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ラウンドミッドナイト
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昭和な匂いが漂う下町の商店街から、少し外れた裏通りは夕方にもなると人影がまばらになる。
そんな場所で商売が成り立つのかと疑うが、寂しい路地を赤ちょうちんと磨りガラスからの灯りが照らす、一軒のくたびれた小さな呑み屋があった。
マーケティングだとかディスプレイといった、いまどきの商売用語とは無縁な、世の中の流れにあまりな無関心さがさらけ出ている店の佇まいは、骨董品的な存在感でさえある。
一枚板のようにも見えるが合板の看板には、おそらくプロの仕事ではない筆文字で『美登里』と書かれてあった。
『美登里』は、もう初老という言葉がぴったりな、碧が女手ひとつで切り盛りしている店だった。くの字型のカウンターに十席だけの小さな店内の酒棚には、庶民価格の国産ウイスキーや焼酎のボトルが並んでいる。
無造作にカウンター内に置かれた一升瓶は、とくにこだわりがあるわけでなく、コストパフォーマンスを最優先にした日本酒だ。
ベニヤ板で張りめぐらされた壁に、ビニールシートの背もたれがついた椅子といった備品が、いかにもな酒場の雰囲気を醸し出している。
装飾的なものといえば棚に並ぶボトルの間に置かれた、小さな額に入っているセピア色の女性シンガーの写真くらいだった。
いつものように常連客の寛(かん)ちゃんは、仕事帰りのコップ酒三杯でカウンターに突っ伏している。
近所の運送会社で倉庫番をしているが、喜寿に手が届く老体には仕事がきついのだろう。その疲れを癒すように毎晩『美登里』に作業服姿のままで立ち寄っては、決まって安い日本酒をコップで三杯飲む。
もうすぐ冬になろうとするこの時期だと、店の売りであるおでんを肴に、ぬる燗を閉店時間までちびりちびりと呑んでは、碧と世間話を楽しんでいるうちに眠ってしまう。
その夜は他に客がいなかったので、碧もつられてカウンター内でうつらうつらと舟を漕いでいた。
しばらく居眠りしていた碧は、ガラガラと店の引き戸を開ける音に目を覚ました。入ってきたのはプロをめざしてロックバンドをしているケンとジギー、タロウの3人組だった。
「いらっしゃい」
「うぃーっす」
三人は防寒が十分でない服装で、肩をすぼめながら入ってきた。
碧はほつれ毛を直しながら注文を聞くと、ラジオのスイッチを入れてFM局にチューニングした。
「いつもの」
「バンドの仕事は見つかったかい?」
「このごろは景気悪くてバンドを入れる店もないからね」
碧が錫のチロリンに酒を入れて、おでん種が泳ぐ鍋の端にひっかけながら毎度の質問をすると、リーダー格のケンがワンパターンの答えを返す。
コポコポと酒が温まる音と、粗末なスピーカーから流れるバラードの曲が絶妙に絡み合った。
三人は無言で目の前に置かれた燗酒をグビグビと喉を鳴らして飲みこむ。
しばらくしてケンが割り箸をスティック代わりに空いたコップを叩きだすと、毎回のように同じ芝居が始まった。
「なんだとぉ、あんなタイコがあるかよっ!」
「うるせぇバカヤロー、てめぇ何年ギターを弾いてんだぁ!」
「くっそぉ、リズム隊がしっかりしねぇから音が乱れんだろぅが」
碧はまたかという表情をしている。
「このヤロー、表に出ろ!」
ジギーとタロウがそう叫んで店を出たら、芝居は最後のオチになる。
「おい、おまえら、いいかげんにしろよ!ママさんホント、いつもゴメン、じゃあ」
ケンは碧にそう言うと、二人を追って外へ向かう。
「なにが、じゃあよ。いつもあーしてツケにしちゃうんだから」
碧は諦め半分のような苦笑いをした。店を出て行った三人は少し離れたところで、申し訳ないとばかりに手を合わせていた。
「この御恩はメジャーデビューした暁に何倍にして必ず!」
「あー、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」
「冬来たりなば春遠からじ……今に見てろよ、おっかさん」
そう言ってケンたちは、そそくさとその夜もいつものように去っていくのであった。
「寛ちゃん、寛ちゃん、店閉めちゃうよ」
