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エピローグ
一
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ママのスナックがある商店街から少し離れたところを拓海は歩いていた。
梅雨なかのジメジメとする道を進むと看板建築が少しと欧風文化が色濃く映る白い小さな診療所がある。拓海は診療所の傍に男の人影あるのに気づき、その姿を確認すると足を止めた。
どうして、あいつがここにいるんだよ。
男は拓海の存在に気づいて振り返った。曇天の空の隙間から光が差し込む。彼の白磁の肌を照らし、その顔がよく見えた。
「久しぶりです、拓海さん」
「……秀也」
呟いた名前に秀也が銀フレームの眼鏡の奥で切れ長の目を細めた。
会いたくなかった。会えるわけがなかった。俺はお前を……。
拓海は乾いた土の上を擦るように後退りをしたが、腕を引かれてその場から離れることができなくなった。
小さな掠れる声が聞こえた。
「貴方と話がしたくて」
「はな、し?」
「僕が……拓海さんを傷つけた事です」
秀也の顔が痛々しく拓海はつい、顔に触れたくなった。その手は頭に南の顔が浮かんだことによって思いとどまった。
「それは、もう……終わった事だろ! ここまでする必要があるか?」
声がだんだんと大きくなる。
また、職場の近くで大ごとにして、先生たちに迷惑をかけてしまう。どうにか声を抑えて、冷静に……。
以前と違って田舎のこの場所は、田畑に囲まれているおかげで人のとおりは少ない。この診療所にくる人は近辺のご老人で、畑仕事中にけがをしてお茶を飲みに来るくらいだった。夕方から雨が降る予報のせいか今は人ひとりいない。
そろそろ雨が降りそうだ。
鼻先をとおる湿り気の土の匂いにふと空を見上げた。灰色の層の重い雲が地面に近づいている。
「ちゃんと貴方に謝りたいのです」
秀也の声に拓海は彼に目を向ける。
謝りたい、か。真面目というか、律儀というか。俺はこいつを前にすべてを投げ出してきたというのに。
出来ることなら会いたくない。過去のことを掘り下げられたくない。
あの時、俺が秀也にしてやれなかったこと。――俺は秀也を信じて、待っていなかった。
「……喫茶店での別れで、俺は吹っ切れたんだ。勝手かも知れないが、俺はもう」
頼む。もう帰ってくれ。俺がおまえから逃げたことを思い出させないでくれ!
「拓海さん、俺が日本にいなかった間、ツラい思いをさせてしまいました。俺があなたを守ると言ったのにあなたの名前を呼ぶことさえ出来なかった……」
お前は何も悪くない。俺が負けたんだ。あの状況から俺は逃げ出したんだ。
「拓海さん、あれから一年の時間が過ぎました。ですが、貴方のことを思うならまだ会うべきではなかった」
「会いに行けばまたあの日々を思い出してしまう。僕がまた平穏を壊してしまう。何度もそう考えました。けれど、拓海さんから僕たちの恋を終わらせてくれないと、意志を尊重してあげられない」
「拓海さんを僕の番にしたい、この衝動を抑えられない」
「……秀、や?」
突如変わった秀也の雰囲気に身体が固まり、掴まれていた腕に身体が引きずられた。秀也の腕の中に閉じ込められた拓海は身体をこわばらせ、腹の奥が疼き始めていることに気付いた。甘い匂いが辺りに広がり拓海の防衛本能は警鐘を鳴らした。
「い、やだ! 離せ――」
拓海の声は秀也の胸に塞がれた。
「拓海さん……本当に僕が好きでした?」
「う、ぅう」
「僕は拓海さんを愛していました」
「ぅ、……」
秀也の身体を自分から離すように押すが、一向に身体が離れない。
服から秀也の匂いが……。駄目だ、このままじゃ――
