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第四章:心に触れる

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感心したように頷いて、ギシ、とベッドに腰掛ける。

蛍里はこのまま風呂へ入ろうと思っていたのだが、

下着の入っているタンスがベッドの横にあり、

引き出しを開けられない。弟とは言え、拓也は

成人した男性だ。何となく、恥ずかしい。蛍里は

タンスの前に立ったまま、拓也を見下ろした。

「榊専務は若いし齢も近いから、拓也のイメージ

とはかなり違うと思うよ。でも、上司に恵まれてる

っていうのは、本当。こんな風に、家の前まで

送ってくれたり、落下物から守ってくれたり」

うっかり、そんなことまで喋ってしまった蛍里に、

拓也が目を丸くする。蛍里はしまった、とばかり

に目を逸らしたが、遅かった。

「えっ、何それ。その榊専務って人、ねーちゃんを

庇ってくれたの?どうやって???」

興味をそそられた拓也が、ぐいぐい訊いてくる。

蛍里は、あああ、と心の中で頭を抱えながら、

片手で拓也を制した。

「どうやって、って……ちょっと背後から庇って

もらっただけだってば。それより、わたしお風呂

入るから、出てってくれる?」

ほんのり、頬を染めながらそう言った蛍里に、

拓也がふうん、と鼻を鳴らして立ち上がる。

そうして、つかつかと部屋のドアまで歩くと、

くるりと振り返った。

「ねーちゃん、何かあったらいつでも相談のるから、

遠慮しないで何でも話してよ。オレ、ねーちゃんの

味方だし」

にぃ、と得意げな笑みを口元に浮かべそう言った

拓也に、蛍里は、目をシパシパしながら頷いた。

満足そうに笑みを深め、拓也が自分の部屋に戻る。

相談にのるから、と、3つ下の弟に言われたものの、

蛍里は何をどう相談すればいいのかさえ、

わからなかった。まだ、何も始まっていないのだ。

それどころか、自分が惹かれているのは誰なのか?

それさえも、わかってはいない。蛍里は、唇を噛んだ。



-----会いたい。彼に会って、確かめたい。



蛍里は、引き出しから取り出した下着をパジャマの

中に丸め込むと、階段を駆け下りて、浴室へ向かった。





-----詩乃守人様



そう入力したところで、蛍里の手はずっと止まっていた。

入浴を終え、拓也が作っておいてくれた親子丼を食べ、

すっかり緊張が解れても、頭の中で文章がまとまらない。

13作目の感想の返事は、数日前に届いていた。

けれどまだ14作目は読んでおらず、いつものように

作品の感想から文章を書くこともできない。

だからといって、今から急いで読んで、感想を書くのも

気が引けた。目的と手段が入違っている気がするのだ。

だから蛍里は正直に、彼に伝えてしまおうと決めていた。

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