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凛七星

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第六章

謀(はかりごと)

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 さすがに「職住一体」な自分の部屋へ女を呼ぶわけにもいかなくて、ケイは金山と衛藤のシマが隣接するあたりにあるラブホテルの一室で山内のデートクラブへ電話した。受付けで出た事務的な応答をする女は、三十分以内にホテルまでご希望のタイプを届けると説明した。
 このところの仕事の疲れと妙な緊張感に加え、しばらく女を抱いていないこともあって、ケイは妙に股間がむずむずしてたまらなかった。とりあえずはこれも仕事の一環だと自分を言い含めて、間もなく来る女を楽しむ腹づもりだった。冷蔵庫から缶ビールを取り出し一気飲みすると、ミニチュアボトルのウィスキーをサイドテーブルに置いてベッドの上に横たわった。電話で好みのタイプを聞かれたときに、細身で脚の綺麗な女と伝えてある。
〈どんな女が来るかな?〉
 テレビを点けて気分を盛り上げておこうと定番のAVを視る。しばらくして部屋のチャイムが鳴り、女が到着したことを知らせると、ケイはいそいそと入り口の扉まで行き、ロックを外してドアを開けた。そこに立っていたのは男の淫らな欲望を刺激する想像力が働く装いをした白姫だった。
「なんてこった。いきなりお前が来るなんて」
 ケイはため息をつくと、ともかく白姫を中へ入れてソファに座らせた。
「まいっちまったなぁ」
 白姫じゃ情報を聞きだすこともできないだろうし、大きくなったモノを鎮める相手にもしたくなかった。白姫も最初は驚きの色を隠せなかったが、ケイの消沈する様子に寂しげな表情を浮かべた。だがすぐに気を取り直してケイを手招きすると、ソファの側にあるベッドにケイを腰かけさせた。
「ワタシ、ダメ?ワタシ、キライ?」
 そう言ってケイの身体にやさしく触れ、心中を探ろうとする白姫にケイは首を横に振って見せた。
「そうじゃないんだけどな……ちょっとアテがはずれたというか」
 困ったような顔のケイを見て、白姫は身体をにじり寄せるとジーンズの上からケイの股間をまさぐりジッパーを降ろそうとする。一瞬、ケイは身体を固くしてしまったが、すぐにその指を払いのけ、白姫の両肩に自分の手を置いて言い聞かせた。
「おまえとはする気になんないっていうか、したくないんだよ」
「ナゼ?イヤカ?」
「なんていうかさぁ、おまえのことは……そう妹みたいな感じっつうか……ともかくセックスする対象には見られないんだ」
「ウソ、アナタ、ワタシ、キライネ。オトコ、ミンナ、コレ、スキ。コレシタイ。チガウカ」
 白姫がもう一度強引にジーンズのジッパーを開けようとする。妙な刺激にケイのイチモツは再び隆起しそうになる。
「だから、やめろって」
 そう口にしつつも、もう身体が言うことを聞かない。白姫の細長い指先は硬く大きくなりかけたケイのものを捕まえると、柔らかな動きで愛撫し始めた。
「おぅっ」
 ケイがたまらず息を漏らすと白姫はいっそう動きを妖しくさせ、下着の中から取り出した力を漲らせとするものを口に含んだ。なまめかしい動きをする白姫の舌がまとわりつく。それは獲物を狙う蛇のように動いた。下半身だけが自分のものではないような快感に、しばらく責めたてられたケイはびくんと腰を震わすと、そのまま温かな粘液を脈打つたびに放出した。白姫の唇はそれを満足そうに舌の上に受け止め、こぼれるものを絞り出すように頬をすぼめ吸いつく。身体の芯が痺れるような快感に、ケイはしばらく動けなくなった。
「マタ、スグ、モウイチド、ネ」
白姫は萎えてしまったケイのものが弄ぶうちに、再びエネルギーを満たし岐立する姿に笑みをこぼすと、白い裸体をすり寄せた。歯止めを外されてしまったケイは、甘く官能的な香りのする白姫の肌を引き寄せると、強く激しく抱きしめ組み伏した。いったん堰が決壊してしまうと、それまで溜めこんでいた欲望をすべて放流するように、ケイは激しく白姫の身体を求めた。白姫もそんなケイの昂まりを、微笑を浮かべながら積極的に受け入れた。