片隅に置かれている、くまのプーさんがキャラクターになったオモチャみたいな時計は、もう午前二時を過ぎていることを示していた。
「ん、そりゃそうだよなぁ」
夢でも見ていたのか寛ちゃんは寝言のような返事をすると、おぼつかない足取りで帰っていく。
碧は店先の灯りを落として暖簾をしまい、店のかたづけを済ませると二階の住居にしている部屋へと階段を上った。
蛍光灯をつけると八畳ほどの部屋にある、わずかな家具と小型の古いテレビ、敷きっぱなしのフトンの上に置いた電気コタツが、独り身の侘しさを浮き彫りにしている。
碧は大きくタメ息をついて足元を見ると、小さな鏡に深い皺が数え切れないくらいに刻まれた自分の顔が映っていた。
彼女はセーターを脱ぎ、シャツのボタンを外す。そして、おもむろにブラジャーを取ると、掌で自分の乳房の形と張りを確かめた。
〈おばあちゃんだわね……〉
年が明けたら碧は60歳になる。横顔には往年の美貌ぶりをうかがわせるものも確かにあったが、目の当たりにする現実は残酷なほどに時間の経過を彼女の胸に突き刺した。
「くしゅんっ」
肌を撫でる冷気に誘われ、くしゃみをひとつした碧は慌ててパジャマに着替える。それからコタツにスイッチを入れると、中にもぐりこんで蒲団をかぶった。
「寛ちゃんが千二百円、坊やたちが三千二百円、寛ちゃんが千二百円、坊やたちが三千二百円、寛ちゃんが……」
碧はツケの勘定を呪文のように唱えているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
初冬の澄んだ空は青一色で広がっている。
オフィス街の一角にある、大手レーベルのビル前でジギーとタロウは身を寄せ合って膝を抱えていた。
昼の清々しい光は、二人のみすぼらしい姿を余すところなく照らす。夏はまだしも、冬の服装というのは着ている人間の経済状況を如実に物語ってしまう。
道を行き交うビジネスマンや0Lたちの視線にさらされて、最初は気恥ずかしかったジギーとタロウだが、三十分も経つと寒さをしのぐことだけで頭がいっぱいだった。
「あれ、あいつらどこに行ったんだぁ?」
三人の中で昼間のまともな生活者から一番離れていない格好のケンが、ビルの中から出て来てキョロキョロとあたりを見渡した。
「おい、こっちこっち!」
ケンは自分に向かって手招きする二人に、手にした一万円札をヒラヒラさせながら近づいた。
「おぉっ、万札だぁ!」
喜色満面のジギーとタロウに、ケンは白けた顔で言葉を吐き捨てた。
「タクシー代だとさ」
がっくりと肩を落としたジギーとは対照的に、万札の意味を取り違えてタロウがはしゃぐ。
「すげぇ、タクシー代に万札かよぉ」
「バカ、これはさっさとお引き取りくださいって意味だよ」
ケンとジギーは呆れた顔で、まだ事情が飲みこめないタロウを見ていた。
三人組が音楽プロデューサーを相手にして敢えなく撃沈した夜、『美登里』はサラリーマンのグループたちで、いつになく賑わいでいた。
その他にも伸び放題の長髪と髭面で俳優志望の貧乏劇団員が二人、安酒をあおって店内で熱く演劇論をぶつけている。
「あのとき課長がね、課長が指示を早く出してたらさぁ……ね」
「オレんとこなんて奥さんが子供を私立の幼稚園に入れちゃって」
いい具合に酔いが廻って咬み合うのか合わないのか、よくわからない会話をする客たちに碧は愛想笑いで適当に相槌を打っている。
とはいえ、しみったれてツケの額だけを増やす常連たちと違い、金はしっかり払ってくれる客たちだ。次々に注文される肴を手際よく作りながら、あっちへこっちへと微笑みを振りまいて碧は大車輪で動いていた。
しばらくしてサラリーマングループも引き上げ、やっとひと息というところで肩をすぼめた寛ちゃんが顔を出した。
「うぅっ、冷えこむねぇ。ママ、いつもので」
そう言って寛ちゃんが腰を降ろす場所を選んでいると、その後ろにケンたちが姿を見せて同じように時候の挨拶みたいなもんを勢いよく重ねた。
「きょうはやけに陽気じゃない仕事でも見つかったの?」
「それがさぁ、ブチギレるような話でさぁ。デモ持ってツテを頼って行ったレーベルのプロデューサーが……」
「ケンもほろろにってやつね」
碧はいつも代わり映えのしない話に、ため息をついて首を振った。
「なんだとぉ、もういっぺん言ってみろコノヤロー!」
「うるせーっ、表へ出ろって」
