上 下
68 / 105

【運命の交差点】

しおりを挟む
それでも、他人の空似というには似すぎている。

このまま、何も確かめずに彼女を見送ることは

できなかった。

俺はぺろりと唇を舐めて彼女が会計を終えるのを待つと、

クリニックの出口に向かう彼女の背中を追った。

「あの……」

医院の自動ドアを出たところで、後ろから声をかけた。

建物の階段を下りようとしていた彼女の動きが、

ぴたりと止まる。ゆっくりと、こちらを振り返ろうと

する彼女に、俺は言葉を続けた。

「突然すいません。あなたが私の知り合いに

 よく似ているので、もしかしたらと……」

そこで言葉を途ぎった俺の顔を見た瞬間、

彼女の表情が凍りついた。

まるで、幽霊でも見ているかのような顔をして

体を硬くしている。もしや不審人物だと、

誤解されてしまったのだろうか?

ゆづるに瓜二つの顔を歪めながら俺を凝視している

彼女に戸惑って、あの、と、口を開いたその時、

「いやぁっ!!」

と、叫び声を上げ、女性は頭を抱えて倒れ込んだ。

「ちょっ……あぶない!!」

咄嗟に、階段の方に転げ落ちそうになった彼女の

腕を掴み、俺は体を支えた。つもりだったが、

支えきれずにその場にふたりで倒れ込む。

ドシンという振動の直後に、鈍い痛みが肘に走った。

「いっ…っ……おい、大丈夫か!?」

自分の上に被さるようにして肩に顔を埋めている

彼女の顔を覗く。

どうやら意識を手放しているらしく、しっかりと

閉じられた瞼は動かない。わけがわからぬまま、

彼女の顔を見つめていると、すぐ後ろの自動ドアが開いた。

「大丈夫ですかっ!?」

駆け寄ってきた看護婦に、はい、と小さく頷く。

体を起こしながら、首を捻って院内に目を向けると、

怪訝な顔をしてこちらの様子を窺っている患者たちの間から、

先ほどの医師が歩いてくるのが見えた。

そして俺の顔を見た瞬間に、表情を止める。

その顔はさっき、腕の中の彼女が俺に見せたものと、

まったく同じものだった。
しおりを挟む

処理中です...