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第39話−再会した半妖陰陽師

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よく見慣れた陰陽寮の白い狩衣を身に付け立烏帽子を被り、泰然とした雰囲気を醸し出し座る姿は恐ろしい程、美しい。

彼をその名で呼んだことに、なぜ己の名を知っているのかと、驚いた表情を浮かべたように見えたが、気のせいのようにも感じるほどの小さな表情の変化だった。

よく見ると、その姿は攻略対象の安倍善晴に近い容姿をしている。

まだ、陰陽助の安倍ような男らしさは薄く、白狐に似た女性にも見える中性的な見た目だ。

善晴はこちらを優しく微笑みながら、持っていた白い扇を足元に置き、前屈みに近づいてきて、俺の額に触れた。

あ、手が大きい、と彼の成長を改めて感じた。

「どうして、兄様は、今の私の名を知っているのだろうな」

「あ~」

しくったな。やっぱり、気になるよな。

『恋歌物語』でお前を知っていて、ついでに攻略した事なんかも伝えたら、頭のおかしい人に思われかねないよな。

あ、でも白狐は俺の前世の姿を知ってるんだっけ? あいつは何百年と生きる白狐だからな。

まあ、良いかと言って、起き上がり離れた。

「兄様が戻って来られて、安心した」

「戻って?」

「ああ、兄様が吸い込まれた二つの呪は深い夢路に連れ込むものであった」

夢路、たしかに懐かしい人たちの夢だった。

五濁と同じ場所にあった顔の傷、黒い長紐で目を隠す三毒。

今なら確実に分かる、二人の霊魂の気配。

まさか、恐れていた満成の記憶をあの二人が開けてくれたとはな。

「そうか、お前が看病してくれたのか?」

「……まあ、だが、内に薬呪が残っているから、体を動かさないで」

「あ、ああ」

高階邸で撒かれていた薬呪か。恐らく、毒の中には……

「人の意識を混濁させるモノと、それに後から混ざった潜在意識の開放か」

「はい、すでに毒は頭、四体の気血を巡り、私と母上、……白狐の力でも未だ抜けきれていない」

「そうか」

「命に関わるモノではなかったにしろ、このような呪を兄様に放つとは」

そう言った善晴の方から、ただならぬ妖の気配を感じた。

白狐の妖力もしっかり受け継いでいるようで……ハハ、恐ろしい男に育ったな。

「いや助かった」

善晴は悲しそうな、でも反対に嬉しそうな様子を顔に表さず、俺に向けた眼差しにそれを含ませている。

ハッ! そういえば、静春と良香は!? 

「善晴、ッ!?」

立ち上がろうと上半身に力を入れると、思い通りに体を動かせない。

どういうことだ!? 

唯一動く頭を動かして自分の体を見るが、布団を被せられていて何も分からず、善晴の方を見ると、妖しく薄い唇で弧を描いている。

怒気を含んだ低い声が頭上から落とされる。

「兄様が眠っておられたのは、半年だ」

「なんだ、と」

善晴は布団を雑に捲りあげる。

これはッ!

体の自由がきかないと思ったら、自分の肢体はそれぞれ符で抑えつけられていた。

なぜ、こんなことを!?

「ああ、動かさないで、ではなく動かせないだったな」

「よ、善晴ッ! どういうつもりだ」

何が可笑しいのか、ふざけた態度の善晴を睨み上げる。

「そんなに凄むな、兄様にはしばらくここで療養してもらうだけだ」

「は?」

「満成様~!」

「満成さま~!」

その声とともに善晴の後ろから、双葉火玉が人形で飛び出てきた。

「あかね、あかり、……どうした、その姿は?」

自分の呪力を二つの式に流している余裕などないほど、自分の気脈が乱れているのに、人間の青年のような姿に変わった双葉火玉が涙を流している現状に頭が混乱した。

「この童が僕達に妖力を流してくれているんです!」

「はい、式神となってからは満成様の呪力を得て、私達は式神としての力を持ちますが、今はこの半妖が私達に妖力を流しているせいで、元々の火玉の精としての力が増幅し、この姿になっているのです」

