さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

文字の大きさ
40 / 107
第四章:母のいる風景

38

しおりを挟む
 
 「……満留」

 さまざまなことを思い起こしながら、ブラ
インドの隙間を覗いていた満留の耳に、ふと、
か細い声が届いた。はっとしてその声に振り
向けば、母が目を開けている。

 「お母さん、起きた?」

 閉じていたブラインドの紐を引き、陽光を
部屋に導くと、満留は母の傍らに腰掛けた。
そうして、顔を覗く。

 痛み留めのせいだろうか?
 このごろはこうして長い時間、母はうつら
うつらとしていて、目覚めてもまだ夢の中に
いるような、茫洋とした顔をしている。満留
はそのことに嫌な予感を覚えながらも、それ
を振り払うように明るく声を掛けた。

 「何か水分取ろうか?冷たいお水がいい?」

 そう訊ねるも、母は力なく首を横に振る。
 その仕草に困ったような表情を浮かべると、
満留は「じゃあ」と言葉を続けた。

 「レモン味の氷を舐めてみようか?口の中
がさっぱりするよ」

 「……そうねぇ、じゃあ、ひとつだけ貰お
うかな」

 ようやく、そう言って微笑んでくれた母に
頷くと、満留は部屋の冷凍庫からカップに入
った“かちわり氷”を持ってきた。レモンの絵
柄と共に、「ビタミンC配合」と書かれた蓋
を剥せば、ちょうど口に入りやすい大きさ
の氷がゴロゴロと入っている。満留はそれを
ひとつだけスプーンに載せると、母の口元に
近づけた。小さく開いた母の口に氷を入れる。

 「……冷たい」

 そう言って母が微笑むと、満留の心はほん
の少しだけ軽くなった。

 「まだまだ、たくさんあるから。ひとつと
言わず、ぜんぶ食べてもいいんだからね」

 カップの中の氷を見せると、母はじゃあ、
と、もうひとつ氷を口に入れてくれた。

 「美味しい?」

 「うん……美味しい。でも、残りは満留が
食べて。冷たいのが歯に染みるの」

 眉を寄せながら母が言うので、満留は仕方
なくそれを横にあるテレビ台のスライドテー
ブルに置いた。そうして、折ったばかりの
お守りを手に取ると、それを母に見せた。

 「これね、折り紙でお守り作ったの。可愛
いでしょう?」

 掌に載せた三つのお守りは、赤、青、黄色
の花柄で、それぞれにちがった小花が散って
いる。丁寧に折り込まれたそれに刺繍糸を通
して結べば、温かみのある手作りのお守りが
完成するだろう。

 「とっても可愛い。満留は本当に折り紙が
上手ねぇ……折り紙博士みたい」

 お守りを手に、母がやんわりと目を細める。
 子供のころから幾度となく聞いてきたその
言葉に、満留はにっこりと笑った。

 「これをね、百個作るつもりなの。それで、
出来上がったらベッドの枕元に結ぼうと思っ
ているんだけど……どうかなぁ?看護婦さん、
びっくりするかな?」

 ヘッドボードの部分にある、把手のような
細長い穴にお守りをかざして、小首を傾げる。

 すると母は、「どうかなぁ」と呟いたかと
思うと、唐突に思いも寄らぬことを口にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

処理中です...