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第二章 聖剣
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「母上」
と、トシはサラを呼び止めた。トシが診療所から家に戻ると、明後日のベネガの準備のためにサラが部屋から部屋へと忙しそうに動き回っていた。
「母上、何か手伝いましょうか?」
「ありがとう、トシ。動いていないと何だか落ち着かないのよ。何か忘れていることはないか不安で、確認ばかりしてしまうわ」
「母上に限って、何かを忘れてしまうなんてことはありませんよ。父上は、しばしばお忘れになりますが」
「本当に」
と、サラは朗らかに笑った。
「あの人は、本当に昔からぼんやりしてるの。外では国を守った英雄かもしれないけれど、家では全く、子供たちよりも子供なんだから。昨日だって、寝巻きの上からズボンを重ねて履いて、全く気づかないでいるのよ。信じられる?」
「何か別のことを考えておられたのでしょう。父上は不器用な人ですから、何か心に引っかかることがおありになるのかもしれませんよ」
「何かしら、ベネガのことかしら」
「今年は特別ですからね」
「そうだわ、あなたの式服なんだけど、これがぴったりだと思うの」
と、サラは椅子にかけていた服をとった。落ち着いた濃緑色の生地に銀糸で細かな模様の刺繍が施された美しい式服だ。
「これは父上が以前、お召しになられていたものではありませんか。そんな立派なもの僕には…ハクトに着てもらってください」
「ハクトは、若い頃のユアンよりも腕や太ももが太いから入らないのよ。あなたなら、ぴったり入るわ」
「ハクトが無理なら、本来ならシュウが着るべきものです」
「もう、あなたはまたそういうことを言う」
と、サラは式服を左腕に掛け、両手の掌でトシの頬をぎゅっと挟んだ。
「これは、あなたに着て欲しい。わかった?」
頬をぎゅっとされたまま、トシは小刻みに頷いた。サラはにこりと笑って式服をトシに渡した。
「今年こそはベネガに来るようにと、シュウに言っておきます」
「さっきは、シュウに会いに行っていたの?」
「はい。ずいぶん頼もしくなっていましたよ」
「そう……評判は耳にするのよ。リンビル先生が鍛えてくださったおかげね」
と、サラはお菓子の入った小さなかわいい袋の数を数え始めた。ベネガでは子ども達にお菓子を配る習慣があるのだ。
「会いたくないのですか?」
サラは袋を数えていた手を止めて、素早く振り返った。
「会いたいに決まっているでしょう?もう、七年になるのよ。こんなに近くにいるのに、まるで遠い国にでも旅立ってしまったみたい」
「シュウが来ないのであれば、母上が会いに行かれたらよいのでは?」
「シュウも私も頑固なの。あの子がまだ会わないつもりなら、私も会わないつもり。我慢くらべ。良くないわね」
と、サラがため息をついた。
「もう少し素直になれたら、楽なのにね」
「それは、シュウのことですか?母上のことですか?」
「シュウのことよ。あの子が帰ってこないのは、素直になれないから。悩み事を一人で抱え込んでいるから。何年も何年も……全部吐き出してしまえばいいのに。気を遣って、誰も傷つけたくなくてそれができない」
「母上は、シュウが帰ってこない理由をご存知なんですか?」
「いいえ、知らないわ。でも、わかる。小さい頃からそうだった。この家を出て行った日のことを覚えてる?医者になりたいと言っていたのは本心だと思うけれど、あの時の顔は何かを隠している顔だった」
「隠すって、何を?」
「それは、わからない。でも、この家を出る決心につながる事だから。簡単なことではないのでしょうね」
「母上に隠し事はできませんね」
「そうよ。あなたも隠していることを白状してしまいなさい」
「えっ?」
と、戸惑ったトシを見て、サラはウフフと笑った。
「冗談よ。私にだって、隠し事はあるもの」
「母上にですか?」
「そうよ。すっごい秘密」
と、サラは眉間に皺を寄せてみせてからにこりと笑った。
サラは、この家の太陽のような人だとトシは思っている。明るく光っていて、暖かい。いつも優しく見守ってくれている。自分はサラにどれだけ恩を返せたのだろうか。リンビルの言葉が耳の奥で聞こえてくる……見えているうちにやりたいことも、まだまだたくさんあるだろう……
「そろそろ、行商はやめようと思っています」
思ってもいなかったことが口から出て、しまったという感情が顔に出そうになるのをトシは必死に抑えた。サラの表情がより一層ぱっと明るく輝いたのがわかったからだ。
「本当に?嬉しいわ。実はね、あなたに話そうと思っていたことがあって」
いえまだ、決定したわけではないのですと、トシは慌てて言おうとしたが、ちょうどそこへ城からの使者がサラを呼びに来て、言うことができなかった。
