『競艇放浪記』

凛七星

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第十七章

【常滑篇】

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しばらくぶりの競艇放浪記になった。なにしろ突然に六月から大阪へ舞い戻り(執筆当時)活動の新拠点にすることになって、いろいろとあわただしい毎日だった。それに加え居を構えたところが、なんとも隠れ家にふさわしいボロ屋なのである。(現在は快適な一軒家に住んでおります、ご心配なく。笑)

 築二十年という時間以上に廃れていたのは、住んでいた人間と大家の住まいに対する姿勢というか、考え方を如実に物語っていた。この期に及んで地デジ化への対応もできていなかったのである。当然ネットの回線などもってのほか。

 ということで、わたしは自前でケーブルを引くことになったのだが、依頼してすぐにというわけにはいかず、ようやくつながったのが児島のSGレース開催直前というタイミングだ。ともかく、グランドチャンピオン戦には間に合った。

 心機一転、これからまだ取り上げていない残りの本場めぐりをして、放浪記を綴っていきたいとおもう。



 本来なら、いま岡山の児島で開催されているグラチャンについて語るべきなのだろうが、先に述べたように前回の蒲郡篇とセットにして訪ねた常滑についての話をほったらかしたまま。あのあとどうなったか?と、やきもきして続きを待ってくれてる読者もいるだろうから、やはり常滑篇から再開をすべきかなと。

 風光明媚な三河湾国定公園へ旅打ち珍道中した相棒は、どうも勝負よりも観光気分で各本場の名物グルメを堪能することに忙しくしていたが、なのに蒲郡でかなりの浮きを作った。マジメに勝負へ打ちこんでいたわたしの方は、どうもイマイチだからギャンブルとは不思議なものだ。

 ともかく車と宿泊先は面倒を見るというのが、お供をする相棒の申し出だ。相棒は勝ったこともあってか、豪華な旅館を楽しもうと言い出した。わたしはケータイで宿泊施設のお得情報がわかるサイトから、三河湾に飛び出た西浦半島の先端に位置して三百六十度ぐるりと海の全景が一望できるという宿を選んだ。

 とても格安なプランだったが、オーシャンビューの高級旅館である。宿へと到着すると「楽園のリゾートスパ」と銘打ってるだけのことはあって、なかなか立派な佇まいだった。迎えに出ていたスタッフも丁寧な、マナーをわきまえた態度だ。

 なのに、なぜだか侘しさが館内に漂っている。広い玄関ロビーは豪華な造りなのだが、まったく人影が見えないチェックインの手続きをしながら、それとなく様子を伺ってみた従業員の顔にはやつれた影があった。

 スマートなユニフォームのスーツに身を包む美人スタッフに案内された部屋は、支払った料金でいいのかなほどに広く綺麗な和室で、六畳ほどの別間と二十畳くらいある空間は、贅沢な気分にさせてくれる。わたしたちは首を傾げ、互いに顔を見合わせた。

 ともかく部屋で寛いだあと、まずは湯につかろうということで客室に風呂は付いていたが、海を見渡せる露天風呂と大浴場に行こうとなるのは当然で交互にどちらの風呂にも入ったが、両方とも貸切のような状態。たっぷり、のんびりと楽しめたものの、どうにも腑に落ちない。なんというか腰の座りが悪いのだ。

 夕食は最上階のダイニングルームで、コース料理をサーヴしてもらいながら皿を空けていったが、ここでも人影はまばらだ。どうやら推測するにバブルのころに、この地に豪華な宿泊施設が乱立したが、そのあとの不景気風で経営不振に陥ったようである。

 そこに中国の経済成長にともなったインバウンドの観光客が増えてきた。少し前に国際線も発着する空港が近くにできている。これをチャンスとばかりに、中国人観光客をターゲットにした方針に打って出たの違いない。なにしろハングルや簡体字の説明が、そこここに見て取れる。

 ところが、だ。あの東北震災からはまだ一ヶ月ほどのことである(当時)。日本の全土が放射能でやられているような風評が世界に広がっていた時期だ。各地で外国人観光客の予約がキャンセルになっていた。しかし、豪華な施設である。それだけに、人影がないと寂れた感は必要以上に漂ってしまう。

 真夜中でも温泉に入れるので館内をウロウロとしていると、経費節減のために照明のあちこちが消されてる。そうなると、なんだか不気味ささえ漂ってくるもの。せっかくの浮かれ気分もしぼみ、少しばかりお大尽に楽しんで、明日の常滑勝負の景気づけしようという目論見が、二人してショボボーンな感じになってしまった。



 翌朝は青空が広がって海は色を濃くし、そこに波を照らす陽光の輝きが宝石を散りばめたようであった。わたしたちはしぼんだ勝負気分を建て直し、旅館のスタッフに見送られながら、いざ常滑と車を走らせた。

 トコタンと呼ばれてる招き猫から作られたキャラクターのイラスト看板が迎えてくれる本場入口までは、一般道で一時間余り。道中、相棒は前日同様に施設案内資料とにらめっこをしながら手羽先はどこ、どて丼はどこ、ラーメンはどこと食いしん坊ぶりを満足させることに余念がない。