〈こんなことになっちまったか……〉
 ケイは一段落つくと一度絞った雑巾をさらに絞りきるようなおもいで、ベッドの中からサイドテーブルに置いたタバコを手にした。指先に力が入らず、微かに震えてうまくパッケージから取り出せないケイの姿に、白姫が横からタバコを取り上げた。そしてリップが濡れ光る唇で火をつけ、ぐったりするケイに渡した。
 たった半年足らずでそういうことができるようになった彼女を、ベッドに身を沈めながらケイは横目で眺めた。これまでだったら白姫のそんな姿を頼もしくおもうことで、自分の胸の奥に芽生えそうな特別な感情を押し殺していたはずだ。しかし、いまは複雑な気持ちが疲れきった体の中をぐるぐると駆けめぐった。
「いいのか仕事に戻らなくても?時間オーバー分なら払うけど」
 白姫は頭をもたげるとケイの瞳をのぞきこんだ。
「ワタシ、ココイル、イヤカ?」
「いやじゃないさ。でも、ショートで数をこなす方が稼げるだろ。いまから電話してオールにチェンジしてもらえるかもしれないけど、俺にはそれ以上に払える金がないんだよ」
 衛藤からもらった金は百万しかない。今夜から一週間、うまく使わないと弾はすぐ切れる。ケイがくわえタバコで煙を吐き出しながら虚ろな目をして話すのを、白姫は少し苦しげな表情を浮かべ遮った。
「ワタシ、シゴト、オワリ、ココニイタイ……」
「わかった、わかった、じゃいまから電話するから」
 ケイは気合を入れるように声を上げると、飛び起きるようにしてホテルの電話を使ってショートから朝までの貸切に変更してくれるように頼んだ。
「切り替えOKだってさ。初めての客ってことで、お愛想でサービスのつもりかな。ハナっからオールで頼んだ料金だけでいいってさ。あ、それじゃおまえが損か」
 だいたいこういう場合は最初にショートで頼むと、一旦精算したあとで、あらためてのお遊びとなるケースが多い。指名客が入っていなければ同じ女でもいいし、すでに予定が入っていれば違う女に代わる。デートクラブなら、だいたいどこでもそんなもんだ。
「イイネ、ソレデ。ワタシ、オカネ、タイセツ、デモ、アナタモタイセツ、ドッチモ、タイセツ、デモ、アナタ、モット、タイセツ……」
「バカヤローッ!そんなこと言うんじゃねぇよ」
 それが商売上の言葉だけではないことは、取り分が少なくなってもいいという白姫の表情が物語っていた。彼女の立場では少しでも多く稼ぎたいのが当たり前だ。ケイは短くなったタバコを灰皿に揉み消すと、すぐさまもう一本に火をつけ、大きく煙を吐いた。
「お前がなぁ……少しでも山内から何か聞きだせるようなら助かるんだが」
「ヤマウチ、ナニカ、アルカ?ナニカ、キキタイ、アルカ?」
 白姫がため息のようなケイのつぶやきに問い質した。
「ワタシ、ヤマウチ、ヨクイル、イッショ、イルヨ」
「はぁ?どういうことだ、それ?」
 意外な言葉に、今度はケイが白姫に聞き返した。
「ワタシ、トキドキ、ヤマウチ、イエ、イク、ヤマウチ、ワタシ、スキ」
「なんだぁ?! よく行くぅ?」
「ワタシ、ヤマウチ、キライ、デモ、オカネ、タクサン、クレル、イヤ……デモ、オカネ……」
 そこまで言うと白姫は言葉を飲みこんだ。何が言いたいか、どんなおもいか、そんなことはお釣りがくるほどケイにはわかる。
「あの野郎、ちょっと色つけたくらいの金を渡して、自分の女にってか……」
 さっきまでは、もう一歩も動けないほど疲れていたケイだったが、その話を聞いたとたんに全身が炎にさらされたように熱くなって、腹の底からこみ上げるものに突き動かされた。そして、閉じこめられた猛獣のようにラブホテルの小さな一室を歩き回った。
