14 / 24
ミラ
しおりを挟む
私は今、大きな荷物を持って王宮の門の前で列に並んでいる。
夜会の時にいつも馬車で通り抜ける南の正門ではなく、王宮の裏側にある門だ。
ここに門があるということを、私は知らなかった。
こちら側から見る王宮は日陰になっているせいか、なんだか圧迫感があるように思える。
緊張しているせいで、そう感じるだけかもしれない。
2日前、私は医師を連れ、コニーの実家に向かった。
コニーとリナにも同行してもらった。
コニーの妹・ミラやご家族に事情を説明するためには、2人もいた方が話が早いだろうと判断してのことだ。
ミラの体調は、私が思っていたよりも悪かった。
熱が高く咳もひどい。
私はミラの代わりにご家族に事情を説明した。
特に万が一の時の保障については、きちんと説明させてもらった。
もしもミラと私の入れ替わりが露見し、パットやミラの経歴に傷がつくようなことがあれば、必ずカナルソル侯爵家で恩給を出す。
ご家族はミラやパットのことをとても心配していたけれど、どうにか納得してもらい、今私はここに立っている。
私の前に並んでいる男性は、野菜を運んできたようだ。
何かの紙を門番に見せ、少し会話をして門の中に入っていく。
次は私の番だ。
門番のいる小屋の前に進み、どさりと荷物を地面に置いた。
そして練習した通り、ミラから預かった採用通知を門番に見せた。
「名前と配属先を言いなさい」
門番は通知に書いてあることを聞いてきた。
「大掃部に配属されたミラ・ネールです」
「よし、では入ってすぐの右の部屋に行きなさい。そこでもこの通知を見せること」
「はい。ありがとうございます」
こちらの門から入ったことが一度もない上、王宮の裏側には立ち入ったこともない。
中がどうなっているのかわからないので、門番の指示はありがたかった。
ついさっき置いた荷物を、すぐに持ち上げた。
腰にぐっと重みがかかる。
(入ってすぐの右の部屋…)
忘れないように心の中でつぶやきながら進んでいく。
(たぶん、ここよね)
後ろを振り返り、他に扉がないことを確認した。
(きっとここね)
思い切って扉を開く。
すると、そこはとても狭い部屋になっていた。
女性が3人机に座っている。
王宮の中にこんなに狭い部屋があるということに、まず驚いた。
驚いたまま突っ立っていると、正面に座っていた女性と目が合った。
(ハッ!驚いている場合ではないわ)
「大掃部に配属になったミラ・ネールです」
我に返り、通知を女性に渡す。
きっと私のような不慣れな新入りに慣れているのだろう。
女性は私の様子を特に気にすることなく、淡々と通知に目を通していた。
「パット・ベクレルさんの紹介ですね。では、大掃部に案内します。荷物を忘れないで」
女性は奥の扉を開き、私を案内した。
扉を開くと、そこは地下に続く階段になっていた。
大きな荷物を抱えているので、階段を踏み外さないか少し心配だ。
薄暗い階段を慎重に降りていくと、活気のある声が聞こえてきた。
「地下1階は多くの部署の仕事場になっています。地下2階と3階は使用人の部屋です」
説明してくれる女性の横を、荷物を持った使用人たちが通り抜けていく。
皆忙しそうに働いている。
邪魔にならないように、壁に体をくっつけた。
「部屋に案内します。あなたの部屋は地下3階の端ですね。新入りは部屋が職場から遠いですが、長年働いていればだんだん部屋は近くなっていきます」
説明を受けながら案内されたのは、地下3階の端の暗くて狭い部屋だった。
ベッドが2台置かれているだけで、他は何もない。
窓が無く陽が差さないので、火がなければ昼間でも真っ暗だ。
(セサンパ号の寝床よりも、この部屋は狭いかもしれないわ)
領地で世話をしている愛馬の寝床が思い浮かんだ。
あの小屋は陽が差し明るいから、ここよりもマシかもしれない。
「荷物を整理して、しばらくここで待っていてください。大掃部の者を呼んできますので」
茫然と部屋を見ていた私に声をかけ、女性は部屋から出て行った。
整理しろと言われても、ベッドしか家具がないのに、一体どう整理しろと言うのだろうか。
先行きがかなり不安だ。
