Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

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【運命の交差点】

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「ほら、早く描かないと月が沈むぞ」

コンコン、と冷たいガラス窓を突いて、

俺はゆづるの手を促した。

まだ暗い空のてっぺんに浮かぶ弓月は、

明るい光を放って夜明けを待っている。

あと1時間もすれば、陽の光に

散らされて月の色も霞むだろう。

ゆづるは「大丈夫よ」と呟くと、

手を動かしながら言葉を続けた。

「もうほとんど描き終わってるの。

 あとは、あなたの影を描きこむだけ。

 月が消える前にね……」

細い指がさらさらと動いて、

現実の俺を画の中の住人に変えていく。

俺はその音にじっと耳を澄ませながら、

重い瞼をゆっくりと閉じた。


翌日も。またその翌日も。

ゆづるはあの店で俺を待っていた。

出来る限り早く仕事を切り上げ、

彼女の元へ向かう足取りは軽い。

冷えたドアノブを回し重い扉を開ければ、

いつもと同じカクテルを手にゆづるが

俺を振り返る。向けられる眼差しは確かに、

恋人のそれで、店での待ち合わせが

俺たちの暗黙のルールとなった。

限られた時間を惜しむように朝まで肌を

重ねる日もあれば、マスターと3人、

夜更けまで語り合う時もある。

画を描きたいとゆづるがねだる日は、

いつかの夜景を観に車を走らせることもあった。


満たされた日々が、穏やかに過ぎてゆく。

ゆづるのすべてを得ることが出来なくても、

朝までの時間を共有できるだけで、

俺は満足だった。

求めすぎれば互いが辛くなることを、

俺は知っている。

だから、“誰かの代わり”のままでも、

いまが幸せなら俺はそれでよかった。


けれどひとつだけ、気がかりなことがあった。

尚美が無断欠勤をしていることだ。

ゆづるとの関係が上手くいき始めた頃から、

尚美は会社をずっと休んでいた。

嫌な予感がした。尚美は人一倍責任感が強い。

彼女に限って、こんな風に仕事を投げ出す

ことは、ありえなかった。

それでも、フロアー奥の中央に腰掛ける

部長の様子はいつもと変わらない。

まさか「何かあったのか?」と部長を問いただす

わけにもいかず……俺は自分で確かめるため、

尚美のマンションへ向かった。

久しぶりに訪れたマンションのロビーで

4ケタの暗証番号を押す。自動ドアをくぐり抜け、

明るい通路を早足で進むと、エレベーターに

乗って8階のボタンを押した。

冷えた夜風を背に受けて、彼女の部屋の前に立つ。

シンと静まり返ったドアの向こうからは、

人の気配を感じない。留守なのだろうか?

俺はインターホンを押して返事を待った。

けれど、やはり返事はない。

まさかと思って、玄関のドアノブに目をやった。

その時だった。

シルバーのドアノブに赤黒い、血液らしき

付着物を見つけて俺は目を見開いた。

背筋に冷たいものが走って、無意識に

口元を手で覆う。“やはり何かあったのだ”と、

ドアノブに手を伸ばした瞬間、ガチャリと

戸が開いた。

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