KoiLink ―さくら育成ログ― ポワンで始まる癒しアプリライフ

Yoiasagi 宵浅葱

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第1章

ミッション10:月明かりのレスキュー

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 部屋に飛び込むなり、俺は息を呑んだ。

「……さくら?」

 瓶の底で、さくらが小さく丸まっている。
 いつものように尾びれをピコピコさせて近寄ってくる気配は――ない。

 心臓が、どくっ……と跳ねる。
 背中に冷たいものが流れる。

 指先で、そっと瓶をつついてみた。

「さくら?」

 反応はゼロ。
 水越しに返ってくるのは、冷たい沈黙だけ。

 胸の奥がズキッと痛んだ。

 なんでだよ……

 俺、なんで朝、確認しなかった?  
 昼飯食べた時、なんで一瞬でも思い出さなかった?  
     
 仕事が忙しいとか、そんなの理由にもならねーよ!

 こいつの世界には、俺しかいないのに!!

 自分の中で、焦りが一気に膨らむ。

 ――コンコン。

 ノックの音に、ビクッと肩が跳ねた。

 ドアを開けると、管理人のおっちゃんが台車を押して立っていた。

 いや、台車という名の――
 “フル装備救急セット” がそこにあった。

 水槽、バケツ、ホース、エサ、工具、薬品、見たことない機材。
 こんな遅い時間に、たった数分でここまで準備してくれた。

「お願いします!!」

 気づけば、頭を下げていた。
 必死で、情けなくて、それでも他にできることなんて何もなくて。

「まぁまぁ、落ち着きなさい」

 おっちゃんは穏やかに言いながら、台車を押して玄関まで入ってくる。

 失礼するよ、と言いながら部屋に上がると、すぐに瓶のさくらを覗きこんだ。

「……ふむ」

 その“ふむ”だけで、状況を読み切ったのが分かった。

 おっちゃんは台車の上から水槽を持ち上げ、瓶の隣にそっと据える。
 砂利、水草、ライト位置……すべて完璧に整った状態で。

「ゴンゾー君、汲み置きの水あるかい?」

「あります! 1.5リットル×4本!」

 俺は半ば震えながらペットボトルを差し出す。

「……まだまだ」

 即答だった。

 水槽に注げば、四本なんて瞬殺。
 ほんと、全然足りねぇ。

 おっちゃんはバケツに透明な液体をササッと入れた。

「これ、中和剤ね。水道水の」

 迷いも無駄もないプロの手つきだ。

「借りるよ」

 キッチンで水道をひねり、白い粉を計量してザラッと入れる。

「え、それ薬ですか?」

「塩だよ」

「……塩!?」

 声が裏返った。
 おっちゃんは慣れた手つきで水を混ぜ、こぼさぬよう水槽へ注ぐ。

 同じ動作をもう一度。
 満タンになるタイミングが完全に計算されている。

「電源借りるね」

 コンセントが繋がれ、濾過器が静かに動き出す。
 青白いライトが月光みたいに水面を照らした。

 部屋が一瞬で“別世界”に変わった。

「さ、移そうね」

 おっちゃんは小さな網で、そっとさくらをすくい上げる。

「……っ」

 弱々しい体が、ふるりと揺れた。
 胸が詰まって声が出なかった。

 おっちゃんは慎重に、新しい水槽へ移す。

 まだ、ほとんど動かない。

「……さくら、大丈夫でしょうか?」

 情けないほど、声が震えた。

 おっちゃんは目元を柔らかくして言った。

「“さくらちゃん”っていうんだね。
 大丈夫だよ。一週間もすれば元気になる」

 その言葉に、膝が抜けて壁に寄りかかる。

「……よかった……ほんとに……よかった……ありがとうございます……!」

 もし間に合わなかったら。
 そう思うだけで呼吸が苦しくなった。

 その時だった。

 “ポワン”。

 スマホが震え、コイリンクの通知が一つ表示された。

 ⸻
【レスキュー処理:環境改善を確認】
【???ゲージ:45% → 55%】
【推奨アクション:塩浴を維持してください】
 ⸻

「……戻って……る?」

 俺はおっちゃんへ画面を差し出した。

「ふむ。55%か。
 うん、この調子なら二、三日で元気になるよ」

「あ、ありがとうございます!!」

 胸のつかえが、ようやく溶けた気がした。

 落ち着きを取り戻したところで、ずっと気になっていた疑問がまた浮かぶ。

「……あの、聞いてもいいですか」

「ん?」

「あなたは……悠人ゆうとさん、ですよね?」

 おっちゃんは一瞬だけ瞬きをした。

 小さな“間”が落ちる。

 そして――にこっと笑った。

「違うよ。僕は――リヒト。
 髙橋理人リヒト、61歳、バツ3です⭐︎」

「…………は?」

 脳が一瞬でショートする。

 リアル課金王・リヒト。
 Lv.91。
 ご近所リンクで見た強キャラ。

 まさかの、このおっちゃん……!?

 しかもリヒトって本名かよ!

 くっそ……おっちゃんなのに名前かっけぇ……!!!!

 徳田権蔵ゴンゾー、28歳、独身……。
 ……何ひとつ、勝てやしねー。

 今度こそ、俺は膝から崩れ落ちた。


(to be continued)
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