上 下
18 / 24

リンゴ

しおりを挟む
翌朝目覚めると、熱は38℃まで下がっていた。

相変わらずのどが痛くて咳と鼻水も出る。

私は起きて、昨日先輩が買ってきてくれたドリンクを飲み、リンゴをすりおろして食べると、病院に行って薬をもらって帰ってきた。

リンゴを食べて薬を飲んでひたすら寝る生活を送った。



私は夢を見ていた。

これは前回風邪をひいた時の夢だ。

担当のバースデーイベント前に風邪をひいて寝込んでしまった私は、行けないという連絡をした。

すると、5分で帰っていいから絶対来いとの電話がきて私は熱のある体を引きずってお店に行ったのだ。

私は席に着くことも担当と会うこともなく、約束していたお酒だけ入れてお会計をして帰った。

後日担当からは「バースデー前に風邪ひくなんてお前は本当に役立たずだな」というお言葉をいただいた。

担当は担当でお店からはイベントの主役として、高額売り上げのプレッシャーがかけられていた。

バースデーイベは特別なものだから、前もって少し高め(私にとってはかなり高め)のお酒を入れる約束をしていたので私も悪かったと思う。

でもそのころから私は虚しさを感じ始めたのだった。



嫌な夢を見た私は電気を点けてベッドから起き、ドリンクを飲んだ。

するとチャイムが鳴った。

先輩だった。



「悪い。起こしたか?」

「今ちょうど起きたところです。気にしないでください」

「体調はどうだ?病院は行ったか?」

「昨日よりだいぶ良くなりました。病院に行って薬もらってきました。寝てれば治りそうです」

「そうか。リンゴだ」

先輩はリンゴを渡してくれた。

「ありがとうございます。ちょうどリンゴが終わりそうだったので助かります」

今日は忘れずに感謝の言葉を伝えた。

「なら良かった。また明日も来るから、良く寝て早く元気になれ」

先輩は帰って行った。



先輩は忙しい。

私の風邪が先輩に感染してしまう危険性もある。

だから明日は来なくて大丈夫ですってメッセージを送ったほうがいいよね。

そう思って私はスマホを手に取った。

けれど風邪で心が弱っているのか、先輩に迷惑だと分かっているのに会いたい気持ちが強くなってしまっていた。

私がメッセージを送らなければ、きっと明日も先輩は来てくれる。

結局メッセージの作成すらせずに私はスマホを置いた。



翌朝起きると、かなり体が軽くなっているのが自分でもわかった。

熱を測ってみると37.5℃。

ここで油断せずに体を休めたほうがいいと思うけれど、在宅の仕事が溜まっているのでそろそろ仕事をしたい。

 
私は2日間ため込んだ家事と仕事を夕方までこなした。

一段落したので残りは明日に回そうと仕事を切り上げると、玄関チャイムが鳴った。先輩だ。



 先輩は今日もリンゴを持ってきてくれた。

「今日は早いですね」

「今日は土曜だから早く上がった」

「熱もかなり下がって体も楽になりました。先輩のおかげです。ありがとうございます」

「ずいぶんすっきりした顔してるな」

「はい。そうだ。明日はせっかくの休みなんだし来ていただかなくて大丈夫です。先輩も体を休めてください」

「俺はせっかくの休みには会いたいけどな。まぁ、分かった」

先輩は軽い気持ちで言ったんだと思う。

でも休みに会いたいって言ってもらえるなんて幸せすぎてもう泣きそうだ。
しおりを挟む

処理中です...