さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

文字の大きさ
5 / 107
第一章:母と娘

しおりを挟む
 趣のあるレンガ造りの一般教育棟を出る
と、大学と同じ敷地内にある国立京山病院へ
と向かう。ここ、京山大学の咲田キャンパス
には理学部の他に医学部、歯学部、薬学部、
工学部が入っており、そのキャンパスに併設
する形で付属の京山病院が同じ敷地内にあ
った。

 百八十万平米を超える広大な敷地内には
バス停がいくつかあり、けれど学生たちは
それを使わずにキャンパス内を自転車で移動
している。

 手入れの施された芝生を眺めながら病院へ
と足を進める間も、満留の横を数台の自転車
が通り過ぎていった。すっかり陽の落ちた敷
地内を十五分ほど歩くと、やがて母の入院す
る大学病院が見えてくる。夕闇を削るように
聳え立つ病院は、外来診療棟、中央診療棟、
総合診療棟の東と西、入院棟に分かれてい
て、施設内にはカフェやレストラン、コンビ
ニ、薬局、郵便局、スーパーまでもが揃って
いた。

 まるで一つの街のようなそこがいまは生活
の拠点で、満留は病院の自動ドアをくぐって
最奥にある入院棟へと歩いてゆく。

 とうに診療時間を終えた院内はひっそりと
していて、中央にあるエスカレーターの音だ
けがカタカタと耳に聴こえた。満留は入院棟
のエレベーターに乗り込むと、肩に提げてい
たトートバッグを抱きしめ、七階のボタンを
押した。エレベーターのボタンが点滅しなが
ら上がってゆく間も、母の顔が頭から離れる
ことはなかった。




 「ただいまぁ」

 囁くように小声で言いながら個室の引き戸
を開けると、ベッドに身体を横たえたまま、
芳子がこちらを向いた。

 「……おかえり、満留。早かったね」

 やんわりと微笑みながらそう言った母に、
満留は小さく頷き、窓際にあるソファへバッ
グを置く。シャワーとトイレ、洗面台が完備
されている個室は広く、明るい。満留は紐を
引いてブラインドを閉めるとベッドの横に置
いてある椅子に腰かけ、経鼻酸素カニューレ
を装着している母の顔を覗き込んだ。

 「お母さん、今日はどう?夜ご飯は食べら
れそう?」

 そろそろ夕食が運ばれてくることを思いな
がら、母の手を握る。うっすらと細い血管と
点滴の痣が残る手の甲は痛々しく、また胸が
苦しくなってしまう。

 「口が……不味いのよねぇ。点滴している
からか、お腹も空かないし」

 どこか他人事のようにそう言って、食べら
れそうにないことを匂わせた母に、満留は表
情を曇らせた。

――口から物を食べられなくなったら、
終わりだ。

 ネットのどこかで見たそんな文面が頭を
擡げてしまう。ご飯が食べられなければ母は
どんどん痩せ細って体力を落としてしまうに
違いない。そうして体力と共に免疫力が落ち
れば、悪い細胞はどんどん増殖してしまうだ
ろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

処理中です...