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【月が輝く理由】
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「それは……確かに」
あの表情の理由に合点がいって、俺は頷いた。
複雑な思いが絡み合って見せた一瞬の表情であって、
俺の存在を否定するものではなかった、ということだ。
「もうひとつ。不躾なことかもしれませんが、
訊いていいですか?」
ナイトテーブルに置いてあった湯呑に手を伸ばし、
まだ白い湯気がのぼるそれに口をつけている父親に、
俺は訊ねた。父親が顔を上げる。
「弓月さんの人格が一人ではないことを知りながら、
あなたは、彼にそのことを伝えようとしなかった。
俺はともかく、何度もこの店に足を運んでいるあの
男になら、あなたから話をするチャンスもあった
筈です。こんなこと、いつまでも隠しておけるわけ
がない。複雑なことになってしまう前に、本当のこと
を彼に話しておこうとは思わなかったんですか?」
責めているつもりは、なかった。
ただ純粋に、そういう考えに至らなかったのかを、
訊いてみたかったのだ。
真剣に、弓月との交際を進めているあの男なら、
当然、結婚も考えていただろう。
こんな形で知る前に、すべてを知っていれば……
もっと、状況は違ったかもしれない。
「それは……」
“真実を話す気はなかったのか”と、問われた父親は、
当惑したように一度開いた口を閉じると、手にして
いた湯呑を握りしめ、山吹色の液体をじっと眺めた。
そして、おもむろに言葉を紡いだ。
「どんな人間にも、誰かを愛したり、愛されたりする
権利が、あると思うんです。親の勝手な言い分かも
しれませんが……私は、あの子が心を病んでいる
からといって、愛される権利まで奪うことは、とても
できなかった。もちろん、誰かと恋に落ちれば、いつか、
こういうことが起こるだろうということは承知して
いました。それでも……ひと時でも、あの子が幸せで
いられるなら、私はそれで構わないと思っていたんです。
その為に、誰が傷つこうと……私は構わない。
そういう、酷い人間なんです。私は。だから……」
「話さなかった……」
父親が言う筈だった最後の一言を、代わりに口にする。
父親は、はっとしたように俺を見つめ、
そして小さく頷いた。
------誰にでも愛される権利はある。
この父親が口にしたことは至極当然で、やはり、責める気に
はなれなかった。親のエゴであることに変わりはなくても、
真実を知らされたあの男が、弓月の元を去らないという
保障はどこにもないのだ。弓月自身も、そう感じていたから、
真実を隠し続けたのだろう。いつか、必ず、ふたりの幸せが
終わるということを知りながら……
傍らのベッドに眠る、ゆづるに目を向ける。
同じように、彼女も俺を失うことを恐れてくれて
いたのだろうか?自分が、戸籍上は存在しない
交代人格だということも、もう、この世にはいない義兄に、
俺が似ているのだということも、何ひとつ本当のことを
告げないまま、眠ってしまった。
「あなたが酷い人間だと言うなら、俺も同じです」
俺はゆづるの顔を見つめながら、ぽつりと言った。
視界の片隅で父親が首を傾げる。俺は、ごく穏やかな
声音で、ゆづるに語りかけるように、言葉を紡いだ。
あの表情の理由に合点がいって、俺は頷いた。
複雑な思いが絡み合って見せた一瞬の表情であって、
俺の存在を否定するものではなかった、ということだ。
「もうひとつ。不躾なことかもしれませんが、
訊いていいですか?」
ナイトテーブルに置いてあった湯呑に手を伸ばし、
まだ白い湯気がのぼるそれに口をつけている父親に、
俺は訊ねた。父親が顔を上げる。
「弓月さんの人格が一人ではないことを知りながら、
あなたは、彼にそのことを伝えようとしなかった。
俺はともかく、何度もこの店に足を運んでいるあの
男になら、あなたから話をするチャンスもあった
筈です。こんなこと、いつまでも隠しておけるわけ
がない。複雑なことになってしまう前に、本当のこと
を彼に話しておこうとは思わなかったんですか?」
責めているつもりは、なかった。
ただ純粋に、そういう考えに至らなかったのかを、
訊いてみたかったのだ。
真剣に、弓月との交際を進めているあの男なら、
当然、結婚も考えていただろう。
こんな形で知る前に、すべてを知っていれば……
もっと、状況は違ったかもしれない。
「それは……」
“真実を話す気はなかったのか”と、問われた父親は、
当惑したように一度開いた口を閉じると、手にして
いた湯呑を握りしめ、山吹色の液体をじっと眺めた。
そして、おもむろに言葉を紡いだ。
「どんな人間にも、誰かを愛したり、愛されたりする
権利が、あると思うんです。親の勝手な言い分かも
しれませんが……私は、あの子が心を病んでいる
からといって、愛される権利まで奪うことは、とても
できなかった。もちろん、誰かと恋に落ちれば、いつか、
こういうことが起こるだろうということは承知して
いました。それでも……ひと時でも、あの子が幸せで
いられるなら、私はそれで構わないと思っていたんです。
その為に、誰が傷つこうと……私は構わない。
そういう、酷い人間なんです。私は。だから……」
「話さなかった……」
父親が言う筈だった最後の一言を、代わりに口にする。
父親は、はっとしたように俺を見つめ、
そして小さく頷いた。
------誰にでも愛される権利はある。
この父親が口にしたことは至極当然で、やはり、責める気に
はなれなかった。親のエゴであることに変わりはなくても、
真実を知らされたあの男が、弓月の元を去らないという
保障はどこにもないのだ。弓月自身も、そう感じていたから、
真実を隠し続けたのだろう。いつか、必ず、ふたりの幸せが
終わるということを知りながら……
傍らのベッドに眠る、ゆづるに目を向ける。
同じように、彼女も俺を失うことを恐れてくれて
いたのだろうか?自分が、戸籍上は存在しない
交代人格だということも、もう、この世にはいない義兄に、
俺が似ているのだということも、何ひとつ本当のことを
告げないまま、眠ってしまった。
「あなたが酷い人間だと言うなら、俺も同じです」
俺はゆづるの顔を見つめながら、ぽつりと言った。
視界の片隅で父親が首を傾げる。俺は、ごく穏やかな
声音で、ゆづるに語りかけるように、言葉を紡いだ。
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