〈あの野郎っ、あのクサレ野郎がっ!〉
 そんなケイの姿に白姫の瞳が涙で被われた。彼女は自分に対する侮蔑の怒りだとおもったのだ。
「ケイサン、ワタシ、オコル?ワタシ、キタナイオンナ……ケイサン、ワタシ、キライ?」
 その言葉にケイは咆哮を押し殺し、狂ったように拳をベッドに打ちつけた。許さない、絶対許さない、その言葉だけがケイの頭の中で炸裂した。
「白姫、おまえ、辛かったろうな、口惜しかったろうな……」
 ケイがそう言うと白姫は両手で顔を覆い、肩を震わせた。自分で進んで身体を売る商売を選んだワケじゃない。故郷で待つ家族の生活、自分に背負わされてしまった理不尽な借金、そんなものを抱えながら少しでも多く稼ぎ、少しでも早く返したい、その一心で強がって、片意地張ってきたことをおもうと、ケイはいたたまれなくなった。この社会は弱いヤツらは徹底的に食い物にされてしまう、俺やお前のように立場の弱いヤツらは、とことん利用されて最後はゴミ扱いだ、くそったれっ!ケイは自分自身に向けても、そんな言葉で胸を刺した。そして嗚咽を漏らして涙をこぼす白姫をやさしく抱きしめた。
「オレがおまえを守ってやる」
 白姫はその言葉にメイクが崩れた顔でケイを見つめた。
「ワタシ、ニホンゴ、シャベル、ウマクナイ、キク、ダイタイ、ワカル」
 ケイは白姫が何を言い出すのかと思った。
「ケイサン、ヤマウチ、ナニシタイ?ワタシ、ケイサン、タスケル」
「何を言ってんだ。いいんだよ、そんなこと。そんなこと、しなくても」
 白姫は首を横に振る。そしてケイの身体にしがみついた。
「ケイサン、ワタシ、マモル、イッタ、ワタシ、シンジル、ケイサン、テツダウ」
「マジ、いまヤバイことをしようとしてんだよ。そんなところにわざわざ首を突っこんでどうすんだよ」
「ケイサン、ワタシ、マモル、イッタ、ワタシ、シンジル、ダイジョウブ」
 ケイは悩んだ。確かに白姫は山内の近くにいる。それに日本語がよくわからないとタカをくくってるはずだ。案外気を緩めて白姫の前で、いろいろと余計な話をするかもしれない。とはいえ、そんなことに巻き込みたくないのも正直強くある。何かあったとき本当に守りきれるのかと自分に詰問した。二つの答えの間を行ったり来たり繰り返したあげく、意を決してケイは白姫を見た。
「よし、おまえの気持ちはよくわかった。それじゃ、まず何人か山内の店の女をオレのところへ呼んでくれ。今度、こっちで新しく店を出せと言われてるんだ。どうしてかは説明すると長くなるし、いまのお前がわかる話じゃないけど、つまり……山内をやっつけるためなんだよ。いいか、山内に気づかれないように女の子を連れて来い。場所はここだから。ここにしばらくいるようにする。見つからないようにやれよ。それから、もっと大事なことがある。もし、山内が金山のオジキと会って話をすることがあったら、これで録音をしろ。もちろん、わからないようにだ。ここを押せば録音できる。いいな、ここだぞ」
 白姫は手渡された携帯型テープレコーダーとケイの顔を見比べながら何度もうなずいた。
 ケイの腹は決まった。むざむざ喰われっぱなしになれるか、山内にも鈴木にも、そして兄貴の衛藤にも一泡吹かせてやるとケイはおもうのだった。


つづく
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