毎度のように三人組が芝居を始めたところで、今夜は真面目な顔で碧が割って入った。
「ちょっと、その前に。あんたたちも溜まってるんだよねぇ」
「えっと……いくらくらい?」
「四万五千二百円」
「えぇっ、たったそれだけ?!こんなに呑んでて四万五千二百円はありえねぇくらいに安いよなぁ、なっ?なっ?」
ケンはうろたえながらも、場を取り繕うように他の二人に同意を求めた。ジギーとタロウも声をそろえて安い安いと連呼する。
「まぁ、お金がないのは知ってるけど」
そこまで言うと碧は意を決したように切り出した。
「その代わりと言っちゃあ、なんだけどね」
「なんでしょう?」
「それがね……」
「変態プレイ以外なら身体で返すのでもいいけど」
ジギーの冗談が、次の言葉を喉に詰まらせていた碧の背中を叩いた。
「あたし、ライブで唄いたいんだけど、演奏をしてくれないかな?」
「えぇっ、ママさんが唄うの?オレたちが演奏してぇ?」
「んっ、そりゃそうだ」
ケンたちのあまりに大きな声に、もういい感じで酔いだした寛ちゃんが、いつもの寝言をつぶやく。
「こ、この店で演るの?」
「何言ってんのよ。ちゃんとしたステージででよ」
「それはいいけど……」
「そうと決まったら、乾杯して呑みなおそう!今夜はおごるから」
驚く三人を尻目に、碧は照れ隠しでコップ酒を一気に呑み干した。それを合図にケンとジギー、そしてタロウは、ここぞとばかりに、しこたま腹の中へ食い物と酒を流しこんだのは言うまでもない。
コンビニのひさしが、サラ金の看板が並ぶビルが、落書きされた電柱が、みんな飴細工が溶けてるように曲がりくねって、青空はオランダの大きな風車ようにグルングルンしている……ようにケンはおもった。
「ふぅ、ママのおごりだからって、きのうは呑みすぎたなぁ」
ケンは駅から『美登里』までの道のりを二、三十メートルごとに片手を腰に当てては、ため息を吐きながら歩いていた。
だが、なんとか昨夜の取引の条件をクリアできて、内心ホッとした部分と碧にいい知らせを早く知らせてやりたい気分が、二日酔いのケンの足を前に動かす。
やっと店までたどり着いて、木製の引き戸を叩くと中から碧の声がした。
「開いてるわよ」
「ママ、何してるの?」
「ライブの招待状の文面を考えてたのよ。あと封筒への宛名書き」
ケンは碧の気が早い行動に、苦笑いをしてしまった。
「で、どう?見つかった?」
「駅前にあるライブハウスだけど、五十人くらいは入れるかな」
「日時も決めてくれたのよね?」
「来月の第一水曜日、先に出演予定があるバンドのライブのあとになるんで、十時とスタートは遅くなるよ。そんなんで大丈夫なの?」
「何を言ってるのよ。スゥィングするのが似合うのは真夜中でしょ」
碧はバンドをしているくせにという顔でケンを見た。
「招待状だって?」
「それがさ、五十枚全部が男の名前で宛名が書かれてんだよ」
「ひゅぅっ、やるねぇ」
「同窓会とか、そんなノリ?」
ケンとジギーとタロウはライブハウスで顔をつき合わせて、碧の様子を話し合っている。
「それに、この楽譜を見てみろよ」
ケンはいわくありげな薄茶色に焼けて、ところどころ破れた箇所をセロテープで貼り止めた手書きの楽譜をテーブルに置いた。
「うわっ、すげえな」
他の二人がしげしげと譜面を眺めていると、碧が店の様子を探るように入ってきた。
「なんだか、倉庫みたいなところね」
「こういうのが流行りなんだよね」
ジギーがアンプに通していないギターのフレットに指を走らせながら碧に教えた。
「なにか落ち着かなくってね。ちょっと様子を見に来たのよ」
「心配ないさ。演奏はバッチリまかせといてよ」
「ホントに?」
碧は笑いながら三人を見渡すと、ステージの衣装やメイクの準備があるからと出て行った。リハに当てらられる時間は限られている。三人はおっとりがたなで音合わせを始めた。
「えぇっと、Dm7からド、ドリアン?」
「こりゃジャズのモード奏法じゃん。おまえらイケるか?」
「うるせぇよ、今夜なんだぞ。グダグダ言ってないで練習しろよ」
文句を言い合いながらケンたちは、慣れないジャズのフレーズに四苦八苦した。
十一時を過ぎた店内には、ふだんのライブハウスの雰囲気だったら不似合いなオヤジたちで埋っていた。
「おい、あのハゲオヤジ、ほらあれ。あの有名レーベルの社長じゃないか?」
