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【恋色スケッチ】
しおりを挟むそんな理由がふたりの微妙な関係を保つ
要素となっていて、互いの寂しさを
受け止めるクッションのような存在にも
なっていた。
「今日は眠れそう?」
「どうかな」
俺はデスクの上のデジタル時計に目をやった。
-----時刻は2:48
頭の中はくっきりと冴えて、
やはり眠れそうにない。
「もう眠れよ。明日は土曜だし、
朝もゆっくりしてって構わないから」
「そう?じゃあ悪いけど、先に寝るね」
時計に目をやったまま、そう言った俺に
尚美はあくびをひとつして、目を閉じる。
間もなく、静かな寝息が隣から聞こえた。
俺は尚美を起こさないよう、ベッドから
そっと抜け出すと、キッチンへ向かった。
戸棚から白い紙袋を取り出す。
小さな橙色の錠剤を見て、俺はふと考えた。
明日は休日で大した用もない。
尚美を送り出したあと、軽くジムで躰を
動かして、またあの店に行くぐらいだ。
だから、眠剤を飲んでまで無理に眠る
必要もない。俺は薬を袋へ戻すと、
そっと、棚の奥へしまった。
眠るための薬を手放せなくなってから、
何年経つだろうか-----
俺は離婚した妻の顔を思い浮かべた。
綺麗な女だった。
我儘で、少し気の強いところはあったけれど、
しっかりとした自分の考えを持っていて、
恋人としても、同僚としても、
最良のパートナーだった。
彼女となら、一生やっていける。
そう信じて、“不変の愛”を誓った結婚は、
わずか8カ月で破綻した。
離婚に至るほどの決定的な理由が
あったわけでは、なかった。
強いて言うなら“性格の不一致”。
一番漠然とした、けれど、もっとも
離婚の理由として多いものだ。
どの夜から眠れなくなったのかは、
もう覚えていない。
仕事に疲れ、結婚生活に疲れ、疲れた体を
ベッドに沈めても、頭の中はくっきり
したまま………眠りは訪れなくなった。
体は限界に達し、いつしか人生が辛くなり、
気が付いた時には心療内科に足を運んでいた。
似ている、かもしれない。
久々に思い出した妻の顔と、ゆづるの
それが重なる。顔の造りはゆづるの方が繊細で、
整っている。けれど、線の細い体つきや長い髪、
睫毛の長い双眸は同系列のものだ。
俺は無意識に妻の面影を、
求めているのだろうか?そんなことを思って、
俺は首を横に振った。
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