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人魚姫
しおりを挟む「ワタシにはキミが必要だ」
ほとんど殺し文句に近い言葉を、真理は言った。
それは宗助が心の底から望んでいた言葉だった。何よりも欲しいものだった。
彼女と共に行動すれば、何かが変わるかもしれない。
父親に認められたいだけの、ちっぽけな子供から、抜け出せるかもしれない。
『下らんやつだ』
脳裏に響く、遠い過去の父の言葉。
――こんな、何にもなっていない、なりそこないの今から抜け出せば、父も自分のことを見てくれるかもしれない。
しかし、けれど。
ぶら下げられた言葉に、宗助が食いつくことは無かった。
かわりにじっと真理を見つめ、彼女の次の言葉を待っていた。
宗助は、だからといって、そうすぐに真理の要求に乗れるほど、お人よしでもなかった。
「なぜ僕の力が必要なんだ……?」
ふふ、と真理は小さく笑い、そして語り始めた。
「――キミはここに辿り着いた。この家の事は学校だけが知っている。けれども、それもあくまで電子データの中に、それがあるというだけだ。教職員たちはワタシの家のことなど、とっくの昔に忘れている……というか忘れさせた」
真理が宗助を見つめ、そして続けた。
「ワタシは別世界の生命体だ。普通にキミたちの中に紛れ込めば、遅くないうちにボロが出る。だからキミたちがワタシを覚えられず、そして正しく認識できないようになる。そういうバリアを張っていたんだ」
「バリア……?」
目に見えるものじゃない、と真理が付け足す。
そしてそのまま話を続ける。
「ともかくそれのおかげで、ワタシはキミたちの中に入ることが出来た。しかし、例外があった」
すっと、真理の眼が細くなる。射貫かれたような気分だった。
「『アノマリー』と呼ばれる人々がいる。キミたちの言葉でいう所の『超能力者』というやつだ。そしてアノマリーには、ワタシのバリアは効かない」
そこで真理は言葉を止めて、改めて宗助をじっと見つめる。
「教職員たちは、ワタシの住所を覚えていない。つまり、ワタシのもとに辿りつくには何らかのアノマリーでないと不可能なはずだ……。山未宗助、キミは一体どういう能力を持ってるんだ……? ワタシが貸してほしいのは、その力なんだ」
辺りに静寂が訪れる。
すべてを見透かしたような真理の瞳が宗助を捉える。
他の真理たちは宗助がどういう能力を持っているのかと、固唾をのんで見守っている。
「――はぁ?」
それに対する宗助の返答は、あまりにも頓狂なそれだった。
小首をかしげながら、なんなら真理を少しばかり馬鹿にしたような風に宗助は吐き捨てていた。
真理の眉がぴくりと動く。
「……安心しなよ。ワタシはキミの味方だ。ただ、あの夢女を操っている連中は、キミのようなアノマリーを探している。アノマリーは、ワタシたちの世界とリンクしている人間に発現する。夢女の連中はそうしたアノマリーを集めて、その能力の研究をしているんだ。そこではキミも実験材料に過ぎない。……キミの身柄の安全と引き換えに、キミの能力をワタシに預けてほしい。ワタシの家や、次の居場所を当てたことから、キミの能力は、おそらく追跡に役立つものと踏んでいるんだが……どうだろうか」
「はぁ~~~?」
「――いや、だから……」
「僕はアノマリーなんかじゃない」
は? と真理が目を丸くして宗助を見つめる。
「空値が言うような能力もない。ここを突き止めたのは、単純に学校のパソコンにハッキングを仕掛けて、中のデータを勝手に見たからだよ」
「はっきんぐ? ハッキングって言うと、えーと、あの、パソコンをカタカタしてやってる……」
「そう。僕は多少だけれどそうしたハッキングのスキルがあって、それで空値の事を調べたんだ。もちろん、これは空値が言うような特殊な能力じゃあない。誰でも習得しようと思えば習得できる、普通の技術だ」
「で、でも、あの夢女の居場所を特定したのは……? あれもハッキングだっていうのかい……?」
「――それは違う。単に僕は風許が居そうな場所に向かっただけ。あの時間なら、塾の授業が終わって帰る頃合いだったから。だから、帰り道にアタリを付けた。ただそれだけさ」
会話が止まった。
真理の顔が、さぁっと青くなる。
感情の抜けた顔で、じっと宗助を見つめる。
「えっと、さ」
どうにか真理が口を開く。
「さっきの話、全部忘れてくれない、かな?」
「できるかそんなもん」
◆◆◆
先ほどの話の後。
テーブルの上で、文字通り頭を抱えている真理がいた。
他の真理たちも苦笑いを浮かべるか、どうすべきか考えあぐねるような表情をしている。
「恥ずかしい……」
「ちょっとドヤ顔だったからな」
「うるさいな……! だ、だけど! それはそれとして、キミの能力は、欲しい!」
びしぃっと指をこちらに指して、真理が言う。
「結局、キミはワタシが求める能力を持っているんだ」