「その横のオヤジの顔もどこかで見たような……」
「なんかゾクゾクしてきたぁ」
ケン、ジギー、タロウは、それぞれが客席を見ながら誰に言うでもなく言葉を漏らした。
「あっ、寛ちゃんだ」
「へぇーっ、こんな時間にシラフなのって初めて見るぞ」
「寛ちゃんと話しているの、やっぱあの社長じゃね?」
「マジかよ。よく見てみろよ」
そんなふうに三人がライブ前の緊張と興奮で話し合ってるところへ碧がバッチリとキメたメイクと真っ赤なドレスで近づいてきた。
「そろそろ始めましょう。あまり待たせちゃ悪いわ」
ケンたちは口を開けたまま声がでなかった。そこにはいつも見ている碧とはおもえない、大人の色気たっぷりの美しい女性がいる。
「やべぇ、オレいまマジでママに勃(た)ちそうかも……」
タロウが他の二人に告白する。三人の誰もがその声を否定しえなかった。
碧は雰囲気十分にステージへと向かう。客席からは大きな拍手が鳴って、その時を迎えた。
「みなさん、本当におひさしぶり。でも、こんなたくさん懐かしい人たちが集まってくれるなんて……おもっていませんでした。渡辺さん、山下さん、あっ日野さんも。そうそう中村さんはお孫さんが生まれるんですよね。あらぁ山本さん、髪の毛どうしちゃったのかしら?こっちには藤井さんがいらっしゃるのね。ホント、懐かしいわぁ。それでは懐かしい懐かしい曲、モンクのラウンド・ミッドナイトから始めますね」
碧はピアノの前に腰を降ろすとシングルノートで鍵盤を弾き、即興のスキャットで唄い始めた。それが終わると、今度は歌ありの曲が立て続けに客席からリクエストされる。
「マジかよ、ママすげえじゃん」
「そんなことより、しっかりコード拾えよな」
「ありゃ、わかんなくなっちまったぞ、ベースに合わせちゃえ」
「こんなコード知らねぇよ。リズムに乗って適当に弾くべ」
「も、もうちょっとタイコに近づいてこ……」
バックの三人は経験したことのない音楽に戸惑いながら演奏を続ける。
どうにかこうにかこなし終わってケンたちが安堵の息をこぼしていると、客席からまたまた声がかかりドキリとした。
「どうだろうリー、このへんでセッションなんかは」
「ええっ、ホントに?」
そんなやりとりのあと、何人か立ち上がるとステージへと向かった。
「おい、リーってママのことかよ?」
「みたいだなぁ。ともかくオレたちは、もういいんじゃない」
「途中でどうなるかとおもったぜ。でも、ジャズもおもしろいね」
御役御免になった三人は、早々に緊張で乾いた喉をビールで潤した。そこに碧が弾くレフトアローンのイントロが流れ出す。そして渋いサックスのメロディが重なり合った。
「ええっ、寛ちゃんだよ、あれ!」
ケンもジギーもタロウも、文字どおり目をまん丸にした。
「彼はサックスじゃ、ちょっとしたもんだったんだよ。君たちが生まれる前の話だけどね」
三人の隣にいたおじいさんが、遠い目をしてそうつぶやいた。
「あの……ママ、いやリーさんていうのは?」
「ははは、彼女か。そうだなぁ、彼女はわたしたち全員のアイドルで、想い出で……そして女だったのさ。ここにいるのは、みんなブラザーだ」
客席のみんなが真夜中の幻のような時間に酔った顔をしているとき、碧がハンカチで額をふきながら寂しそうに語りだした。
「疲れちゃったわ。休憩させてね」
さっきまでステージで特別な人にしかない何かを放って、まばゆいほど輝いていた彼女が、急に光を失くして小さくなっていく。
「もう歳だものね。身体がついていかないわよ」
碧はステージを降りて、ケンたちの席までやって来た。ステージでは真夜中をめぐる想い出の断片に触発された初老の男たちが、まだ演奏を続けていた。
「ママさん……」
ケンは隣に座る碧に声をかけたが、もう彼女はいつも『美登里』で見るように、過去がきらめく夢の中へと舟を漕ぎ出していた。静かに、静かに……。
「ん?」
碧は店の戸を開ける音と人の気配に夢から覚めた。
「うぃーっす」
そこには例の三人組がシケた顔をして立っている。
「いらっしゃい」
「ママ、いつもの」
寛ちゃんはいつものようにカウンターに突っ伏している。しばらくするとケンたちは、いつもの芝居を打ち始めた。
「そういやぁ坊やたち、またツケが溜まってきたよ」
碧は酒棚に飾っているセピア色の写真の隣に置かれた、あの夜に集まった全員が笑っている新しい写真に目をやる。