「流しているせい、とは酷いことを言ってくれる」

善晴は煽るように双葉火玉を冷めた目で見ている。

その様子にあかりは冷静さを保てずにいるようで、頭に血を登らせて、さらに強気で善晴に突っかかる。

「満成様が目覚めれば、お前なんか!」

「だが、目覚めるまで世話をしたいと言ってきたのはお前らだろう?」

「そうだよ、あかね、この童が力をくれていなきゃ、僕達は何も出来なかっただろ?」

「あかり! お前は、満成様に犯したこの童の行いを許せるのか!?」

「はあ?? おい、善晴、俺に何をした?」

俺は、目の前の男が幼少期に抱いていた想いを思い出し、まさかと疑いの眼を向ける。

「未遂だ、気にするな兄様」

善晴は気にした様子も見せず、さらに悪びれる様子もない態度を見せる。

何が、未遂だ! はあ、あかねとあかりがいて助かった。

「あかね、あかり、少し落ち着け」

「……はい」

双葉火玉はシュンと落ち込んでしまった。

双葉は悪くないのに、叱ったみたいになってしまった。

俺は双葉の頭を撫でてやりたかったが、それは抑えつけられている符のせいで叶わず、出来るだけ気持ちが伝わるよう笑みを浮かべて礼を言う。

「お前たちが世話をしてくれたんだな、ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです!」

「だとしても、ありがとうな」

「はい!」

双葉の元気な声を聞いて、彼らが俺を心配してくれていたのが伝わってきた。

申し訳ない気持ちになりながら、双葉を式札に戻そうとしたが、今の彼らには善晴の妖力が流れている。

善晴の妖力を断ってもらわないと、毒によって弱った俺の力じゃ双葉を式札に戻すことは出来ないだろう。

「悪いなあかね、あかり、少しこいつと二人で話がしたい、なあ善晴、双葉への妖力を断つことはできるか?」

そう善晴の方を向いて頼むと、なぜか不機嫌な様子になっている。

な、なんだよ、なんでそんな怖い顔をするだ?

俺の頼みに対して反発するように善晴は淡々と冷たい声で答えた。

「……いや、兄様の呪力はまだ正常ではない、このまま私が流して置けば彼らも人形を保てる」

「式札に戻したいだけなんだが」

「だが、式札に戻したとしても彼らの意識はそのままだ、ならこのままにしておいても、かわらないのでは?」

「そうだが」

嫌なんだよ。意識がないときは別に気にしないが、俺は今猛烈に恥を感じている。

俺を慕ってくれている双葉に、主人が体を拘束されている姿なんか見せたくないんだ……。

善晴、この符から見て同じ陰陽道を扱っていることは分かる。

それなら、式神を使役する側のお前なら、俺のこの気持ちを汲み取ってくれよ。

ついに俺の気持ちが伝わったのか、善晴は白い扇を口元で広げて、少し考える素振りをしてから、双葉に言った。

「ふむ、お前ら母上の手伝いをしてくれないか?」

「満成様が目覚められたのに、なんで私達が」

「まだ、兄様の内を巡っている毒は抜けきれてない、母上が解毒用の薬を作ってくれている、それでも、手伝いに行かないのか?」

「満成さまあ」

あかねが不安そうに俺の方を見てくる。

「悪いが、俺のために手伝いに行ってくれないか?」

「……解りました」

「あかね!」

あかねは善晴を睨みながらそう言って、あかりを連れて部屋から出ていった。

不安にさせ、部屋から追い出してしまった、あかねを怒らせてしまっただろうか?

「……ふう」

「善晴? 何か言ったか?」

「いえ、何も」

そう言って、静かに扇を閉じた。

溜息でもしただけか?

それよりも、静春と良佳は無事なのか?

「あの時、俺と一緒にいた二人はどうした?」

「ああ、あの二人……」

善晴はつまらなそうに呟く。その声は、どこか苛ついているように聞こえた。

なんで、そこでキレるんだ。

「心配せずとも、倒れたのは兄様だけで、は根城に帰り、もうひとりは静春に預けた」

あの鬼か、流石に会ったら気づ、……え、ちょ、ま、え? 

「忠栄兄様と、呼ばないのか?」

そう、『恋歌物語』では、善晴は忠栄のことを兄様と呼ぶ、それは二人が陰陽寮で学ぶだけではなく、二人の父親の下で修行をした兄弟弟子だったからだ。

だから、俺が忠栄のことを兄様と呼んでいたとしても、二人は俺より先に出会ってすでに兄様呼びしているかと思ったんだが。

それに、幼少の頃に善晴が俺のことを兄様と呼んだのは、ちゃんと意味を知らずに呼んでいただけだと思っていたんだが。

俺の『恋歌物語』腐観察が……、まさか自分のせいでそれがなくなるとは。

「なぜ? ……私の兄様はあなた、ただ一人だけだ」

「そ、そうか」

自分の行動で腐活に支障を出してしまったことを悔やんでいる心には、善晴のその言葉は響かなかった。

はあ、それを、忠栄に言ってほしかったんだよ……。


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