この部屋のベッドは、どちらも使われていないようだった。
とりあえず入って右のベッドの下に持ってきたバッグを置き、ベッドに腰かけた。
これほど重い荷物を持って長い距離を歩いたのは初めてのことだった。
腕が変になりそうだ。
しばらくすると、人がやってくる気配がして、ドアがノックされた。
慌てて立ちあがり返事をすると、小柄な年配の女性が入って来た。
「ミラ、来たわね…」
と言って私を見た女性は、固まってしまった。
「あなたは、ミラではないわね。一体誰?ミラはどうしたの?曲者!?」
女性は扉に駆け寄った。
部屋から出て助けを呼ぼうとしている。
一応ミラと同じ明るい茶髪のかつら(前髪長めの三つ編み)をかぶって来たけれど、すぐに見抜かれてしまったようだ。
「わぁぁ!待ってください。落ち着いて。これを読んで」
きっとこの女性がパットさんだろうと判断し、私はバッグの中から手紙を取り出しパットさんに押し付けた。
色々相談して、パットさんには事前に知らせずに押しかけて来た。
知らせたら絶対に反対されるだろうし、反対されても行くつもりならパットさんを事前に巻き込むべきではないだろうと思ってのことだ。
その代わり、パットさんのお姉さん(コニーとミラの母親)に手紙を書いてもらった。
手紙では私が来た経緯が説明されている。
「あなたは、リュシー・カナルソル様?」
手紙を読み終えたパットさんは、私を見て言った。
「はい、そうです」
答えると、パットさんは目を丸くした。
「ここでの仕事は掃除ですよ?あなた様にできるのですか?」
「掃除をしたことはありませんが、昨日1日だけ部屋を掃除してみました。王宮では言われたことに対して全て『はい』と答え、指示通りに動くようにとアドバイスを受けました。私のことはミラだと思って、バシバシ鍛えてください。よろしくお願いします」
教えられたとおりに、腰を90度に折ってお辞儀をした。
しばらくそのままでいたけれど、パットさんから反応がない。
体を起こし様子を見てみると、パットさんは扉にへばりついて固まっていた。
夜会の時にいつも馬車で通り抜ける南の正門ではなく、王宮の裏側にある門だ。
ここに門があるということを、私は知らなかった。
こちら側から見る王宮は日陰になっているせいか、なんだか圧迫感があるように思える。
緊張しているせいで、そう感じるだけかもしれない。
2日前、私は医師を連れ、コニーの実家に向かった。
コニーとリナにも同行してもらった。
コニーの妹・ミラやご家族に事情を説明するためには、2人もいた方が話が早いだろうと判断してのことだ。
ミラの体調は、私が思っていたよりも悪かった。
熱が高く咳もひどい。
私はミラの代わりにご家族に事情を説明した。
特に万が一の時の保障については、きちんと説明させてもらった。
もしもミラと私の入れ替わりが露見し、パットやミラの経歴に傷がつくようなことがあれば、必ずカナルソル侯爵家で恩給を出す。
ご家族はミラやパットのことをとても心配していたけれど、どうにか納得してもらい、今私はここに立っている。
私の前に並んでいる男性は、野菜を運んできたようだ。
何かの紙を門番に見せ、少し会話をして門の中に入っていく。
次は私の番だ。
門番のいる小屋の前に進み、どさりと荷物を地面に置いた。
そして練習した通り、ミラから預かった採用通知を門番に見せた。
「名前と配属先を言いなさい」
門番は通知に書いてあることを聞いてきた。
「大掃部に配属されたミラ・ネールです」
「よし、では入ってすぐの右の部屋に行きなさい。そこでもこの通知を見せること」
「はい。ありがとうございます」
こちらの門から入ったことが一度もない上、王宮の裏側には立ち入ったこともない。
中がどうなっているのかわからないので、門番の指示はありがたかった。
ついさっき置いた荷物を、すぐに持ち上げた。
腰にぐっと重みがかかる。
(入ってすぐの右の部屋…)
忘れないように心の中でつぶやきながら進んでいく。
(たぶん、ここよね)
後ろを振り返り、他に扉がないことを確認した。
(きっとここね)
思い切って扉を開く。
すると、そこはとても狭い部屋になっていた。
女性が3人机に座っている。