「だけど、あんたたち。そんなに儲からないの、ロックバンドって?」
END
そんな場所で商売が成り立つのかと疑うが、寂しい路地を赤ちょうちんと磨りガラスからの灯りが照らす、一軒のくたびれた小さな呑み屋があった。
マーケティングだとかディスプレイといった、いまどきの商売用語とは無縁な、世の中の流れにあまりな無関心さがさらけ出ている店の佇まいは、骨董品的な存在感でさえある。
一枚板のようにも見えるが合板の看板には、おそらくプロの仕事ではない筆文字で『美登里』と書かれてあった。
『美登里』は、もう初老という言葉がぴったりな、碧が女手ひとつで切り盛りしている店だった。くの字型のカウンターに十席だけの小さな店内の酒棚には、庶民価格の国産ウイスキーや焼酎のボトルが並んでいる。
無造作にカウンター内に置かれた一升瓶は、とくにこだわりがあるわけでなく、コストパフォーマンスを最優先にした日本酒だ。
ベニヤ板で張りめぐらされた壁に、ビニールシートの背もたれがついた椅子といった備品が、いかにもな酒場の雰囲気を醸し出している。
装飾的なものといえば棚に並ぶボトルの間に置かれた、小さな額に入っているセピア色の女性シンガーの写真くらいだった。
いつものように常連客の寛(かん)ちゃんは、仕事帰りのコップ酒三杯でカウンターに突っ伏している。
近所の運送会社で倉庫番をしているが、喜寿に手が届く老体には仕事がきついのだろう。その疲れを癒すように毎晩『美登里』に作業服姿のままで立ち寄っては、決まって安い日本酒をコップで三杯飲む。
もうすぐ冬になろうとするこの時期だと、店の売りであるおでんを肴に、ぬる燗を閉店時間までちびりちびりと呑んでは、碧と世間話を楽しんでいるうちに眠ってしまう。
その夜は他に客がいなかったので、碧もつられてカウンター内でうつらうつらと舟を漕いでいた。
しばらく居眠りしていた碧は、ガラガラと店の引き戸を開ける音に目を覚ました。入ってきたのはプロをめざしてロックバンドをしているケンとジギー、タロウの3人組だった。
「いらっしゃい」
「うぃーっす」
三人は防寒が十分でない服装で、肩をすぼめながら入ってきた。
碧はほつれ毛を直しながら注文を聞くと、ラジオのスイッチを入れてFM局にチューニングした。
「いつもの」
「バンドの仕事は見つかったかい?」
「このごろは景気悪くてバンドを入れる店もないからね」
碧が錫のチロリンに酒を入れて、おでん種が泳ぐ鍋の端にひっかけながら毎度の質問をすると、リーダー格のケンがワンパターンの答えを返す。
コポコポと酒が温まる音と、粗末なスピーカーから流れるバラードの曲が絶妙に絡み合った。
三人は無言で目の前に置かれた燗酒をグビグビと喉を鳴らして飲みこむ。
しばらくしてケンが割り箸をスティック代わりに空いたコップを叩きだすと、毎回のように同じ芝居が始まった。
「なんだとぉ、あんなタイコがあるかよっ!」
「うるせぇバカヤロー、てめぇ何年ギターを弾いてんだぁ!」
「くっそぉ、リズム隊がしっかりしねぇから音が乱れんだろぅが」
碧はまたかという表情をしている。
「このヤロー、表に出ろ!」
ジギーとタロウがそう叫んで店を出たら、芝居は最後のオチになる。
「おい、おまえら、いいかげんにしろよ!ママさんホント、いつもゴメン、じゃあ」
ケンは碧にそう言うと、二人を追って外へ向かう。
「なにが、じゃあよ。いつもあーしてツケにしちゃうんだから」
碧は諦め半分のような苦笑いをした。店を出て行った三人は少し離れたところで、申し訳ないとばかりに手を合わせていた。
「この御恩はメジャーデビューした暁に何倍にして必ず!」
「あー、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」
「冬来たりなば春遠からじ……今に見てろよ、おっかさん」
そう言ってケンたちは、そそくさとその夜もいつものように去っていくのであった。
「寛ちゃん、寛ちゃん、店閉めちゃうよ」
片隅に置かれている、くまのプーさんがキャラクターになったオモチャみたいな時計は、もう午前二時を過ぎていることを示していた。
「ん、そりゃそうだよなぁ」
夢でも見ていたのか寛ちゃんは寝言のような返事をすると、おぼつかない足取りで帰っていく。
