木刀をシュウに向かって構えた。

「いつも本気ですよ」

「いえ、そうではなく、例えば私があなたの愛する人を殺した敵だとして、その敵を倒すつもりで向かってきていただけませんか」

「やめてくださいよ、僕が争い事が嫌いなことは知っているでしょう?僕には無理です。僕の中に殺気なんてものはないんですよ」

「そう言われると思っていました」

と、カインは笑いながら木刀を下ろした。

「しかし、あなたの中に、もしそんな感情が湧き起こったならば、一体あなたはどこまで強くなるのだろうかと思うと恐ろしい」

 

  シュウは、自分の腕の中で動かなくなったカインの身体をそっと地面に下ろすと、ゆっくりと近づいてきたトウを抱き締めた。

 こんなに突然で、理解できない別れになるなど想像もしていなかった。目を閉じれば、あの日のカインの笑顔が浮かぶ。

 カインはフオグ国軍の中でも一二を争う剣豪だった。忠誠心が強く、常に国や国王のために動く人だった。冷静な判断力、的確な行動力、どれをとっても右に出る者はいなかった。

「何故……何があった?」

 シュウは握りしめたこぶしを自分の額にドンドンと打ちつけた。涙があふれて止まらなかった。
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