「――おい! 拓海!」
背後から肩を引かれ、自分を呼ぶ声に拓海は涙を流した。
「み、南せん、っぱい!」
梅雨なかのジメジメとする道を進むと看板建築が少しと欧風文化が色濃く映る白い小さな診療所がある。拓海は診療所の傍に男の人影あるのに気づき、その姿を確認すると足を止めた。
どうして、あいつがここにいるんだよ。
男は拓海の存在に気づいて振り返った。曇天の空の隙間から光が差し込む。彼の白磁の肌を照らし、その顔がよく見えた。
「久しぶりです、拓海さん」
「……秀也」
呟いた名前に秀也が銀フレームの眼鏡の奥で切れ長の目を細めた。
会いたくなかった。会えるわけがなかった。俺はお前を……。
拓海は乾いた土の上を擦るように後退りをしたが、腕を引かれてその場から離れることができなくなった。
小さな掠れる声が聞こえた。
「貴方と話がしたくて」
「はな、し?」
「僕が……拓海さんを傷つけた事です」
秀也の顔が痛々しく拓海はつい、顔に触れたくなった。その手は頭に南の顔が浮かんだことによって思いとどまった。
「それは、もう……終わった事だろ! ここまでする必要があるか?」
声がだんだんと大きくなる。
また、職場の近くで大ごとにして、先生たちに迷惑をかけてしまう。どうにか声を抑えて、冷静に……。
以前と違って田舎のこの場所は、田畑に囲まれているおかげで人のとおりは少ない。この診療所にくる人は近辺のご老人で、畑仕事中にけがをしてお茶を飲みに来るくらいだった。夕方から雨が降る予報のせいか今は人ひとりいない。
そろそろ雨が降りそうだ。
鼻先をとおる湿り気の土の匂いにふと空を見上げた。灰色の層の重い雲が地面に近づいている。
「ちゃんと貴方に謝りたいのです」
秀也の声に拓海は彼に目を向ける。
謝りたい、か。真面目というか、律儀というか。俺はこいつを前にすべてを投げ出してきたというのに。
出来ることなら会いたくない。過去のことを掘り下げられたくない。
あの時、俺が秀也にしてやれなかったこと。――俺は秀也を信じて、待っていなかった。
「……喫茶店での別れで、俺は吹っ切れたんだ。勝手かも知れないが、俺はもう」
頼む。もう帰ってくれ。俺がおまえから逃げたことを思い出させないでくれ!
「拓海さん、俺が日本にいなかった間、ツラい思いをさせてしまいました。俺があなたを守ると言ったのにあなたの名前を呼ぶことさえ出来なかった……」
お前は何も悪くない。俺が負けたんだ。あの状況から俺は逃げ出したんだ。
「拓海さん、あれから一年の時間が過ぎました。ですが、貴方のことを思うならまだ会うべきではなかった」
「会いに行けばまたあの日々を思い出してしまう。僕がまた平穏を壊してしまう。何度もそう考えました。けれど、拓海さんから僕たちの恋を終わらせてくれないと、意志を尊重してあげられない」
「拓海さんを僕の番にしたい、この衝動を抑えられない」
「……秀、や?」
突如変わった秀也の雰囲気に身体が固まり、掴まれていた腕に身体が引きずられた。秀也の腕の中に閉じ込められた拓海は身体をこわばらせ、腹の奥が疼き始めていることに気付いた。甘い匂いが辺りに広がり拓海の防衛本能は警鐘を鳴らした。
「い、やだ! 離せ――」
拓海の声は秀也の胸に塞がれた。
「拓海さん……本当に僕が好きでした?」
「う、ぅう」
「僕は拓海さんを愛していました」
「ぅ、……」
秀也の身体を自分から離すように押すが、一向に身体が離れない。
服から秀也の匂いが……。駄目だ、このままじゃ――
「――おい! 拓海!」
背後から肩を引かれ、自分を呼ぶ声に拓海は涙を流した。
「み、南せん、っぱい!」
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