 到着するや否や、すぐに始まる第一レースのことはそっちのけで、お目当ての手羽先売り場まで一直線である。まったく、あの食欲にはあきれてしまう。

 わたしの方はというと、なにしろGⅠ名人戦である。しかもレース開催前、シニアに参戦することになった天才・今村豊(当時)が「名人戦は獲らせてもらう」と、いきなりの優勝宣言をしていたもんだから話題になっていた。



 まぁ、GⅠといっても新鋭王者と、この名人戦は少々中身が違う。経験年数と年齢に制限があるカテゴリーでの勝負のため、本来のグレードとは勝手が違いA級からB級まで玉石混交な選手が入り乱れてのレースになる。だから、腕前にバラツキがあるメンバーでのレース番組が少なくない。

 わたしは勝負をSG戦の制覇経験があって、このメンバー中では若い今村豊と大嶋一也が出場するレースに勝負をすることにした。そうと決めたら、放浪記を執筆するためのネタ探しだと、相棒の食いしん坊につきあった。

 まずは名物どて焼きをつまみにビールをと探したが、どこにも見当たらない。まさか…と売店のオバチャンに尋ねたら、場内では売っていないと言う。蒲郡に続いて常滑よ、お前もか…である。ビールを飲みつつ少々ボルテージを上げての観戦をすればこそ、楽しさも増すというもの。いったい何を考えてるんだ本場関係者たちはと、言いたくもなろう。

 競艇場の風紀のためとか、イメージアップのためとでもいうのか。客はおとなしく金を落として帰ればいいのかと、無性に腹が立った。たわけぇも、てぇげぇにしにゃぁと。あ、意味わかりますか?〈ふざけたマネは、いいかげんにしないと〉と意味の地元方言です、はい。

 憤懣ぷんぷんで売店をいくつか見てまわると、ノンアルコールのビールがあった。しょうがない、気分だけでもと買って食堂に行くと相棒が奇妙な顔で口を動かしていた。テーブルには名物どて焼きとおもわれる皿がある。わたしは向かい合う席に腰を下ろし、爪楊枝で目の前の皿に乗ったこげ茶色をした物体を突き刺し頬張った。

「ん?……」

 どて焼きというと、関西出身者は味噌で甘くとろっとろになった煮込みを想像するだろう。ところが蒲郡や常滑で売っているのは、どちらかといえば関西のてっちゃん焼き風なのだ。で、味も吐き出してしまうほどではない。が、イメージしていたのと違うせいだろう、先入観の問題……と、いうところで相棒が叫んだ。

「こりゃ、ブタやで。ブタのホルモンや。な、そやろ」
「そうか、そうだったんだ」
「なんかなぁ……ちがうねんなぁ」

 牛肉文化圏で育った口には少々違和感があるのは否めない。

「ブタで(ゼロで)ほるもん(捨てるもの)って、これまたゲンが悪いよな」

 蒲郡で串カツが豚肉だと気づき、似たようなくだらないシャレを言ったわたしに、トントン拍子で勝つこともあると減らず口を叩いた相棒も、このときばかりはゲンナリした顔になった。

「まぁ、ほかに手羽先もエビフリャーも、ほれガイドに乗っていたラーメンもあるでよ。そんな顔しやせんで、ほかんとこに行こみゃあ」

 わたしは怪しい名古屋弁でなだめ、別の食堂か売店へ行こうと誘うと、相棒は渋い顔で立ち上がった。そして名物を次々とオーダーしていくのだが、どれもがイマイチな様子だった。

「名物なんて、そんなもんさ。それにここは競艇場だぜ。本格的グルメを求める方が間違ってるぞ」

 そうなのだ。ここは鉄火場、博奕場なのだ。だからこそ客たちは、この程度の味でも納得しているに過ぎない。多くの人は、そこを理解しているのである。

 だからね、競艇や本場の関係者の方々。ヘタにJRAの真似なんかして品よくしようなんて考えないの。ファンの数が減ってるからと、若い世代にイメージばかり膨らませたところで、所詮はギャンブル場なんだから。これまで競艇を支えてくれたファンの大半であるオヤジたちにとっちゃ迷惑な話。逆にオヤジたちの足が遠のいたら、公営ギャンブルの衰退が語られる昨今、そのスピードを速めるだけですぜ。

 勝負への入口はどうあれ、競艇ファンとして定着している若い人たちも、そのあたりを理解して楽しんでいるはず。競艇には競艇だからこその味わいがあるのだから。



 さて、常滑での戦績だが、二人とも名物の味と同様に肩透かしなものだった。

 本場を後にしたわたしたちは、そこから名古屋市内へと向かい、一泊することにして夜の街へと繰り出した。相棒はここぞとばかりに、名古屋名物の本物を腹いっぱいに堪能した。わたしもつまんだ手羽先は、有名なチェーン店だからと期待していなかったが、おもいのほかに美味だった。

 やはり何にしても目的に合わせて場というのは選ばないといけない。


つづく……はず(笑)

※このエッセイは数年前に書いたものに手を入れて掲載しています。
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