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「まあ、僕が言うのはおかしいかもしれませんが、とりあえず座りませんか? いつまでも立ちながら話すのもなんですし」
「あ、申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらず」

 ずっと立ちながら話していたので、ゼルーグ殿下はそんな提案をしてきた。
 これは、私の落ち度でしかない。本来であるなら、私の方からそういった提案をするべきであっただろう。
 貴族としての振る舞いなどに関しては、本や教材などによって一応頭の中に入っている。だが、それを自由自在に引き出せる程の経験が私にはないのだ。

「あなたがどういった扱いを受けてきたかは僕もある程度知っています。ですから、あなたの振る舞いに関して、僕は特に気にしません。ですから、どうかあなたも無礼だとかそういったことはお気になさらないでください」
「で、でも……」
「そもそも無礼であるというなら、僕の方が無礼です。突然あなたを訪ねた訳ですからね」
「それは……」

 ゼルーグ殿下は、私にとても優しかった。
 無礼であっても構わない。そう言われると、気は幾分か楽になる。
 とはいえ、こういうことを鵜呑みにして気を抜いていい訳はないだろう。相手は王族である。その意識は、常に持っているべきだ。

「というか、こう言っては失礼かもしれませんが、対人経験があまりないあなたがそこまで気が回るということに僕は驚いているくらいです」
「それに関しては、本で知識を得ていましたからですね」
「……本を読んだだけで、そこまで立ち振る舞いというものがわかるものなのですか?」
「それしかやることがなかったので……」
「なるほど……」

 私の言葉に、ゼルーグ殿下は少し悲しそうな顔をした。
 彼は、私の境遇を知っていると言っていた。閉じ込められていたという事実を改めて認識して、心を痛めてくれているのかもしれない。
 やはり、彼は優しい人であるようだ。なんとなくそれは理解できた。
 だが、それで彼を完全に信用できるという訳ではない。私を妻にしたいという要求がどういうことであるか、その真意を聞くまで油断することはできないのだ。

「さて、それでは僕がここに来た真意について語らなければなりませんね」
「ええ、お願いします」
「少々長い話になるかもしれません。構いませんか?」
「はい、問題ありません。ゼルーグ殿下のご都合が許す限り、こちらは大丈夫です」
「そうですか。それなら、まずは僕がとある人物にあったことから話すと致しましょう」
「とある人物?」

 ゼルーグ殿下は、そこで穏やかな笑みを浮かべた。
 その笑みには、少し儚いような印象がある。恐らく、彼があったその人物というのは、既に会えない人になっているのだろう。
 そしてその人物とは、彼がここに来た理由だと考えられる。そう考えた時に浮かんでくる人物がいた。
 しかし、本当にそうなのだろうか。そう思いながら、私は彼の言葉を待つのだった。
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