さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第二章:何気ない出会い

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 そう考えれば、自然に囲まれながら人目を
気にせず息抜きが出来るこの場所が、満留は
気に入っていた。

 木の幹を囲うように設えたウッドベンチに
腰掛けると、細やかな夕食をトートバッグか
ら取り出し、ビニール袋を開ける。しっとり
とした生地に包まれたこし餡は甘さ控えめ
で、ぱくりとかぶりつくと口の中にやさしい
甘さが広がった。満留は、中庭の片隅にある
街灯の白い灯りをぼんやりと眺めながら、
小さめのあんパンを一口ずつ大切に味わった。

 そして、最後の一口を口に放り込もうとし
たその時、おや?と、ある違和感に気付く。

 街灯の灯りに照らされた庭植えのさつき
が、ぽつり、ぽつりと朱赤の花をつけている
のだ。

 もう十月だというのに、狂い咲きかしら?

 そう思って首を傾げながら、満留は最後の
あんパンを口に放り込んだ。それでもお腹は
満たされることなく、バッグから取り出した
ミネラルウォーターを喉に流し込む。

 ついさっき、母には「こんなの、ちっとも
高くない」と強がりを言ったけれど、保険診
療とはいえ決して安くはない医療費を払いな
がら、一人で家賃や生活費を支えながら、
高額な健康食品を買い漁っていれば、貯金の
底だって見えてくる。母子家庭で医療費助成
制度の恩恵を受けていたこともあって、母は
民間の医療保険には加入していなかったの
だ。

 だから、ひとたび入院すればあっという間
にヒラヒラとお金が飛んでゆく。それでも、
母の傍にいて何かしてやりたい。何も出来な
くても、母の隣で眠り、母の元から仕事へ行
きたい。そう思えば、差額ベッド代がかかっ
たとしても、満留は個室に泊まり込むことを
やめられなかった。

 ふぅ、と息をついてお腹を擦る。

 お昼にお握りを二つ食べただけのお腹が、
空腹を訴えて「ぐ~~きゅるるぅ」と大きな
音を鳴らしてしまう。

 うっ、恥ずかしい。
 誰もいなくて良かった。

 夜空に木霊する腹の虫を聞きながら、ひとり
苦笑いをした、その時だった。

 突然、「ぷっ、くすくす」と可笑しそうに笑
う声が木の幹の裏側から聞こえてきて、満留は
ピタリと表情を止めた。そして、そろりと首を
伸ばして木の裏側を覗き込む。すると、自分
以外誰もいないと思っていた空間に、高校生く
らいの男の子が足を組んで座っている。

 満留はそのことにびっくりして目を瞠ると、
暗がりの中でこちらを向いた男の子に言った。

 「ごっ、ごめんなさい。人がいると思わなか
ったから、つい油断しちゃって……」

 咄嗟にそんなことを口走った満留に、男の子
はさらに「くつくつ」と肩を震わせて笑う。

 満留は恥ずかしさのあまり、この場から逃げ
出したくなってしまった。
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