また後でゆっくり話しましょうね、とサラが出ていった部屋でひとり、トシはため息をついた。
と、トシはサラを呼び止めた。トシが診療所から家に戻ると、明後日のベネガの準備のためにサラが部屋から部屋へと忙しそうに動き回っていた。
「母上、何か手伝いましょうか?」
「ありがとう、トシ。動いていないと何だか落ち着かないのよ。何か忘れていることはないか不安で、確認ばかりしてしまうわ」
「母上に限って、何かを忘れてしまうなんてことはありませんよ。父上は、しばしばお忘れになりますが」
「本当に」
と、サラは朗らかに笑った。
「あの人は、本当に昔からぼんやりしてるの。外では国を守った英雄かもしれないけれど、家では全く、子供たちよりも子供なんだから。昨日だって、寝巻きの上からズボンを重ねて履いて、全く気づかないでいるのよ。信じられる?」
「何か別のことを考えておられたのでしょう。父上は不器用な人ですから、何か心に引っかかることがおありになるのかもしれませんよ」
「何かしら、ベネガのことかしら」
「今年は特別ですからね」
「そうだわ、あなたの式服なんだけど、これがぴったりだと思うの」
と、サラは椅子にかけていた服をとった。落ち着いた濃緑色の生地に銀糸で細かな模様の刺繍が施された美しい式服だ。
「これは父上が以前、お召しになられていたものではありませんか。そんな立派なもの僕には…ハクトに着てもらってください」
「ハクトは、若い頃のユアンよりも腕や太ももが太いから入らないのよ。あなたなら、ぴったり入るわ」
「ハクトが無理なら、本来ならシュウが着るべきものです」
「もう、あなたはまたそういうことを言う」
と、サラは式服を左腕に掛け、両手の掌でトシの頬をぎゅっと挟んだ。
「これは、あなたに着て欲しい。わかった?」
頬をぎゅっとされたまま、トシは小刻みに頷いた。サラはにこりと笑って式服をトシに渡した。
「今年こそはベネガに来るようにと、シュウに言っておきます」
「さっきは、シュウに会いに行っていたの?」
「はい。ずいぶん頼もしくなっていましたよ」
「そう……評判は耳にするのよ。リンビル先生が鍛えてくださったおかげね」
と、サラはお菓子の入った小さなかわいい袋の数を数え始めた。ベネガでは子ども達にお菓子を配る習慣があるのだ。
「会いたくないのですか?」
サラは袋を数えていた手を止めて、素早く振り返った。
「会いたいに決まっているでしょう?もう、七年になるのよ。こんなに近くにいるのに、まるで遠い国にでも旅立ってしまったみたい」
「シュウが来ないのであれば、母上が会いに行かれたらよいのでは?」
「シュウも私も頑固なの。あの子がまだ会わないつもりなら、私も会わないつもり。我慢くらべ。良くないわね」
と、サラがため息をついた。
「もう少し素直になれたら、楽なのにね」
「それは、シュウのことですか?母上のことですか?」
「シュウのことよ。あの子が帰ってこないのは、素直になれないから。悩み事を一人で抱え込んでいるから。何年も何年も……全部吐き出してしまえばいいのに。気を遣って、誰も傷つけたくなくてそれができない」
「母上は、シュウが帰ってこない理由をご存知なんですか?」
「いいえ、知らないわ。でも、わかる。小さい頃からそうだった。この家を出て行った日のことを覚えてる?医者になりたいと言っていたのは本心だと思うけれど、あの時の顔は何かを隠している顔だった」
「隠すって、何を?」
「それは、わからない。でも、この家を出る決心につながる事だから。簡単なことではないのでしょうね」
「母上に隠し事はできませんね」
「そうよ。あなたも隠していることを白状してしまいなさい」
「えっ?」
と、戸惑ったトシを見て、サラはウフフと笑った。
「冗談よ。私にだって、隠し事はあるもの」
「母上にですか?」
「そうよ。すっごい秘密」
と、サラは眉間に皺を寄せてみせてからにこりと笑った。
サラは、この家の太陽のような人だとトシは思っている。明るく光っていて、暖かい。いつも優しく見守ってくれている。自分はサラにどれだけ恩を返せたのだろうか。リンビルの言葉が耳の奥で聞こえてくる……見えているうちにやりたいことも、まだまだたくさんあるだろう……
「そろそろ、行商はやめようと思っています」
思ってもいなかったことが口から出て、しまったという感情が顔に出そうになるのをトシは必死に抑えた。サラの表情がより一層ぱっと明るく輝いたのがわかったからだ。
「本当に?嬉しいわ。実はね、あなたに話そうと思っていたことがあって」
いえまだ、決定したわけではないのですと、トシは慌てて言おうとしたが、ちょうどそこへ城からの使者がサラを呼びに来て、言うことができなかった。
また後でゆっくり話しましょうね、とサラが出ていった部屋でひとり、トシはため息をついた。
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