碧は店先の灯りを落として暖簾をしまい、店のかたづけを済ませると二階の住居にしている部屋へと階段を上った。
蛍光灯をつけると八畳ほどの部屋にある、わずかな家具と小型の古いテレビ、敷きっぱなしのフトンの上に置いた電気コタツが、独り身の侘しさを浮き彫りにしている。
碧は大きくタメ息をついて足元を見ると、小さな鏡に深い皺が数え切れないくらいに刻まれた自分の顔が映っていた。
彼女はセーターを脱ぎ、シャツのボタンを外す。そして、おもむろにブラジャーを取ると、掌で自分の乳房の形と張りを確かめた。
〈おばあちゃんだわね……〉
年が明けたら碧は60歳になる。横顔には往年の美貌ぶりをうかがわせるものも確かにあったが、目の当たりにする現実は残酷なほどに時間の経過を彼女の胸に突き刺した。
「くしゅんっ」
肌を撫でる冷気に誘われ、くしゃみをひとつした碧は慌ててパジャマに着替える。それからコタツにスイッチを入れると、中にもぐりこんで蒲団をかぶった。
「寛ちゃんが千二百円、坊やたちが三千二百円、寛ちゃんが千二百円、坊やたちが三千二百円、寛ちゃんが……」
碧はツケの勘定を呪文のように唱えているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
初冬の澄んだ空は青一色で広がっている。
オフィス街の一角にある、大手レーベルのビル前でジギーとタロウは身を寄せ合って膝を抱えていた。
昼の清々しい光は、二人のみすぼらしい姿を余すところなく照らす。夏はまだしも、冬の服装というのは着ている人間の経済状況を如実に物語ってしまう。
道を行き交うビジネスマンや0Lたちの視線にさらされて、最初は気恥ずかしかったジギーとタロウだが、三十分も経つと寒さをしのぐことだけで頭がいっぱいだった。
「あれ、あいつらどこに行ったんだぁ?」
三人の中で昼間のまともな生活者から一番離れていない格好のケンが、ビルの中から出て来てキョロキョロとあたりを見渡した。
「おい、こっちこっち!」
ケンは自分に向かって手招きする二人に、手にした一万円札をヒラヒラさせながら近づいた。
「おぉっ、万札だぁ!」
喜色満面のジギーとタロウに、ケンは白けた顔で言葉を吐き捨てた。
「タクシー代だとさ」
がっくりと肩を落としたジギーとは対照的に、万札の意味を取り違えてタロウがはしゃぐ。
「すげぇ、タクシー代に万札かよぉ」
「バカ、これはさっさとお引き取りくださいって意味だよ」
ケンとジギーは呆れた顔で、まだ事情が飲みこめないタロウを見ていた。
三人組が音楽プロデューサーを相手にして敢えなく撃沈した夜、『美登里』はサラリーマンのグループたちで、いつになく賑わいでいた。
その他にも伸び放題の長髪と髭面で俳優志望の貧乏劇団員が二人、安酒をあおって店内で熱く演劇論をぶつけている。
「あのとき課長がね、課長が指示を早く出してたらさぁ……ね」
「オレんとこなんて奥さんが子供を私立の幼稚園に入れちゃって」
いい具合に酔いが廻って咬み合うのか合わないのか、よくわからない会話をする客たちに碧は愛想笑いで適当に相槌を打っている。
とはいえ、しみったれてツケの額だけを増やす常連たちと違い、金はしっかり払ってくれる客たちだ。次々に注文される肴を手際よく作りながら、あっちへこっちへと微笑みを振りまいて碧は大車輪で動いていた。
しばらくしてサラリーマングループも引き上げ、やっとひと息というところで肩をすぼめた寛ちゃんが顔を出した。
「うぅっ、冷えこむねぇ。ママ、いつもので」
そう言って寛ちゃんが腰を降ろす場所を選んでいると、その後ろにケンたちが姿を見せて同じように時候の挨拶みたいなもんを勢いよく重ねた。
「きょうはやけに陽気じゃない仕事でも見つかったの?」
「それがさぁ、ブチギレるような話でさぁ。デモ持ってツテを頼って行ったレーベルのプロデューサーが……」
「ケンもほろろにってやつね」
碧はいつも代わり映えのしない話に、ため息をついて首を振った。
「なんだとぉ、もういっぺん言ってみろコノヤロー!」
「うるせーっ、表へ出ろって」
毎度のように三人組が芝居を始めたところで、今夜は真面目な顔で碧が割って入った。
「ちょっと、その前に。あんたたちも溜まってるんだよねぇ」
「えっと……いくらくらい?」
「四万五千二百円」
