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第六章:思い初める

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 「やれやれ、何をやっているんだろうねぇ。
この子たちは」

 溜息と共に呆れたような声が聞こえ、古都
里と延珠は顔を見合わせる。そして窺うよう
に声の主を振り返ると、そこには切りっぱな
しの和柄の手拭いを手に腕を組んでいる右京
の姿があった。

 「先生っ!」

 嫣然と微笑みを湛える右京に、古都里は涙
声のまま声を上げる。すると、右京は手にし
ていた手拭いを広げながら歩み寄ると、その
両端で二人の顔をやさしく拭った。

 「まったく。二人の泣き声が駐車場の方ま
で聞こえてくるから、通りすがりの人が怪訝
な顔をしていたよ」

 二人の前に屈んで言った右京は鷹揚として
いて、まるで琴古主が暴れたことなどなかっ
たかのように、いつもと変わらない。

 一瞬、延珠が叱られてしまうのではないか
と案じていた古都里は、ほっと胸を撫でおろ
しながらも上目遣いに言った。

 「すみませんでした。待てって言われたの
に家を飛び出しちゃって。……小雨くんは?」

 ゴン、と肘にあたった硬い感触を思い出し、
古都里は眉を顰める。右京は「ああ、小雨ね」
と小首を傾げつつ、肩を竦めた。

 「あのまま、部屋に転がしてきたよ。頭の
天辺にたんこぶが出来ていたようだけど……。
まあ、あんなでも妖だから問題ないだろうね。
さっ、二人とも立ってごらん」

 しゃがんだままの二人に手を差し伸べてく
れるので、古都里はその手を取り立ち上がる。

 延珠も差し伸べられた手を借りて立ち上が
ったが、右京の顔を見ることが出来ず、すぐ
に下を向いてしまった。

 きつく着物を握り締める手の指先が白んで
いるのを見て、古都里は右京の目を覗き込む。

 その眼差しに答えるように頷くと、右京は
「延珠」と、穏やかに名を呼んだ。

 延珠がゆっくりと顔を上げる。
 きつく引き結んだ口元は微かに震えていて、
彼女が涙を堪えているのだと、わかる。

 右京は何も言わずに目を細めると、大きな
掌を延珠の頭に載せた。

 そうして、くしゃくしゃと撫でた。

 艶やかな黒髪を綺麗にお団子に纏めた髪が
少しだけ乱れたかと思うと、延珠の目から
ぽろりと一粒の涙が落ちる。と、同時に聞こ
えてきたのは、涙に震える弱々しい声。

 「……ごめんなさい。もうしません」

 その声が狭い境内に響くと、右京は小さく、
けれど、子を見守る母のような眼差しを向け、
頷いた。

 「よし、この件はこれで終わり。二人とも
帰るよ。明日は演奏会だし、狐月も待ってる」

 そう言うや否や、くるりと背を向けて古都
里の前にしゃがみ込んでしまったので、訳が
わからずに古都里は「へっ?」と声を漏らす。

 すると右京は、ちら、と首だけをこちらに
向け、呆れたように言った。
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