さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

文字の大きさ
24 / 107
第三章:准教授 妹崎 紫暢

22

しおりを挟む

 シンポジウムや特別講義、他機関の研究者
を招いた会議など、日々、大学ではさまざま
なイベントが催される。ここ、京山大学も一
大イベントとも言える学園祭、『京友祭』が
近づいていることもあって、校内はどことな
く慌ただしい空気が漂っていた。

 もちろん、その空気は漏れることなく教務
課にも漂っていて、この頃は少しばかり忙しい。

 満留は生物科学科の教室に出席カードを配
り終えると、広すぎる校内を急ぎ足で歩き、
教務課へと戻っていった。




 「それ、お手伝いしましょうか?」

 教務課に足を踏み入れるなり入り口で大量
のコピーを取っていた門脇に声を掛ける。
 満留が出席カードを配りに行く前から彼は
コピー機の前に立っていて、隣に置かれた青
いパイプ椅子には印刷を終えた用紙が山積み
になっていた。門脇は、規則的に用紙を吐き
出すコピー機を横目で見ながら、「あー、
コレね」とボヤく。コピー機からは機械が熱
くなった時の、独特の匂いがしている。

 「数学科の柿山教授から頼まれたんだけど
さ、具体的な指示が多くてね。ちょっと桜井
さんに頼むのは難しいかなぁ」

 腕を組んで首を捻って見せる門脇に、満留
は苦笑いする。

 教員によっては機械の操作が苦手だとか、
そもそも忙しくてコピーを取る暇がないとい
う理由から、教務課がその作業を引き受ける
ことが多かった。けれど、門脇の言う通り、
手伝ったはいいが教授の納得のいくように仕
上がっていなければ、「すまんが、もう一度
頼むよ」などと言われかねない。

 だから、「大丈夫ですよ」と安請け合いす
ることも憚られた。

 「またやり直し、なんてことになったら紙
の無駄になっちゃいますよね。お役に立てず、
すみません」

 そう言って自席に戻ろうとすると、「あっ」
と門脇が声を漏らした。その声に満留が振り
返れば、彼は自分のデスクを顎で指し示して
いる。満留は顎の先を辿り、デスクを見た。

 「もし手伝ってもらえるなら、妹崎せざき先生の
方をお願いしてもいいかな?あの先生、また
捺印やら署名やら忘れててさ。処理が滞って
困ってるんだ」

 その言葉に、「またですか?」と、うっかり
言いそうになって、満留はごくりと言葉を呑
み込む。


 京山大学の名物准教授、妹崎紫暢せざきしのぶと言えば、
物理学の世界ではかなり名の通った人物なの
だが……同じくらい彼の浮世離れした風貌も
有名だった。

 手入れの施されていない盆栽のような頭に、
いつ洗濯したのかと訊きたくなるようなヨレ
ヨレのシャツと袖が黒ずんだジャケット。

 顔が中心に凝縮されたような印象を受ける
のは、おそらく、丸メガネのせいなのだろう。

 おまけに、無精ヒゲとくれば「これぞ変人
学者のお手本」と褒めたくなるような出で立
ちで……。けれど、「清潔感」という言葉を
どこかに放り投げてきたような見た目にも
関わらず、彼の研究室は大層人気があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

処理中です...