「えぇっ、たったそれだけ?!こんなに呑んでて四万五千二百円はありえねぇくらいに安いよなぁ、なっ?なっ?」
ケンはうろたえながらも、場を取り繕うように他の二人に同意を求めた。ジギーとタロウも声をそろえて安い安いと連呼する。
「まぁ、お金がないのは知ってるけど」
そこまで言うと碧は意を決したように切り出した。
「その代わりと言っちゃあ、なんだけどね」
「なんでしょう?」
「それがね……」
「変態プレイ以外なら身体で返すのでもいいけど」
ジギーの冗談が、次の言葉を喉に詰まらせていた碧の背中を叩いた。
「あたし、ライブで唄いたいんだけど、演奏をしてくれないかな?」
「えぇっ、ママさんが唄うの?オレたちが演奏してぇ?」
「んっ、そりゃそうだ」
ケンたちのあまりに大きな声に、もういい感じで酔いだした寛ちゃんが、いつもの寝言をつぶやく。
「こ、この店で演るの?」
「何言ってんのよ。ちゃんとしたステージででよ」
「それはいいけど……」
「そうと決まったら、乾杯して呑みなおそう!今夜はおごるから」
驚く三人を尻目に、碧は照れ隠しでコップ酒を一気に呑み干した。それを合図にケンとジギー、そしてタロウは、ここぞとばかりに、しこたま腹の中へ食い物と酒を流しこんだのは言うまでもない。
コンビニのひさしが、サラ金の看板が並ぶビルが、落書きされた電柱が、みんな飴細工が溶けてるように曲がりくねって、青空はオランダの大きな風車ようにグルングルンしている……ようにケンはおもった。
「ふぅ、ママのおごりだからって、きのうは呑みすぎたなぁ」
ケンは駅から『美登里』までの道のりを二、三十メートルごとに片手を腰に当てては、ため息を吐きながら歩いていた。
だが、なんとか昨夜の取引の条件をクリアできて、内心ホッとした部分と碧にいい知らせを早く知らせてやりたい気分が、二日酔いのケンの足を前に動かす。
やっと店までたどり着いて、木製の引き戸を叩くと中から碧の声がした。
「開いてるわよ」
「ママ、何してるの?」
「ライブの招待状の文面を考えてたのよ。あと封筒への宛名書き」
ケンは碧の気が早い行動に、苦笑いをしてしまった。
「で、どう?見つかった?」
「駅前にあるライブハウスだけど、五十人くらいは入れるかな」
「日時も決めてくれたのよね?」
「来月の第一水曜日、先に出演予定があるバンドのライブのあとになるんで、十時とスタートは遅くなるよ。そんなんで大丈夫なの?」
「何を言ってるのよ。スゥィングするのが似合うのは真夜中でしょ」
碧はバンドをしているくせにという顔でケンを見た。
「招待状だって?」
「それがさ、五十枚全部が男の名前で宛名が書かれてんだよ」
「ひゅぅっ、やるねぇ」
「同窓会とか、そんなノリ?」
ケンとジギーとタロウはライブハウスで顔をつき合わせて、碧の様子を話し合っている。
「それに、この楽譜を見てみろよ」
ケンはいわくありげな薄茶色に焼けて、ところどころ破れた箇所をセロテープで貼り止めた手書きの楽譜をテーブルに置いた。
「うわっ、すげえな」
他の二人がしげしげと譜面を眺めていると、碧が店の様子を探るように入ってきた。
「なんだか、倉庫みたいなところね」
「こういうのが流行りなんだよね」
ジギーがアンプに通していないギターのフレットに指を走らせながら碧に教えた。
「なにか落ち着かなくってね。ちょっと様子を見に来たのよ」
「心配ないさ。演奏はバッチリまかせといてよ」
「ホントに?」
碧は笑いながら三人を見渡すと、ステージの衣装やメイクの準備があるからと出て行った。リハに当てらられる時間は限られている。三人はおっとりがたなで音合わせを始めた。
「えぇっと、Dm7からド、ドリアン?」
「こりゃジャズのモード奏法じゃん。おまえらイケるか?」
「うるせぇよ、今夜なんだぞ。グダグダ言ってないで練習しろよ」
文句を言い合いながらケンたちは、慣れないジャズのフレーズに四苦八苦した。
十一時を過ぎた店内には、ふだんのライブハウスの雰囲気だったら不似合いなオヤジたちで埋っていた。
「おい、あのハゲオヤジ、ほらあれ。あの有名レーベルの社長じゃないか?」
「その横のオヤジの顔もどこかで見たような……」
「なんかゾクゾクしてきたぁ」
ケン、ジギー、タロウは、それぞれが客席を見ながら誰に言うでもなく言葉を漏らした。
「あっ、寛ちゃんだ」
