彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode5 朔風に消える

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「はい。神崎さんのおっしゃる通り、被害者はすでにこの世にはいません。

半年ほど前に、強姦殺人にあって亡くなっています」

黒住刑事がそう言って頷くと、部屋の空気がピリ、と張り詰めた。門田刑事が

身を乗り出して、つばさたちの顔を見渡す。緊張を解くためか、にこやかな顔で

話し始めた。

「いやですね、この事件は未だに犯人が捕まらなくて、我々警察も焦っているん

ですよ。目撃情報もなくて、犯人像も掴めない。でも、あなた方に危険が及ぶ

ようなことがないように、こちらも十分配慮します。何とか、犯人逮捕の糸口が

見つかれば、ということと……これは先ほどもお話しましたが、被害者の婚約者が

心霊現象に悩んでいるらしいんです。詳しいことは本人の口から話してもらいます

が、被害者が亡くなったころから、身の回りで奇妙なことが起こり始めた、と……」

そこまで話すと、門田刑事は黒住刑事に目配せをした。

あとは、そっちで説明しろ、ということだろう。黒住刑事が頷いて、何やら

書類を取り出す。それを一枚ずつ、つばさたちに手渡した。

「そこに書いてあるのは、事件の概要を一部抜粋したものです。もうすぐ、

婚約者の加賀見かがみさんがこちらに着くと思いますので、簡単に目を通して

おいてください。何か質問があれば、出来る限りお答えします」

そう言いながら、黒住刑事が腕時計に目をやる。つばさは、プリントに印字

されている文章に目を通した。事件の概要はこうだ。





20××年7月28日深夜。△△市〇〇区にて強姦殺人事件発生。

被害者は伊佐山 七海いさやま ななみ24歳。

殺害現場は、自宅から500メートルの雑木林。

第一発見者は、婚約者の加賀見 舘氏かがみ たつし

カフェのバイトを終えて、自宅へ帰らない婚約者を探しに出たところ、

自宅付近の雑木林で発見。被害者は暴行を受けた形跡があることから、

強姦殺人と断定。死亡推定時刻PM10時~12時。目撃者情報なし。

DNA鑑定の結果。被害者の周辺人物、及び犯罪歴のある人間に該当者なし。





つばさは読み終えると顔を上げた。事件の概要は、本当にざっくりしたもので、

おそらく、捜査資料のほんの一部と思えた。必要以上の情報提供を避ける目的

なのかもしれないが、あとはしてみろ、と言われているような気もする。

死亡推定時刻が記されているのに、殺害方法や遺体の状況が記されていない

ばかりか、被害者の顔写真も載っていない。つばさは、嵐に目をやった。

嵐と視線が絡む。微笑したところを見ると、同じことを感じているのかもしれない。

「あの」

つばさは、黒住刑事に話しかけた。

「はい。何でしょう?」

「これって、被害者の伊佐山さんは、婚約者の加賀見さんと同棲していた、

ということですか?自宅へ帰らない婚約者を探しに出たって……」

つばさは語尾を控えめにしながら、訊いた。

「その通りです。伊佐山さんと加賀見さんは、一カ月後に結婚式を控えて

いました。新居となる自宅に入居したのはその二ヵ月前ですから、その地に

越してきて間もなく……ということになりますね」

黒住刑事の話を聞いて、つばさは、うわぁ、と内心声をあげた。

被害者の伊佐山七海と婚約者の加賀見舘氏は、まさに人生の絶頂期から一転、

奈落の底へ突き落されたことになる。もうすぐ現れるという、婚約者の気持ちを

思うと、気が重い。そう思っていた矢先、部屋のドアがノックされた。

はい、と門田刑事が返事をすると、制服を着た婦人警察官が顔を出す。
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