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【運命の交差点】
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------その日の月は、いつもと同じだった。
月明かりに照らされる街の風景も、
軽快な音色が漏れる店の入り口も、
いつもと何ら変わらない。
止め処なく続く、ありふれた日常の瞬間。
けれど、
この世界に“変わらない心”など
ひとつもないのだという事を、
俺はまだ、知らなかった。
------或いは、
予感があったのかもしれなかった。
冷えたドアノブを回し、重い扉を開ける。
ふわ、と店内から温かな風と音色が流れ
カウンターに目をやると、
いつもなら空いているはずのその場所に、
彼女の背中があった。
ピタリと足が止まる。
鼓動が大きく鳴って、体が熱くなった。
温かな店の空気を割って、冷たい外気が
すぅと流れ込んでいく。
すると細い肩を竦めて、ゆづるが
こちらを向いた。俺を見つけて笑う。
「入ったら?邪魔になるから」
その言葉にはっとして振り向くと、
いま階段を下りてきたらしいカップルが
背後で立ち止まっていた。
「失礼」
俺は小さく肩を竦めて店に入ると、
ネクタイを緩めながら彼女の隣の席に座った。
「いらっしゃい。いつものでいい?」
カウンターの奥からマスターがおしぼりを差し出す。
「ああ」
熱いそれを受け取って頷くと、マスターは
ロンググラスを手に、手際よくハイボールを
作り始めた。カラン、カランと大きめの氷が
グラスに落ちる音が響く。
俺は片手で頬杖をついて、ゆづるを向いた。
「平気だったのか?あれから。
家まで送らなかったけど……」
「平気よ。すぐそこだって言ったでしょ」
ふふ、とゆづるが小首を傾げて見せた。
結局、昨日、彼女を連れて戻ったのは
朝の7時過ぎだった。
家まで送ると言った俺に「そこでいいから」
と、十字路のひとつ手前の信号を指差す。
そして、ひらりと車から降りると
朝日を背に浴びながら「おやすみなさい」
と言って笑った。
「ああ」
小さく頷き、俺は次の言葉を探した。
けれど、何か言おうと口を開きかけた瞬間、
信号は青に変わり、仕方なくアクセルを
踏んだのだった。
去り際、バックミラー越しにゆづるを見れば、
ゆるやかに靡く髪を両手で抑えながら、
じっとこちらを見つめている。
まるで、「帰る場所」を俺に知られないように
そこに留まっているように見えた。
「あなたこそ仕事、大丈夫だったの?
あのまま寝ないで行ったんでしょう?」
半分ほどに減ったカクテルのグラスを指で
なぞりながら、ゆづるが俺を覗き込んでいる。
俺は浅く息をついて視線を一度天井へ外すと、
口元に淡い笑みを浮かべた。
「まあ、寝不足はいつものことだから。
体も慣れてるし、仕事は問題ないよ。
眠れない夜をひとりで過ごすより、
好きな女といる方が疲れも取れるしね」
ゆづるが目を見開く。
そして、グラスをなぞる指を止めた。
月明かりに照らされる街の風景も、
軽快な音色が漏れる店の入り口も、
いつもと何ら変わらない。
止め処なく続く、ありふれた日常の瞬間。
けれど、
この世界に“変わらない心”など
ひとつもないのだという事を、
俺はまだ、知らなかった。
------或いは、
予感があったのかもしれなかった。
冷えたドアノブを回し、重い扉を開ける。
ふわ、と店内から温かな風と音色が流れ
カウンターに目をやると、
いつもなら空いているはずのその場所に、
彼女の背中があった。
ピタリと足が止まる。
鼓動が大きく鳴って、体が熱くなった。
温かな店の空気を割って、冷たい外気が
すぅと流れ込んでいく。
すると細い肩を竦めて、ゆづるが
こちらを向いた。俺を見つけて笑う。
「入ったら?邪魔になるから」
その言葉にはっとして振り向くと、
いま階段を下りてきたらしいカップルが
背後で立ち止まっていた。
「失礼」
俺は小さく肩を竦めて店に入ると、
ネクタイを緩めながら彼女の隣の席に座った。
「いらっしゃい。いつものでいい?」
カウンターの奥からマスターがおしぼりを差し出す。
「ああ」
熱いそれを受け取って頷くと、マスターは
ロンググラスを手に、手際よくハイボールを
作り始めた。カラン、カランと大きめの氷が
グラスに落ちる音が響く。
俺は片手で頬杖をついて、ゆづるを向いた。
「平気だったのか?あれから。
家まで送らなかったけど……」
「平気よ。すぐそこだって言ったでしょ」
ふふ、とゆづるが小首を傾げて見せた。
結局、昨日、彼女を連れて戻ったのは
朝の7時過ぎだった。
家まで送ると言った俺に「そこでいいから」
と、十字路のひとつ手前の信号を指差す。
そして、ひらりと車から降りると
朝日を背に浴びながら「おやすみなさい」
と言って笑った。
「ああ」
小さく頷き、俺は次の言葉を探した。
けれど、何か言おうと口を開きかけた瞬間、
信号は青に変わり、仕方なくアクセルを
踏んだのだった。
去り際、バックミラー越しにゆづるを見れば、
ゆるやかに靡く髪を両手で抑えながら、
じっとこちらを見つめている。
まるで、「帰る場所」を俺に知られないように
そこに留まっているように見えた。
「あなたこそ仕事、大丈夫だったの?
あのまま寝ないで行ったんでしょう?」
半分ほどに減ったカクテルのグラスを指で
なぞりながら、ゆづるが俺を覗き込んでいる。
俺は浅く息をついて視線を一度天井へ外すと、
口元に淡い笑みを浮かべた。
「まあ、寝不足はいつものことだから。
体も慣れてるし、仕事は問題ないよ。
眠れない夜をひとりで過ごすより、
好きな女といる方が疲れも取れるしね」
ゆづるが目を見開く。
そして、グラスをなぞる指を止めた。
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