「へぇーっ、こんな時間にシラフなのって初めて見るぞ」
「寛ちゃんと話しているの、やっぱあの社長じゃね?」
「マジかよ。よく見てみろよ」
そんなふうに三人がライブ前の緊張と興奮で話し合ってるところへ碧がバッチリとキメたメイクと真っ赤なドレスで近づいてきた。
「そろそろ始めましょう。あまり待たせちゃ悪いわ」
ケンたちは口を開けたまま声がでなかった。そこにはいつも見ている碧とはおもえない、大人の色気たっぷりの美しい女性がいる。
「やべぇ、オレいまマジでママに勃(た)ちそうかも……」
タロウが他の二人に告白する。三人の誰もがその声を否定しえなかった。
碧は雰囲気十分にステージへと向かう。客席からは大きな拍手が鳴って、その時を迎えた。
「みなさん、本当におひさしぶり。でも、こんなたくさん懐かしい人たちが集まってくれるなんて……おもっていませんでした。渡辺さん、山下さん、あっ日野さんも。そうそう中村さんはお孫さんが生まれるんですよね。あらぁ山本さん、髪の毛どうしちゃったのかしら?こっちには藤井さんがいらっしゃるのね。ホント、懐かしいわぁ。それでは懐かしい懐かしい曲、モンクのラウンド・ミッドナイトから始めますね」
碧はピアノの前に腰を降ろすとシングルノートで鍵盤を弾き、即興のスキャットで唄い始めた。それが終わると、今度は歌ありの曲が立て続けに客席からリクエストされる。
「マジかよ、ママすげえじゃん」
「そんなことより、しっかりコード拾えよな」
「ありゃ、わかんなくなっちまったぞ、ベースに合わせちゃえ」
「こんなコード知らねぇよ。リズムに乗って適当に弾くべ」
「も、もうちょっとタイコに近づいてこ……」
バックの三人は経験したことのない音楽に戸惑いながら演奏を続ける。
どうにかこうにかこなし終わってケンたちが安堵の息をこぼしていると、客席からまたまた声がかかりドキリとした。
「どうだろうリー、このへんでセッションなんかは」
「ええっ、ホントに?」
そんなやりとりのあと、何人か立ち上がるとステージへと向かった。
「おい、リーってママのことかよ?」
「みたいだなぁ。ともかくオレたちは、もういいんじゃない」
「途中でどうなるかとおもったぜ。でも、ジャズもおもしろいね」
御役御免になった三人は、早々に緊張で乾いた喉をビールで潤した。そこに碧が弾くレフトアローンのイントロが流れ出す。そして渋いサックスのメロディが重なり合った。
「ええっ、寛ちゃんだよ、あれ!」
ケンもジギーもタロウも、文字どおり目をまん丸にした。
「彼はサックスじゃ、ちょっとしたもんだったんだよ。君たちが生まれる前の話だけどね」
三人の隣にいたおじいさんが、遠い目をしてそうつぶやいた。
「あの……ママ、いやリーさんていうのは?」
「ははは、彼女か。そうだなぁ、彼女はわたしたち全員のアイドルで、想い出で……そして女だったのさ。ここにいるのは、みんなブラザーだ」
客席のみんなが真夜中の幻のような時間に酔った顔をしているとき、碧がハンカチで額をふきながら寂しそうに語りだした。
「疲れちゃったわ。休憩させてね」
さっきまでステージで特別な人にしかない何かを放って、まばゆいほど輝いていた彼女が、急に光を失くして小さくなっていく。
「もう歳だものね。身体がついていかないわよ」
碧はステージを降りて、ケンたちの席までやって来た。ステージでは真夜中をめぐる想い出の断片に触発された初老の男たちが、まだ演奏を続けていた。
「ママさん……」
ケンは隣に座る碧に声をかけたが、もう彼女はいつも『美登里』で見るように、過去がきらめく夢の中へと舟を漕ぎ出していた。静かに、静かに……。
「ん?」
碧は店の戸を開ける音と人の気配に夢から覚めた。
「うぃーっす」
そこには例の三人組がシケた顔をして立っている。
「いらっしゃい」
「ママ、いつもの」
寛ちゃんはいつものようにカウンターに突っ伏している。しばらくするとケンたちは、いつもの芝居を打ち始めた。
「そういやぁ坊やたち、またツケが溜まってきたよ」
碧は酒棚に飾っているセピア色の写真の隣に置かれた、あの夜に集まった全員が笑っている新しい写真に目をやる。
「だけど、あんたたち。そんなに儲からないの、ロックバンドって?」
END
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