Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

文字の大きさ
47 / 105

【運命の交差点】

しおりを挟む
「はい」と振り返ってはにかむと、

彼はまた困ったように俯く。

つい、呼び止めてしまったのだろう。

何を言っていいかわからない、といった

様子で開きかけた唇を舐めると徐に聞いた。

「あの子は……幸せなんでしょうか?」

「…………」

「あ、いえ……失礼」

思ってもいなかった問いかけに、

答えに窮している僕を見て、慌てて

顔の前で手を振る。そうして、小さく首を

振ると目を細めて僕に言った。

「あの子に伝えておきます。

 また、会いに来てやってください」

ペコリと頭を下げる父親に、僕もまた

無言のまま頭を下げる。

いま、彼が言ったばかりの言葉が頭の中を

ぐるぐると回って、何も口には出来なかった。

僕はもう、振り返らずに店を後にすると、

深く秋色に染まる歩道を、足早に歩いていった。


翌日。

仕事を終え図書館を出た僕の足取りは、

今までになく重かった。


-----弓月は、幸せなんでしょうか?-----


彼の言葉が、寝ても覚めても頭の中に

繰り返されて消えない。

昨夜は結局、一睡もできないまま朝を迎え、

今日一日の業務はほとんど記憶になかった。


-----弓月は、幸せなんだろうか?------


僕は小さく唇の中で呟きながら、

コートのポケットに両手を入れた。

“僕”は間違いなく幸せだ。

幸せすぎて恐ろしくなるくらい、

僕は幸せだと思っている。

じゃあ、弓月はどうなんだろうか?


彼女と付き合いだしてから半年。

一日も欠かさずに顔を合わせ、言葉を交わして

いるのに、そういった事を話したことがない。

幸せに決まっていると、愛されていると、

僕は思い込んでいたのだ。

あえて訊くまでもないと思えるほどに、

弓月の瞳には僕が映っていたし、

ふたりのすべての事に、彼女は一喜一憂していた。

けれど、だからこそ……

そういう大切なことは、確かめなければ

いけなかったのだろうか?

もしかしたら、わかったつもりでいるのが、

一番傲慢なのかもしれない-----



僕は大きく息をついて、立ち止まった。

重い足を引きずりながら歩いた道筋は

やはり記憶になく、いつの間にか

大通りの向こうに花屋が見える。

信号機は“危険”を知らせる色が点滅し、

その色が今日はやけに濃く光って見えた。


嫌な感じはしなかった-----

ともすれば、

失礼とも言える弓月の父の言葉には

棘があるわけでなく、むしろ自問している

ような感じさえした。

どうして……僕に。

何を訊きたかったんだろう?本当は。

僕は、あの言葉の影にある彼の真意を考えながら、

夜の光に照らされた大通りを渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

魅了持ちの執事と侯爵令嬢

tii
恋愛
あらすじ ――その執事は、完璧にして美しき存在。 だが、彼が仕えるのは、”魅了の魔”に抗う血を継ぐ、高貴なる侯爵令嬢だった。 舞踏会、陰謀、政略の渦巻く宮廷で、誰もが心を奪われる彼の「美」は、決して無害なものではない。 その美貌に隠された秘密が、ひとりの少女を、ひとりの弟を、そして侯爵家、はたまた国家の運命さえも狂わせていく。 愛とは何か。忠誠とは、自由とは―― これは、決して交わることを許されぬ者たちが、禁忌に触れながらも惹かれ合う、宮廷幻想譚。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...