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8.止まった馬車
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「……え?」
ダンカー子爵家の屋敷に帰るために、私は馬車に乗っていた。
しかしその馬車が突然揺れ、やがて動きを止めたことに、私は動揺することになった。
何か問題でも発生したのだろうか。急停止するとなると、道に子供でも飛び出してきたのかもしれない。
「うぎゃあっ!」
「こ、この声は……」
直後に聞こえてきた声で、私は自分の考えが甘いものだったことを悟った。
今の叫び声は、恐らく私の馬車の御者の声だ。それから断続的に、いくつかの悲鳴が聞こえてくる。それらは護衛や私について来ていた別の馬車に乗っている使用人達の声だ。
「そ、そんな、まさか……」
どうやら私達は、野盗か何かに襲われているらしい。
私は咄嗟に、馬車の中で縮こまる。とりあえず自身の身を守らなければならない。そう思っての行動だった。
ただ私が見つかるのも、時間の問題であるだろう。そう思っていると、馬車の戸が開いた。
「……おっと、こいつは当たりか?」
「多分、そうだろうさ。明らかに貴族様という感じだ」
私の目に入ってきたのは、二人の男性だった。
上等であるとは言い難い汚れた装束に身を包む柄の悪い二人は、正しく野盗か何かに違いない。
マークス侯爵家の一件が解決した矢先にこのような問題に見舞われるなんて、私はなんとも不運な人間である。
どうしてこんなことに、私は自分の不運さというものを呪っていた。
「マルガン様、見つけましたよ」
「……え?」
不幸を嘆いていた私は、野盗が口にした名前で思わず彼が呼びかけた方を見た。
するとそこから、見覚えがある男性が歩いてきた。その男性とは、つい数時間前にマークス侯爵家を追い出されたはずのマルガン様である。
「……ご苦労だったな、ワーグル。そいつ以外の者は、お前達の好きにしろ。女は生かしているようだが、売り飛ばすのか?」
「そのつもりです。しかしあんたも悪い人だ。この女、あなたの元妻なんでしょう?」
「その辺りの詮索は不要だ。色々と情報を渡してやったんだから、それでいいだろう」
「まあ、それはもちろんです。これからも御贔屓にしていただきたいものですね」
冷淡な顔をしているマルガン様に対して、ワーグルと呼ばれた男性は下卑た笑みを浮かべていた。
その光景に、私は息を呑む。この状況を引き起こした者が一体誰なのか、それがよくわかったからだ。
考えてみれば、野盗達の手際は良すぎていた。ただの野盗が貴族の馬車を襲ってここまで上手くいったのは、彼が情報を流していたからなのだ。
「マルガン様……」
「……久し振りという程でもないか。エリシア、僕はお前に会いたかったぞ?」
「や、やめて――あうっ!」
マルガン様は、私を馬車から強引に引きずり出した。私はほぼ投げ出される形で、地面に伏せることになった。
すると周囲の惨状が、鮮明に見えてきた。野盗達は一団となっていた私の馬車を襲い尽くし、御者や護衛といった男性を手にかけ、女性は拘束しているようだ。
「エリシア様っ……んぐっ!」
そこにはメイドのケイティアもいる。
ディオン様の命令で嫁ぐ私についてきてくれていた彼女は、悲痛な面持ちでこちらを見つめていた。
それを見た私は、思わずマルガン様を睨みつける。彼の非道というものを思い知り、私は激しい怒りを覚えたのだ。
「はっ! 今のお前に睨みつけられた所で、痛くも痒くもない……しかしなんとも、無様なものだな。薄汚い平民のお前には、お似合いの格好だといえる」
「マルガン様、あなたはどういうつもりですか? このようなことをして、許されると思っているのですか?」
「知ったことか! 最早僕には、帰る場所もない。何をしたとしても関係なんてないのさ。そう、この状況を招いたのはお前だ、エリシア。お前のせいで僕は落ちたんだ。その報いを受けろ!」
そこでマルガン様は、携えていた剣を振り上げた。
しかし私は、マルガン様を睨みつけ続ける。それが今の私にできるせめてもの抵抗だ。
ここで怯えて震え上がれば、マルガン様の留飲を下げることになる。それだけは許せなかった。だから私は、彼から視線を離さない。
「――うぎゃあっ!」
「……何?」
そんな風にマルガン様しか見ていなかった私は、聞こえてきた声に驚くことになった。
それは先程までマルガン様と話していた野盗、ワーグルの声だ。彼はなんとも苦しそうに、叫びをあげている。
それにはマルガン様も、驚いているようだ。彼は腕を止めて、声が聞こえてきた方向に視線を向けている。
「なんだ……?」
「あれは……」
マルガン様に倣って視線を向けると、そこには一人の男性が立っていた。
私と同年代くらいに見える若い男性の傍らには、ワーグルらしき人物が倒れている。どうやら男性が、彼を切り捨てたらしい。
