指先の感触

凛七星

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指先の感触

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女A

 紅葉で染める山からの風は冷たくて、露天風呂で火照った身体に気持ちいい。
 清冽な空気を深呼吸で味わうと、淀んだ感情の底に沈む澱のようなものが浄化されていくようだ。
 わたしは煮えきらずに引きずっていた、別れの決断ができるような気がした。


 彼とはつきあって、もう三年になる。大学に入学したばかりのころに、同じクラスにいた彼は女子だけじゃなく、男子にも人気がある目立つ存在だった。
 ロックバンドのボーカルをしていて、スポーツは何をしても上手だし、芸術にも詳しく成績も抜群によくて、凡人のわたしなんかとは別世界の人だとおもっていた。
 そんな彼が、わたしを当時つきあい始めた人から強引に奪い取るなんて信じられなかったし、初めてのデートでいきなり抱かれたことも夢のような出来事だった。
 あのとき彼の指がわたしの肌を滑ると、下腹の奥あたりから身体の芯を貫き、頭の中が痺れて、彼のものを受け入れるときには恥ずかしいほど濡れていた。
 そしてわたしはセックスでイクという感覚を知った。


 その日からわたしは彼のことしか考えられなくなってしまった。いつでも、どこでも、どんなときでも彼のことが頭から離れない。恋の奴隷だった。
 でも彼はそんなわたしを嘲笑うように、次々といろんな女性を口説いては関係を持った。その場限りのときもあったし、しばらくつきあう相手もいた。ひどいときは、わたしの目の前で他の女性を誘惑するようなこともした。そのたびにわたしは傷つき、どうしようもなく気持ちが不安定になって、怒りや嫉妬を他の誰かにぶつけてしまう嫌な女になった。
 もうそんなおもいをしたくないと、何度も別れることを切り出そうとしたが、彼の笑顔と指先に触れると言葉はいつも口にすることなく飲みこまれた。


 この温泉旅行で、彼はわたしとの気まずい状態を修復できればと考えている。
 だけど今夜を最後にするつもりだ。明日帰るまでにわたしは必ず終わりを告げる。
 今夜、彼の指先がどれほど魅惑的に私を愛してくれたとしても。




女B

 わたしは淫乱なんだろうか。夜、オナニーをしないと眠れない。
 今夜こそしないでいようとおもっても、自分の指先なのに腕や肩や胸やお腹に触れると、もう我慢ができなくて腰骨に内腿に、そして茂みへと滑る。
 それでも、しばらくは欲望と抵抗が拮抗して、潤い始めた部分へはなかなか進めないのだけれど、最後にはとうとう膨らんだ蕾の包皮をゆっくりと剥ぐと、指先で弄んでしまう。そして身体が熱く火照りだすころには、我を忘れて熱い泉が噴出す場所へと襞をかきわけて進めてしまう。
 頭の中では大好きな俳優が卑猥な微笑をしながら、わたしを激しく情熱的に愛撫し大きく昂まったものをぬかるむ亀裂へ、ぐにゅりと挿し入れる姿を想像する。
 わたしの指はすでに内襞をこすり上げ、そのころには頭の中がぼんやりとして吐息を漏らさずにはいられなくなっている。つま先に力を入れピンと伸ばす。そして瞼の裏には火花が散る。


 女にだって性欲はあるし、衝動もある。肌を合わせる相手がいなければ、ひとりで慰めなきゃならないときもある。他の女性(ひと)はどういうふうにしているんだろう。
 男性は友だち同士でオナニーやセックスの話を詳細にするらしいが、まだまだ女性がそういうことを口にするのは憚れるという空気があるのは確かだ。
 抑圧される分だけ女同士の猥談は過激だとかって言われるけど、けっして自分のことは詳しく話したりはしない。ぴったりと貼りついた仮面はなかなか外せないのだ。だから反動で激しい欲望を爆発させる女性(ひと)もいる。
 海外のリゾートで現地のビーチボーイたちを買いあさり、何人もの男たちと変態的なプレイのようなことまで楽しむなんて女性は、きっと普段はとても貞淑な態度を見せているに違いない。だから日常生活で被っている仮面を取り外せるチャンスには、とても放埓な行動に走るんだとおもう。そこまでしないと自分が自分でいられなくなるくらい窮屈で不自由な社会。
 それならわたしは淫乱でもいい。自分の指で自分を慰める程度の淫乱さは健康的だ。
 きっと、わたしは今夜も絶対に自分の指先の感触を楽しむに違いない。
 ひそやかに、そして濃密に。




女C

 わたしが彼女の踊りを始めてみたのは、スペインのセビリヤに旅行したときのことだ。いまはもう別れてしまった彼と、あのときスペインの各地を回った。
 彼はイベントプロデューサーとして日本の業界では、名前が売れていた人で、わたしはまだ駆け出しのフラメンコダンサーだった。
 ある大手の飲料メーカーが企業メセナでフラメンコの公演を日本ですることになり、彼が現地へ視察に行くのに同行したのだ。
 わたしなんかよりも、視察という目的なら、もっとふさわしいダンサーはいくらでもいた。旅の実情はスポンサーから金を引き出して、愛人のわたしとバカンスを楽しむというものだった。


 わたしは父親を知らない。
 親子ほど年齢が違う彼の愛人になったのは、どこかに父親の姿を重ねた部分もあったかもしれない。
 母は未婚でわたしを産んだ。母は男にだらしない女で、男に依存して生きてきた。
 わたしはそんな母の姿が大嫌いだった。それなのに、わたしはそのとき母と同じような生き方をしていた。


 ニ日後に日本へ帰るという夜、彼はサッカーを見に行きたいといった。彼の好きな選手がいるチームがセビリヤのチームと試合をするらしかった。
 わたしはサッカーに興味はなかったし、滞在していたホテルの近くの店でダンスのライブがあるのを知って、別行動をすることにした。
 有名なダンサーではなかったけれど、本物のフラメンコに触れてみたかった。本物のフラメンコがどんなものか知りたかった。そして自分のダンスと、どこがどう違うのか確かめたかった。
 目的の店は観光客があまり来ないようなところだった。それほど大きなスペースではなく、客席からステージまで手が届きそうな距離だった。
 店内の照明が落ち、ギタリストがうねるようなリズムとエロティックなメロディーを奏でる。スポットライトで暗闇に浮かび上がったダンサーの動きを、わたしは食い入るように見つめた。
 華麗で力強いステップ、情念の炎が揺らぐような妖しくなめらかな身体の動き。ピンと伸ばした指先にまで、連綿とつながる女の魂が宿っているようにエネルギーが発せられていた。そしてダンサーのこちらに向かって差し伸べた手の指先が、わたしの胸の奥底に潜んでいた何かに触れたように感じた。
 その感触にわたしの皮膚はざわつき、瞳からはただただ涙がこぼれるばかりだった。


 日本に帰ったあと、わたしは彼と別れ、自分のダンスを見つけようと決意した。
 あれから、もう七年になる。
 わたしは自分のダンスが見つけられただろうか。
 確信はない。でも、無心に踊るわたしが、ここにいる。




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