KoiLink ―さくら育成ログ― ポワンで始まる癒しアプリライフ

Yoiasagi 宵浅葱

文字の大きさ
11 / 14
第1章

ミッション11:ご近所リンク、本格起動

しおりを挟む

 三日後、ようやく訪れた週末。

 今週は、辞めた後輩の案件が雪崩のように俺に降りかかり、もはや瀕死だった。

 だからって、もうダラダラしない。
 休みの朝も、いちばんにやることは決まっている。

「……さくら。おはよう」

 水槽の前にしゃがんで、そっと覗き込む。

 青白いライトに照らされて、さくらはゆっくり尾びれを動かしていた。
 まだ動きは弱いけど、瓶の底で丸まっていたあの日を思えば――

「……よかった」

 胸の奥が、じんわりと熱を取り戻す。
 この小さな命が、確かにここにいてくれる。それだけで、俺の世界も安定する。

 そのとき。

 “ポワン”


【???ゲージ:60% → 65%】
【回復傾向:良好】


「やった、上がった……!」

 表示名は相変わらず“???”のままだけど、もう正体は分かっている。
 ヘルスゲージだ。

 数値ひとつに、一喜一憂している自分がちょっと恥ずかしいけど、それでも――今日は素直に嬉しかった。

 ちょっと肩の力が抜けた、その瞬間。

 ――コンコン。

「おはよう、ゴンゾー君!」

 玄関のドアを開けると、リアル課金王こと、リヒトさんが立っていた。

「さくらちゃん、調子はどう?」

「あ、はい! 今、65%まで回復してます!」

「うんうん。色も戻ってきたねぇ。いい顔してる」

 リヒトさんは水槽を覗き込み、満足げに頷いた。
 その動作のすべてが“慣れている人間”のそれで、見ているだけで少し安心する。

「はい、これ。お見舞いね」

 渡された紙袋の中には――
 濾過フィルター、中和剤、種類違いの餌、水草の替え、そして小型ライトまで入っていた。

「え、いやいやいや! 水槽のお代だってまだ……」

「あれはお近づきの印だって言ったでしょ? 水槽なんて増えすぎて減らしたいくらいなんだから」

 いや、絶対この人、増やしたいタイプの人だと思う……
 

「でも、さすがに……」

「でも、じゃないの。ほら、お見舞いは素直に受け取る!」

 優しいのに、圧がすごい。
 断れる気配がこれっぽっちもなくて、紙袋をギュッと抱きしめた。

「本当にありがとうございます……」

「気にしない気にしない。それより、今いい? ちょっと来てごらんよ」

「え?」

「うちの鯉、案内するからさぁ。見に来てよ!」

 誘い方が完全に「新しいゲーム機買ったからおいでよ」だ。
 でも、ちょっとワクワクしてる自分がいる。

 ――

 そして案内されたのは、アパート一階の管理人室……なのだが。

「……え?」

 そこにあったのは、ワンフロアぶち抜きの広々空間。

 入口付近にはこないだチラッと見えた小型水槽がズラッと並び、青白いライトが水面を照らしている。
 ゆらゆら揺れる反射光が、天井や壁に模様を描いていた。

 まるで“鯉専用の研究施設”みたいな空間が広がっている。

「すげ……」

「こっちは紅白の幼魚だよ。ほら、さくらちゃんと同じ種類」

「あ……ほんとだ」

「ほら、見える? 白地に紅が模様みたいに出てるでしょ?」

「……でもさくら、赤くなかった気が……」

「いや、出てる出てる。市松模様。これからもっとはっきりするよ」

 ええっ??
 俺、まったく気づいてなかった……!

 毎日見ていても見えてないものを、この人は一目で拾い上げていく。
 なんかちょっと、悔しいような、ありがたいような。

「こっちにおいで。もっと面白いから」

 奥へ進むと、巨大なプラスチック水槽が並び、生け簀のような空間が出てきた。

 水槽がデカくなると、中の鯉も大きくなった。


「これ……全部、鯉ですか?」

「そう! これは昭和三色、こっちは大正三色。で、これが紅白……ここまでが御三家だね」

「ご、御三家……?」

「錦鯉の三大人気種のことだよ。昔の三大アイドルみたいなもん」

 例えが分かるような分からないような……でも、テンションは伝わってくる。

「これは? 金……色?」

「うん、山吹黄金っていうの。ピッカピカでしょ? この子、人懐っこいんだよ。
 そっちは孔雀で、その奥は五色……」

 名前だけ聞いてると、もはやポ○モンの新作ラインナップだ。
 正直、全部は覚えきれない。でも――

 上から鯉を覗くたび、なんとなく胸が躍った。

 さくらも、いつかこんなに大きくなるんだろうか。
 そう思ったら、少しだけ未来が具体的な形を持ち始める。


 案内されるまま外へ出ると――
 “ただの緑地帯”だと思っていた場所、そこには柵もなく、アパートの一階からそのままつながっていた。

 そう。そこは、ひとつの「庭」だった。

 ところどころに木々が生い茂り、真夏の日差しをほどよく遮っている。
 風が抜けて、葉の隙間から光が落ちて、さっきまでの室内とは違う気配が広がっていた。

 正面には、あの池があった。
 麦わら帽子のおっちゃんがラジオ体操してたところ……つまり、あれはリヒトさん??

 池にはベランダから見えていた通り、色とりどりの鯉が悠然と泳いでいる。

 さらに視線を上げると……

「うそ……家……でか……」

 石垣の上に広がる平屋の豪邸。
 庭と池とアパートが一体化している。

「もしかして……?」

「うん。僕んち」

 ヤバっ!!

 軽く言うけど、広すぎるし立派すぎるし、全然普通じゃない。
 この人、何者!?
 ここ、都内だぞ!?

「リヒトさんって、ただの管理人さんじゃなかったんですね……」

「いくつかアパート持ってるだけだよ。まぁ、暇だから趣味のついでに管理もしてる!」

 趣味のついでにアパート管理してる……
 俺の世界だと、「残業のついでに人生すり減らしてる」んだけどな。

 お金って、あるところにはずっとあるんだな。
 そんな感想が、妙にしっくりきてしまった。


「あ、そうだ。ゴンゾー君、コイリンクの“ご近所リンク”使ってみた?」

「あ、いえ……まだよく分からなくて」

「じゃ、ちょっと教えてあげる!」

 リヒトさんは自分のスマホを取り出して、俺の目の前で操作してくれる。

「えーっと……あ、いた。ユージンのステータス見てよ」

「え、“ユージン”って? “ゆうと”じゃなくて?」

「うん。悠人って書くけど、ユージンね。当て字なんだよ、イギリス人だから」

 見せられた画面には――


【悠人♡】Lv.26 称号:恋に散る男

今の気持ち
『割レテ砕ケテ裂ケテ散ルカモ……』


 え、なんか、大変なことが起きてないか?

「……これ、大丈夫ですかね?」

「あー、たぶんまたフラれたんじゃないかな?
 あの子、夢見がちだから」

 え、夢見がちって何? 乙女?
 ってか、あのビジュでフラれるの??
 ……よっぽどだな。

「ちょっと呼ぶか。励まさなきゃ」

「え、今から?」

「うん。ほら、そこのアパートにいるから。歩いて五分もかからないよ」

 さらっと言うけど、徒歩五分圏内、キャラ密度高すぎないか、この近所。

「じゃ、はい。DM送ろう!」

 リヒトさんはノリノリで画面をタップした。
 ってか、DM送れるんだ……
 送信ボタンを押す指に、ちょっとした悪戯っぽさと、ほんの少しだけ“心配”が混じっているのが分かる。

 リアル課金王と、恋に散る男。そして、寝落ちエキスパートな俺。

 コイリンクの“ご近所リンク”は、なかなかにカオスなメンツを引き寄せてくるらしい。

 ユージン召喚、ちょっと楽しみになってきた。

(to be continued)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...