整った顔立ちの金髪の男性は、猛禽類のようにマルガン様を捉えている。彼は既に、この惨状を引き起こしたのが誰であるかを悟っているようだ。
ダンカー子爵家の屋敷に帰るために、私は馬車に乗っていた。
しかしその馬車が突然揺れ、やがて動きを止めたことに、私は動揺することになった。
何か問題でも発生したのだろうか。急停止するとなると、道に子供でも飛び出してきたのかもしれない。
「うぎゃあっ!」
「こ、この声は……」
直後に聞こえてきた声で、私は自分の考えが甘いものだったことを悟った。
今の叫び声は、恐らく私の馬車の御者の声だ。それから断続的に、いくつかの悲鳴が聞こえてくる。それらは護衛や私について来ていた別の馬車に乗っている使用人達の声だ。
「そ、そんな、まさか……」
どうやら私達は、野盗か何かに襲われているらしい。
私は咄嗟に、馬車の中で縮こまる。とりあえず自身の身を守らなければならない。そう思っての行動だった。
ただ私が見つかるのも、時間の問題であるだろう。そう思っていると、馬車の戸が開いた。
「……おっと、こいつは当たりか?」
「多分、そうだろうさ。明らかに貴族様という感じだ」
私の目に入ってきたのは、二人の男性だった。
上等であるとは言い難い汚れた装束に身を包む柄の悪い二人は、正しく野盗か何かに違いない。
マークス侯爵家の一件が解決した矢先にこのような問題に見舞われるなんて、私はなんとも不運な人間である。
どうしてこんなことに、私は自分の不運さというものを呪っていた。
「マルガン様、見つけましたよ」
「……え?」
不幸を嘆いていた私は、野盗が口にした名前で思わず彼が呼びかけた方を見た。
するとそこから、見覚えがある男性が歩いてきた。その男性とは、つい数時間前にマークス侯爵家を追い出されたはずのマルガン様である。
「……ご苦労だったな、ワーグル。そいつ以外の者は、お前達の好きにしろ。女は生かしているようだが、売り飛ばすのか?」
「そのつもりです。しかしあんたも悪い人だ。この女、あなたの元妻なんでしょう?」
「その辺りの詮索は不要だ。色々と情報を渡してやったんだから、それでいいだろう」
「まあ、それはもちろんです。これからも御贔屓にしていただきたいものですね」
冷淡な顔をしているマルガン様に対して、ワーグルと呼ばれた男性は下卑た笑みを浮かべていた。
その光景に、私は息を呑む。この状況を引き起こした者が一体誰なのか、それがよくわかったからだ。
考えてみれば、野盗達の手際は良すぎていた。ただの野盗が貴族の馬車を襲ってここまで上手くいったのは、彼が情報を流していたからなのだ。
「マルガン様……」
「……久し振りという程でもないか。エリシア、僕はお前に会いたかったぞ?」
「や、やめて――あうっ!」
マルガン様は、私を馬車から強引に引きずり出した。私はほぼ投げ出される形で、地面に伏せることになった。
すると周囲の惨状が、鮮明に見えてきた。野盗達は一団となっていた私の馬車を襲い尽くし、御者や護衛といった男性を手にかけ、女性は拘束しているようだ。
「エリシア様っ……んぐっ!」
そこにはメイドのケイティアもいる。
ディオン様の命令で嫁ぐ私についてきてくれていた彼女は、悲痛な面持ちでこちらを見つめていた。
それを見た私は、思わずマルガン様を睨みつける。彼の非道というものを思い知り、私は激しい怒りを覚えたのだ。
「はっ! 今のお前に睨みつけられた所で、痛くも痒くもない……しかしなんとも、無様なものだな。薄汚い平民のお前には、お似合いの格好だといえる」
「マルガン様、あなたはどういうつもりですか? このようなことをして、許されると思っているのですか?」
「知ったことか! 最早僕には、帰る場所もない。何をしたとしても関係なんてないのさ。そう、この状況を招いたのはお前だ、エリシア。お前のせいで僕は落ちたんだ。その報いを受けろ!」
そこでマルガン様は、携えていた剣を振り上げた。
しかし私は、マルガン様を睨みつけ続ける。それが今の私にできるせめてもの抵抗だ。
ここで怯えて震え上がれば、マルガン様の留飲を下げることになる。それだけは許せなかった。だから私は、彼から視線を離さない。
「――うぎゃあっ!」
「……何?」
そんな風にマルガン様しか見ていなかった私は、聞こえてきた声に驚くことになった。
それは先程までマルガン様と話していた野盗、ワーグルの声だ。彼はなんとも苦しそうに、叫びをあげている。
それにはマルガン様も、驚いているようだ。彼は腕を止めて、声が聞こえてきた方向に視線を向けている。
「なんだ……?」
「あれは……」
マルガン様に倣って視線を向けると、そこには一人の男性が立っていた。
私と同年代くらいに見える若い男性の傍らには、ワーグルらしき人物が倒れている。どうやら男性が、彼を切り捨てたらしい。
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