罪の在り処

橘 弥久莉

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第一章:瞳に宿る影

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 「仲いいよね、ホントに」

 「そうかな。永輝のところも佐奈さなちゃんと
仲いいでしょ?」

 不意に出されたその名に、どきりとする。
 同校に在籍する二つ下の妹は、優れた頭脳
と才覚を併せ持ちながらも、控え目な性格の
せいか教師陣からチヤホヤされることはない。

 期待されない方が気楽でいいのに、どうし
て僕ばかり……。つい、そんなことを思って
しまった僕の手を、柔らかな手の平が包んだ。

 「早く行こう、永輝。夕陽が沈んじゃう」

 「うん」

 心春が一歩先を歩く形で、僕たちは海山公
園へと向かう。夕凪橋を渡りさらに五分ほど
行くと標高五十三メートルの海鳥山が聳え、
公園の頂上には三百六十度の大パノラマが広
がる展望台が建っている。その展望台に上り、
地平線に沈む夕陽を見るのが心春は大好きで、
僕たちはデートの度にここを訪れていた。

 「うわぁ、きれーい」

 潮風に制服のスカートを預けながら、心春
が展望台の手摺りを握る。僕は彼女の隣に立
つと、いつもと変わらぬ眺望絶佳ちょうぼうぜっかに深く息を
吸い込んだ。

 人気のない展望台に、茜色の影が寄り添う。
 そっと彼女の肩を抱くと、心春は僕の腰に
手を回した。

 「来年の今日も、再来年の明日も、わたし
たち、ずっと一緒にいられるかな?」

 「え?」

 まるで詩を口ずさむようにそんなことを言
う恋人に、僕は面映ゆい表情を向ける。地元
の女子大を受ける心春と、県外の旧帝大を受
ける僕。二人の進む道が異なることを思えば、
そんな不安が頭を擡げるのは仕方ないことな
のかも知れない。僕は心が洗われるような海
と陽の光を見やりながら、頷いた。

 「うん。絶対一緒にいられるよ」

 そう口にした途端、心春がジト目を向けて
くる。

 「さっき『この世に絶対はない』って断言
した人が『絶対』とか言うかな。説得力ない
なぁ」

 「あれは、ほら、受験に対してそう言った
だけで。僕の気持ちは『絶対』変わらないと
思ってるからそう言ったんだよ。わかってる
クセに揚げ足とるなって」

 しどろもどろに答える僕に、心春が揶揄う
ような笑みを向けてくる。そしてもう片方の
手を回し、ぎゅっ、と僕を抱き締めると満た
された声で言った。

 「大好き、永輝。ずっと、ずーっと大好き
だからね」

 「僕も、大好きだよ。ずっと」

 答えながら抱き締めれば、慣れた体の厚み
がすっぽりと腕の中に収まる。僕たちは誓い
のキスを交わすように唇を重ねると、陽が沈
み、世界が瑠璃色に染まるまでその場に佇ん
でいた。


◇◇◇


 月に一度、完全非公開で行われる『心のよ
りどころ』は、事件の加害者家族だけが参加
できる交流会だ。今日も十二人の参加者たち
が白いテーブルを囲むように座っているのだ
が、素顔を知られたくないと思う人もいるの
だろう。人目を憚るように目深帽子を被って
いる人や、サングラスで目元を隠している人
もいた。

 僕は閉じられたボイルカーテンから射し込
む光が淡くなっているのを認めると、会を進
行するファシリテーターとして、話の途中で
言葉を詰まらせてしまった男性に話し掛けた。
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