「――黒幕を止めないと、今日の風許みたいな事が起こり続けるのか」
脳裏をちらつくのは、高架下で倒れている風許の姿。
「あぁ……。夢女はやっつけたけど、連中は第二第三の怪物を用意するだろう」
もっとも、当面はワタシたちがターゲットだとは思うけどね、と真理が付け足す。
「僕が協力すれば、犠牲者は減るかな」
「減るよ。それは確実だ」
――違う。
真理にした質問を思い返し、苦笑する。
そんな理由で協力するわけではないのだ。
自分のためだ。
彼女と協力して、この事件を解決して、解決したという結果が欲しいのだ。
そうすれば、ぐらぐらの自分が固まるような気がするのだ。
何もない山未宗助から、別の何かになれる気がしているのだ。
「もう一度言う。ワタシには、キミが、必要だ」
――あとそれから、これは純粋に、誰かに必要とされて嬉しかったからだろうか。
全てに気づいて、宗助は小さく笑って、それから「わかったよ」と答えた。
◆◆◆
「……ヒトの家に招かれるのは初めてだ」
真理は何をするでもなく、ただ周囲を見渡し、何やら息を吸い込んでいるようだった。
そこは宗助の家だった。
あの後、宗助は真理を自宅へと招いていた。
というより、それを彼女が望んだのである。
ハッキングの設備があるのは自分の家だと説明すると、すぐさま移動を提案された。
彼女としてはすぐにでも、行動を開始したいらしかった。
一人では広すぎる家の中をきょろきょろと真理が見渡す。
思えば、自分以外の誰かがこの家に居るのは、かなり久しぶりの事だった。
母が死んで一人になって。父は家に帰らず、ただ自分一人だけがこの家にいた。
誰かを迎え入れるのは一体いつ振りか。
「キミたちに溶け込むために、ドラマやアニメを見て、マンガや小説を読みふけった。けど映像や文章じゃ、空気の味は分からなかった」
「ふぅん。で、何味だったの?」
「なーんにも」
困ったように笑う真理。
「お茶でも出すよ。――ちゃんとしたやつを」
真理にテーブルの椅子を指し示し、宗助はキッチンに入る。
冷蔵庫のジュースを取り出しながら、先ほどまでいた真理の家でも出来事を思い返す。
自分の家に移動することが決まった瞬間、ほかの真理四人が突如液体になり、自分と対面していた一人に吸い込まれた。次いで家具類が同じように、液体になって吸い込まれた。その最中、自分に出されたコップとジュースも同じように、液体になって吸い込まれたのを宗助は見逃さなかった。
聞けば、それらは全て真理の体で作られたものだと言う。
では、あのコップの中身は、とそこまで考えて、宗助はそれを止めることにした。
テーブルを挟んで向かい合う。
構図は先ほどの真理の家と変わらなかった。
「そういえば、キミはここに一人でいるの?」
「あぁ」
「家族は?」
「父親だけ。でも、ほとんど会社から帰ってこない」
「ふぅむ」
ガラスコップの中に入ったアイスティーをチロチロと真理が飲む。
「母親は?」
「僕が小さい時に死んだ」
「じゃあ、この家に、ずっと一人……?」
「――そうさ」
「そっか……」
静けさが二人を包んだ。途切れてしまった会話をどうしようかと、宗助が考えあぐねていると、真理が口を開いた。
「じゃあ、今日ここに泊まってもいいよね?」
「――へ?」
真理の突然の質問に、宗助はそのように返すしかなかった。
「いやいや、さすがに、その……」
女子を泊めるのはちょっと、と言いかけて口をつぐむ。
そもそも、真理は『女子』という分類に入れて良いものなのだろうか。彼女自身も言っていたが、彼女は宇宙人なのだ。
「――まぁ、いいか……」
脳内会議の結果、宇宙人なので問題ないという結論に至り、ため息交じりに宗助は、しぶしぶ真理の宿泊を認めることにしたのだった。
「おぉ! やったー! パジャマだ、パジャマパーティだ!」
と、一人盛り上がる真理をしり目に、宗助は席を立つ。
「どうしたんだい?」
「準備だよ。ハッキングするにも、段取りとかいろいろあるんだ。そっちは、その辺で本でも読んで待ってて」
「了解した!」
う~ん、と真理の視線がリビングの中を駆け巡る。
やがて、テレビの前のテーブルの上で、その視線は止まる。
「あれは……?」
テーブルの上に置かれた一冊の本を手に取って、真理は聞いた。
「……人魚姫だよ。風許が、文化祭の出し物に使うかも、って言ってたから、ちょっと読んでみたんだ」
「へぇ~。そういえば、これは読んでなかったな……」
「……まぁ、いい本ではあるよ、それは」
「ふむふむ」と、そこで真理も席から立ち、その本を手に取った。そのままソファに座って、読書を始めようとする。
「それにしてもすごいね、こんな時代から人外ものが受けてたなんて……」
「人魚姫をそんな風に言うやつ初めて見たよ」
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