婚約を白紙に戻すそうですが、そんなの認めません!先回りさせていただきます。

国湖奈津

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お仕事開始

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「来てしまったものは仕方ありません。とりあえず、リュシー様のお望み通りやってみましょうか」

しばらく1人で思案していたパットさんは、疲れ切ってあきらめたような顔でこう言った。

「それでは、ついてきてください」

パットさんに連れられて、私は地下1階に向かった。

「ここは大掃部の基地となる部屋です。朝5時にここに集合して掃除道具を持ち、それぞれの持ち場で掃除をします」

パットさんが説明してくれるけれど、朝5時から仕事するらしいと聞いて自分に務まるだろうかと不安になった。
今まで生きてきて、朝5時に起きていたことがあっただろうか。

(ダメダメ、そんなんじゃ。イザックの心を取り戻すためよ!)
どうにかやる気を奮い立たせる。

「ここに出入りしている者たちは皆、あなたの先輩に当たります。『おはようございます。ありがとうございます。失礼します』といった挨拶をしてください」

「はい」
そうだ。返事をしないと。
そして挨拶もね。

私たちはバケツに入った掃除道具一式と着替えを持って、地下3階の部屋に戻った。

「まずは、仕事着に着替えてください」
パットさんに手伝ってもらいながら着替えていく。

途中で明日の朝は誰にも手伝ってもらえないだろうと気づき、背筋に冷汗が流れた。

「もう1度着てみて良いですか?」
私はパットさんに頼み、自分だけで着る練習をさせてもらった。

白いズボンをはいて、その上に黒いワンピースを着る。
ワンピースの上に黒いエプロンをつける。

「髪はまとめやすいように縛って、帽子の中に入れてください。くれぐれも髪が帽子から出ないように」

黒い帽子には紐が通してあった。
紐をギュッと結ぶと、帽子の中に収納した髪が出てこなくなる。
これがなかなか難しい。

「下を向いてやると早いですよ」

コツを教えてもらいながら、どうにか着替えることができた。

「そうしたら、次はこの部屋を掃除してみましょうか」

パットさんにお手本を見せてもらいながら、自分の部屋を掃除していく。

「与えられた持ち場を左から右に掃除しましょう」

「割れたりひびが入ったりしている個所を見つけたら、掃除をせずに報告しましょう」

「四隅にごみがたまりやすいです」

「モップは腰を入れて使いましょう」

「雑巾の絞り方は、こうです」

雑巾の絞り方が分からないと言うと、パットさんは衝撃を受けたような顔をしていたけれど、すぐに丁寧に教えてくれた。

「最後にベッドの下を掃除します」
「はい」

パットさんは床に膝をついて這いつくばり、ベッドの下に手を伸ばした。
私も同じようにする。

「最初はどうなることかと思いましたが、リュシー様は素直に何でもやってくださるので案外どうにかなるかもしれません。明日からもその調子で、指示通りに掃除し、分からないことは周りの者に聞いてください。私はリュシー様と2人の時以外は、あなた様をミラだと思って接することにいたします。敬語も使いません。本当によろしいんですね?」

パットさんは私に確認してきた。

「もちろん。そうお願いしたのは私よ。私のことはミラと呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


パットさんの指導が終わった。
私は気になっていることを尋ねてみることにした。

「ちょっと質問してもいいかしら?」

「はい、何でしょう」

「私はお掃除係りなのよね?どこを掃除するかもう決まっているのかしら?できればイザック殿下の部屋を掃除したいのだけれど」

王宮へ来た目的の1つに、イザックの髪を手に入れるというものがある。
黒魔術の儀式に使うためだ。

イザックの部屋の掃除係りになれれば、簡単に髪が手に入ると思う。

「イザック殿下の寝室など、私どもは掃除いたしませんよ。大掃部は王族の方々の私的なエリアは担当いたしませんので。私たちの担当は、主に王宮の中の公的な空間と、それから地下です」

「それじゃあ、イザック殿下の部屋にはお仕事中に入れないの?」

「もちろん、そうです。そもそも王族の方の部屋には極限られた人間しか入ることはできません。この王宮で働く使用人は3000人おりますが、王族の方々の私的な空間に入れるのはその中の50人くらいでしょう」

「そんな…」
それじゃあ、どうやって髪を手に入れたらいいの…?
私はガックリと肩を落とした。
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