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【運命の交差点】
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「はい」と振り返ってはにかむと、
彼はまた困ったように俯く。
つい、呼び止めてしまったのだろう。
何を言っていいかわからない、といった
様子で開きかけた唇を舐めると徐に聞いた。
「あの子は……幸せなんでしょうか?」
「…………」
「あ、いえ……失礼」
思ってもいなかった問いかけに、
答えに窮している僕を見て、慌てて
顔の前で手を振る。そうして、小さく首を
振ると目を細めて僕に言った。
「あの子に伝えておきます。
また、会いに来てやってください」
ペコリと頭を下げる父親に、僕もまた
無言のまま頭を下げる。
いま、彼が言ったばかりの言葉が頭の中を
ぐるぐると回って、何も口には出来なかった。
僕はもう、振り返らずに店を後にすると、
深く秋色に染まる歩道を、足早に歩いていった。
翌日。
仕事を終え図書館を出た僕の足取りは、
今までになく重かった。
-----弓月は、幸せなんでしょうか?-----
彼の言葉が、寝ても覚めても頭の中に
繰り返されて消えない。
昨夜は結局、一睡もできないまま朝を迎え、
今日一日の業務はほとんど記憶になかった。
-----弓月は、幸せなんだろうか?------
僕は小さく唇の中で呟きながら、
コートのポケットに両手を入れた。
“僕”は間違いなく幸せだ。
幸せすぎて恐ろしくなるくらい、
僕は幸せだと思っている。
じゃあ、弓月はどうなんだろうか?
彼女と付き合いだしてから半年。
一日も欠かさずに顔を合わせ、言葉を交わして
いるのに、そういった事を話したことがない。
幸せに決まっていると、愛されていると、
僕は思い込んでいたのだ。
あえて訊くまでもないと思えるほどに、
弓月の瞳には僕が映っていたし、
ふたりのすべての事に、彼女は一喜一憂していた。
けれど、だからこそ……
そういう大切なことは、確かめなければ
いけなかったのだろうか?
もしかしたら、わかったつもりでいるのが、
一番傲慢なのかもしれない-----
僕は大きく息をついて、立ち止まった。
重い足を引きずりながら歩いた道筋は
やはり記憶になく、いつの間にか
大通りの向こうに花屋が見える。
信号機は“危険”を知らせる色が点滅し、
その色が今日はやけに濃く光って見えた。
嫌な感じはしなかった-----
ともすれば、
失礼とも言える弓月の父の言葉には
棘があるわけでなく、むしろ自問している
ような感じさえした。
どうして……僕に。
何を訊きたかったんだろう?本当は。
僕は、あの言葉の影にある彼の真意を考えながら、
夜の光に照らされた大通りを渡った。
彼はまた困ったように俯く。
つい、呼び止めてしまったのだろう。
何を言っていいかわからない、といった
様子で開きかけた唇を舐めると徐に聞いた。
「あの子は……幸せなんでしょうか?」
「…………」
「あ、いえ……失礼」
思ってもいなかった問いかけに、
答えに窮している僕を見て、慌てて
顔の前で手を振る。そうして、小さく首を
振ると目を細めて僕に言った。
「あの子に伝えておきます。
また、会いに来てやってください」
ペコリと頭を下げる父親に、僕もまた
無言のまま頭を下げる。
いま、彼が言ったばかりの言葉が頭の中を
ぐるぐると回って、何も口には出来なかった。
僕はもう、振り返らずに店を後にすると、
深く秋色に染まる歩道を、足早に歩いていった。
翌日。
仕事を終え図書館を出た僕の足取りは、
今までになく重かった。
-----弓月は、幸せなんでしょうか?-----
彼の言葉が、寝ても覚めても頭の中に
繰り返されて消えない。
昨夜は結局、一睡もできないまま朝を迎え、
今日一日の業務はほとんど記憶になかった。
-----弓月は、幸せなんだろうか?------
僕は小さく唇の中で呟きながら、
コートのポケットに両手を入れた。
“僕”は間違いなく幸せだ。
幸せすぎて恐ろしくなるくらい、
僕は幸せだと思っている。
じゃあ、弓月はどうなんだろうか?
彼女と付き合いだしてから半年。
一日も欠かさずに顔を合わせ、言葉を交わして
いるのに、そういった事を話したことがない。
幸せに決まっていると、愛されていると、
僕は思い込んでいたのだ。
あえて訊くまでもないと思えるほどに、
弓月の瞳には僕が映っていたし、
ふたりのすべての事に、彼女は一喜一憂していた。
けれど、だからこそ……
そういう大切なことは、確かめなければ
いけなかったのだろうか?
もしかしたら、わかったつもりでいるのが、
一番傲慢なのかもしれない-----
僕は大きく息をついて、立ち止まった。
重い足を引きずりながら歩いた道筋は
やはり記憶になく、いつの間にか
大通りの向こうに花屋が見える。
信号機は“危険”を知らせる色が点滅し、
その色が今日はやけに濃く光って見えた。
嫌な感じはしなかった-----
ともすれば、
失礼とも言える弓月の父の言葉には
棘があるわけでなく、むしろ自問している
ような感じさえした。
どうして……僕に。
何を訊きたかったんだろう?本当は。
僕は、あの言葉の影にある彼の真意を考えながら、
夜の光に照らされた大通りを渡った。
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