王宮の中にこんなに狭い部屋があるということに、まず驚いた。
驚いたまま突っ立っていると、正面に座っていた女性と目が合った。
(ハッ!驚いている場合ではないわ)
「大掃部に配属になったミラ・ネールです」
我に返り、通知を女性に渡す。
きっと私のような不慣れな新入りに慣れているのだろう。
女性は私の様子を特に気にすることなく、淡々と通知に目を通していた。
「パット・ベクレルさんの紹介ですね。では、大掃部に案内します。荷物を忘れないで」
女性は奥の扉を開き、私を案内した。
扉を開くと、そこは地下に続く階段になっていた。
大きな荷物を抱えているので、階段を踏み外さないか少し心配だ。
薄暗い階段を慎重に降りていくと、活気のある声が聞こえてきた。
「地下1階は多くの部署の仕事場になっています。地下2階と3階は使用人の部屋です」
説明してくれる女性の横を、荷物を持った使用人たちが通り抜けていく。
皆忙しそうに働いている。
邪魔にならないように、壁に体をくっつけた。
「部屋に案内します。あなたの部屋は地下3階の端ですね。新入りは部屋が職場から遠いですが、長年働いていればだんだん部屋は近くなっていきます」
説明を受けながら案内されたのは、地下3階の端の暗くて狭い部屋だった。
ベッドが2台置かれているだけで、他は何もない。
窓が無く陽が差さないので、火がなければ昼間でも真っ暗だ。
(セサンパ号の寝床よりも、この部屋は狭いかもしれないわ)
領地で世話をしている愛馬の寝床が思い浮かんだ。
あの小屋は陽が差し明るいから、ここよりもマシかもしれない。
「荷物を整理して、しばらくここで待っていてください。大掃部の者を呼んできますので」
茫然と部屋を見ていた私に声をかけ、女性は部屋から出て行った。
整理しろと言われても、ベッドしか家具がないのに、一体どう整理しろと言うのだろうか。
先行きがかなり不安だ。
この部屋のベッドは、どちらも使われていないようだった。
とりあえず入って右のベッドの下に持ってきたバッグを置き、ベッドに腰かけた。
これほど重い荷物を持って長い距離を歩いたのは初めてのことだった。
腕が変になりそうだ。
しばらくすると、人がやってくる気配がして、ドアがノックされた。
慌てて立ちあがり返事をすると、小柄な年配の女性が入って来た。
「ミラ、来たわね…」
と言って私を見た女性は、固まってしまった。
「あなたは、ミラではないわね。一体誰?ミラはどうしたの?曲者!?」
女性は扉に駆け寄った。
部屋から出て助けを呼ぼうとしている。
一応ミラと同じ明るい茶髪のかつら(前髪長めの三つ編み)をかぶって来たけれど、すぐに見抜かれてしまったようだ。
「わぁぁ!待ってください。落ち着いて。これを読んで」
きっとこの女性がパットさんだろうと判断し、私はバッグの中から手紙を取り出しパットさんに押し付けた。
色々相談して、パットさんには事前に知らせずに押しかけて来た。
知らせたら絶対に反対されるだろうし、反対されても行くつもりならパットさんを事前に巻き込むべきではないだろうと思ってのことだ。
その代わり、パットさんのお姉さん(コニーとミラの母親)に手紙を書いてもらった。
手紙では私が来た経緯が説明されている。
「あなたは、リュシー・カナルソル様?」
手紙を読み終えたパットさんは、私を見て言った。
「はい、そうです」
答えると、パットさんは目を丸くした。
「ここでの仕事は掃除ですよ?あなた様にできるのですか?」
「掃除をしたことはありませんが、昨日1日だけ部屋を掃除してみました。王宮では言われたことに対して全て『はい』と答え、指示通りに動くようにとアドバイスを受けました。私のことはミラだと思って、バシバシ鍛えてください。よろしくお願いします」
教えられたとおりに、腰を90度に折ってお辞儀をした。
しばらくそのままでいたけれど、パットさんから反応がない。
体を起こし様子を見てみると、パットさんは扉にへばりついて固まっていた。
0
あなたにおすすめの小説
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる