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第1章
ミッション11:ご近所リンク、本格起動
しおりを挟む三日後、ようやく訪れた週末。
今週は、辞めた後輩の案件が雪崩のように俺に降りかかり、もはや瀕死だった。
だからって、もうダラダラしない。
休みの朝も、いちばんにやることは決まっている。
「……さくら。おはよう」
水槽の前にしゃがんで、そっと覗き込む。
青白いライトに照らされて、さくらはゆっくり尾びれを動かしていた。
まだ動きは弱いけど、瓶の底で丸まっていたあの日を思えば――
「……よかった」
胸の奥が、じんわりと熱を取り戻す。
この小さな命が、確かにここにいてくれる。それだけで、俺の世界も安定する。
そのとき。
“ポワン”
⸻
【???ゲージ:60% → 65%】
【回復傾向:良好】
⸻
「やった、上がった……!」
表示名は相変わらず“???”のままだけど、もう正体は分かっている。
ヘルスゲージだ。
数値ひとつに、一喜一憂している自分がちょっと恥ずかしいけど、それでも――今日は素直に嬉しかった。
ちょっと肩の力が抜けた、その瞬間。
――コンコン。
「おはよう、ゴンゾー君!」
玄関のドアを開けると、リアル課金王こと、リヒトさんが立っていた。
「さくらちゃん、調子はどう?」
「あ、はい! 今、65%まで回復してます!」
「うんうん。色も戻ってきたねぇ。いい顔してる」
リヒトさんは水槽を覗き込み、満足げに頷いた。
その動作のすべてが“慣れている人間”のそれで、見ているだけで少し安心する。
「はい、これ。お見舞いね」
渡された紙袋の中には――
濾過フィルター、中和剤、種類違いの餌、水草の替え、そして小型ライトまで入っていた。
「え、いやいやいや! 水槽のお代だってまだ……」
「あれはお近づきの印だって言ったでしょ? 水槽なんて増えすぎて減らしたいくらいなんだから」
いや、絶対この人、増やしたいタイプの人だと思う……
「でも、さすがに……」
「でも、じゃないの。ほら、お見舞いは素直に受け取る!」
優しいのに、圧がすごい。
断れる気配がこれっぽっちもなくて、紙袋をギュッと抱きしめた。
「本当にありがとうございます……」
「気にしない気にしない。それより、今いい? ちょっと来てごらんよ」
「え?」
「うちの鯉、案内するからさぁ。見に来てよ!」
誘い方が完全に「新しいゲーム機買ったからおいでよ」だ。
でも、ちょっとワクワクしてる自分がいる。
――
そして案内されたのは、アパート一階の管理人室……なのだが。
「……え?」
そこにあったのは、ワンフロアぶち抜きの広々空間。
入口付近にはこないだチラッと見えた小型水槽がズラッと並び、青白いライトが水面を照らしている。
ゆらゆら揺れる反射光が、天井や壁に模様を描いていた。
まるで“鯉専用の研究施設”みたいな空間が広がっている。
「すげ……」
「こっちは紅白の幼魚だよ。ほら、さくらちゃんと同じ種類」
「あ……ほんとだ」
「ほら、見える? 白地に紅が模様みたいに出てるでしょ?」
「……でもさくら、赤くなかった気が……」
「いや、出てる出てる。市松模様。これからもっとはっきりするよ」
ええっ??
俺、まったく気づいてなかった……!
毎日見ていても見えてないものを、この人は一目で拾い上げていく。
なんかちょっと、悔しいような、ありがたいような。
「こっちにおいで。もっと面白いから」
奥へ進むと、巨大なプラスチック水槽が並び、生け簀のような空間が出てきた。
水槽がデカくなると、中の鯉も大きくなった。
「これ……全部、鯉ですか?」
「そう! これは昭和三色、こっちは大正三色。で、これが紅白……ここまでが御三家だね」
「ご、御三家……?」
「錦鯉の三大人気種のことだよ。昔の三大アイドルみたいなもん」
例えが分かるような分からないような……でも、テンションは伝わってくる。
「これは? 金……色?」
「うん、山吹黄金っていうの。ピッカピカでしょ? この子、人懐っこいんだよ。
そっちは孔雀で、その奥は五色……」
名前だけ聞いてると、もはやポ○モンの新作ラインナップだ。
正直、全部は覚えきれない。でも――
上から鯉を覗くたび、なんとなく胸が躍った。
さくらも、いつかこんなに大きくなるんだろうか。
そう思ったら、少しだけ未来が具体的な形を持ち始める。
案内されるまま外へ出ると――
“ただの緑地帯”だと思っていた場所、そこには柵もなく、アパートの一階からそのままつながっていた。
そう。そこは、ひとつの「庭」だった。
ところどころに木々が生い茂り、真夏の日差しをほどよく遮っている。
風が抜けて、葉の隙間から光が落ちて、さっきまでの室内とは違う気配が広がっていた。
正面には、あの池があった。
麦わら帽子のおっちゃんがラジオ体操してたところ……つまり、あれはリヒトさん??
池にはベランダから見えていた通り、色とりどりの鯉が悠然と泳いでいる。
さらに視線を上げると……
「うそ……家……でか……」
石垣の上に広がる平屋の豪邸。
庭と池とアパートが一体化している。
「もしかして……?」
「うん。僕んち」
ヤバっ!!
軽く言うけど、広すぎるし立派すぎるし、全然普通じゃない。
この人、何者!?
ここ、都内だぞ!?
「リヒトさんって、ただの管理人さんじゃなかったんですね……」
「いくつかアパート持ってるだけだよ。まぁ、暇だから趣味のついでに管理もしてる!」
趣味のついでにアパート管理してる……
俺の世界だと、「残業のついでに人生すり減らしてる」んだけどな。
お金って、あるところにはずっとあるんだな。
そんな感想が、妙にしっくりきてしまった。
「あ、そうだ。ゴンゾー君、コイリンクの“ご近所リンク”使ってみた?」
「あ、いえ……まだよく分からなくて」
「じゃ、ちょっと教えてあげる!」
リヒトさんは自分のスマホを取り出して、俺の目の前で操作してくれる。
「えーっと……あ、いた。ユージンのステータス見てよ」
「え、“ユージン”って? “ゆうと”じゃなくて?」
「うん。悠人って書くけど、ユージンね。当て字なんだよ、イギリス人だから」
見せられた画面には――
⸻
【悠人♡】Lv.26 称号:恋に散る男
今の気持ち
『割レテ砕ケテ裂ケテ散ルカモ……』
⸻
え、なんか、大変なことが起きてないか?
「……これ、大丈夫ですかね?」
「あー、たぶんまたフラれたんじゃないかな?
あの子、夢見がちだから」
え、夢見がちって何? 乙女?
ってか、あのビジュでフラれるの??
……よっぽどだな。
「ちょっと呼ぶか。励まさなきゃ」
「え、今から?」
「うん。ほら、そこのアパートにいるから。歩いて五分もかからないよ」
さらっと言うけど、徒歩五分圏内、キャラ密度高すぎないか、この近所。
「じゃ、はい。DM送ろう!」
リヒトさんはノリノリで画面をタップした。
ってか、DM送れるんだ……
送信ボタンを押す指に、ちょっとした悪戯っぽさと、ほんの少しだけ“心配”が混じっているのが分かる。
リアル課金王と、恋に散る男。そして、寝落ちエキスパートな俺。
コイリンクの“ご近所リンク”は、なかなかにカオスなメンツを引き寄せてくるらしい。
ユージン召喚、ちょっと楽しみになってきた。
(to be continued)
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