罪の在り処

橘 弥久莉

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第二章:僕たちの罪

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 『とべ』、『キリン』というあだ名は武弘
が付けたものだが、クラスメイトや他の友人
たちも、ほとんどが僕たちをそう呼んでいる。

 卜部の『卜』をカタカナの『ト』に置き替
えて呼ばれるのはこの苗字の宿命とも言える
のだが、高身長も相まってマサの『キリン』
も実にしっくりくるあだ名だった。昨今、
あだ名はいじめを助長するからと禁止する
風潮があるが、僕たちの通う高校ではそうい
った指導はされていなかった。本人が傷つく
呼び方をするのは問題だが、あだ名は互いの
心の距離を縮める役割もあると僕自身は思っ
ている。何ごとも一面的になり過ぎると、他
の良い側面が見えなくなってしまうというこ
ともあるだろう。

 「しっかしさー、受験生とはいえ、土日が
模試で潰れるのはキツイよな。今週は記述
模試で来週の土曜は全国マーク模試だろ?
代休ねぇのに、いつ休めっていうんだよな」

 武弘が空を仰ぎながら盛大なため息をつく。
 僕たちは休日を返上して模試を受けに来た
帰りなのだ。平日ほど拘束時間は長くないに
しろ、明日からはまた通常通りの授業がある。

 学校の模試と塾の模試の合間に家では受験
勉強。息つく間もなく受験に突き進んでゆく
周囲の空気に呑まれ、僕もそれなりにストレ
スを溜めていた。

 「進路決めの二者面談も終わって、本番ま
であと半年ちょっと。模試が増えるのは仕方
ねぇだろ。模試終えて塾に直行してるヤツら
だっているんだからな」

 「そりゃそうだけどさ。成績優秀のキリン
は模試の解き直しも少ないだろうけど、オレ
は直しばっかに時間取られて塾の宿題も溜ま
ってんの。息抜きでもしねぇと、発狂しそう」

 両掌を空に向け、身悶えしながら十本の指
をわちゃわちゃ動かす。その様子に僕はマサ
と視線を交わし嘆息すると、「じゃあさ」と
提案した。

 「来週の日曜は久々にカラオケでも行くか。
僕もマサも日曜は塾休みだし、武弘も午後は
予定空いてるだろ?息抜きに二、三時間……」

 「あー、ゴメン!その日は無理!」

 「はっ?」

 てっきり、「行く行く」と満面の笑みで即答
するかと思いきや、被せるようにそう言った
武弘に、僕は虚を突かれてしまう。目を瞬い
ている僕に代わって、マサが理由を訊いてく
れた。

 「何だよ、まさか勉強で忙しいとか言わな
いよな?」

 「それは誓ってないんだけどさ、その日は
久しぶりにハムショップ行きたいんだよねぇ」

 「ハムショップって……アンテナや無線機
を取り扱ってる店だろ?相変わらず嵌まって
んのか、アマチュア無線」

 「ったりめーじゃん。受験終わったらちゃ
んと勉強して無線技士二級の試験受けようと
思ってるんだよね、オレ」

 得意げに言って武弘が腰に手をあてる。
 どういうきっかけで始めたのかは知らない
が、武弘は自他共に認める無線マニアなのだ。
 SNSの普及によってアマチュア無線を楽し
む人口は確実に減っているが、武弘はオタク
と呼べるほどに嵌まっていた。
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