罪の在り処

橘 弥久莉

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第三章:見えない送り主

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 そんな僕をさらに追い詰めたのが、心春の
存在だった。もともと独占欲が強く心配性な
気がある彼女は、浪人生活が始まってからも
恋人の時間を確保するよう、僕に迫ったのだ。

 予備校から帰ったら連絡を入れること。
 就寝前に一日の出来事を電話で話すこと。
 週に一度は必ずデートをすること。

 それらの約束は始めこそ恋人の可愛い我が
儘だと受け止めることも出来たが、三度目の
受験を失敗してからは、ただの苦痛に変わっ
てしまった。だから僕は、あの場所で別れを
告げたのだ。三百六十度、海が見渡せるあの
場所で。

 けれど別れを切り出した僕に、心春が浴び
せた言葉は母のそれと同類ものだった。

 「受からないことを人のせいにしないで!
永輝が受からないのは心が弱いからでしょ?
別れても受からなかったらどうするの?永輝、
言い訳できなくなっちゃうんだよ!?」


――言い訳って、なんだよ。


 せせら笑うように言った心春に、心の奥で
何かが壊れる音がした。その音と共に黒いも
のがぐるぐると渦巻き、忿怒となって全身を
震えさせる。

 「おまえに何がわかる」

 呻るようにそう口にした瞬間、僕は力の
限り彼女を突き飛ばしていた。驚愕に見開か
れた彼女の瞳が柵の向こうに落ちてゆくのを
見た時、「これで何もかも終わった」と心が
楽になったのだった。

 「あそこから飛び降りたいのは、僕の方
だったのに……」

 なのにどうして彼女は死に、僕は生きてい
るのだろう?その答えはいまも見つからない
まま、僕は重い十字架を背負い続けている。


◇◇◇


 「ごめんなさい。やっぱり電源切ってるみ
たい、繋がらないわ」

 携帯を手にリビングに戻って来たすみれさ
んが、僕たちの前に座る。僕は彼女と視線を
交わすと、マグカップに珈琲を注いでくれた
すみれさんに言った。

 「お約束もせず突然お邪魔したのは僕たち
ですから、連絡がとれないなら仕方ないです」

 「でも、せっかく佐奈ちゃんが来てくれた
のに。このまま会えずに帰してしまうのもね。
ハローワークは十九時に閉館するから、その
頃には連絡もつくと思うんだけど」

 壁掛け時計を見てすみれさんが眉を寄せる。
 現在の時刻は、午後十三時を過ぎたところ。

 このまま、ここで六時間以上も待たせても
らう訳にはいかないだろう。僕は淹れたての
熱い珈琲を口に含むと、何をどう切り出すべ
きか、しばし思案した。


 早川すみれから届いた手紙の住所を頼りに
僕たちが訪れたのは、東急目黒線沿線の閑静
な住宅街だった。検索したマップに倣い、駅
から十分ほど歩くと、赤茶の煉瓦が印象的な
マンションに辿り着いた。
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