恋に焦がれて鳴く蝉よりも

橘 弥久莉

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第四章:心に触れる

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いま、2人で食事をしているこのレストランも彼女が

予約した店で、一面のガラス窓に目をやれば、眩い

ほどの光景が眼下に広がっている。まさにこの場所は、

恋人たちが愛を語り合うための空間と言えた。

その風景を、複雑な心境で見ていた一久に、紫月が

声をかける。彼女を向けば、夜空に映える淡色の

ワンピースを着た紫月が自分を見つめていた。

「3回目ですね」

「………?」

「今日で、ふたりで会うの3回目です」

「ああ。そう言えば」

一久は、まるで少女のように潤んだ瞳をしながら、

そう言った紫月に、ぎこちなく頷いた。紫月がグラスを

手に取り、傾ける。そうして少しの間、赤紫の液体を

眺めると、彼女はそれを一気に飲み干した。



------一久はその様子に目を見張った。



何か、彼女が気分を害するようなことを言ってしまった

だろうか?空っぽになったグラスが、少々乱暴に

テーブルに戻される。そのことに眉を顰め、一久が

顔を覗くと、彼女は何かを決心した表情を一久に向けた。

そうして、ビジューの装飾がほどこされた小さな

バッグから何かを取り出し、それを一久に差し出した。

それに目をやって、一久はぎくりとする。

彼女が差し出したのは、ホテルのカードキーだ。

「秋元さん、これは……」

「紫月と呼んでください」

躊躇いを声に滲ませながらそう言った一久に、

返ってきた声は意外なほど鋭いものだった。

一久は目を見開く。潤んでいると思っていた瞳に、

きらりと光が見える。

「好きなんです。創立記念パーティーであなたを見た

ときからずっと、わたしはあなたが好きでした。だから、

この結婚を政略結婚だと思っているのはあなただけ。

どちらにも、愛がないと思っているのは、あなただけ

なんです」

そこまで一気に喋ると、紫月は肩で息をついた。

一久は、ごくりと唾を呑む。彼女の告白はあまりに

突然で、けれど、そうと訊かされれば、より一層胸が

重くなる。一久はカードキーから目を逸らした。

「だから、答えて欲しいんです。わたしと、本当に

結婚してくださるつもりがあるのか。たとえ、

愛がないとしても、あなたにその覚悟があるのか」

「……………」

紫月がきっ、と強い眼差しを向ける。彼女に、こんな

強い一面があることを、一久は初めて知った。そして

同時に、自分が彼女を傷つけていた事にも気付く。

たった数回会っただけの間柄だとは言え、彼女が

自分を想っていた月日は、長い。その彼女の想いに

対して、自分が彼女に見せた感情は、何もなかった。

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