さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

文字の大きさ
56 / 107
第五章:心に留まる

54

しおりを挟む
 「ごめん。確かに、満留さんは大人の女性
かも知れないけどさ、俺も男だから。こうい
う時、女に出させたくないってゆーか、カッ
コつけさせて欲しいってゆーか」

 鼻筋を擦りながら満が、つい、と横を向く。
 その横顔は、照れているのか拗ねているの
かわからないけれど、年の差など関係なく満
が男として自分にやさしくしようとしている
のが、わかる。わかれば、なんだか胸の奥が
こそばゆかった。彼にやさしくされるのは嬉
しいのに、なぜか切ないような……そんな気
がしてしまうのだ。どんなに二人の距離が縮
まっても、傍目には年の差があるように見え
なくても、九年という年月は決して埋まらな
いからなのかも知れない。

 そんなことを思って知らず俯いてしまった
満留の耳に、突然「あ」と、満の声が飛び込
んでくる。その声に顔を上げれば、これから
渡ろうとしていた横断歩道の信号が、チカチ
カと点滅を始めたところだった。

 「満留さん。渡っちゃおう!」

 そう言ったかと思うと、ガシリと満留の手
を掴んで満が走り出す。

 「ちょ……っ!!」

 満留は引っ張られるまま、擦れた白線の上
を走ってゆく。信号待ちの車内から幾人もの
ドライバーが自分たちを見ている気がして、
恥ずかしかった。ヘッドライトの光の中を満
と駆け抜けると、信号を渡り終えるか終えな
いかのところで赤に変わり、やがて車が一斉
にエンジンを吹かした。

 「ごめん、大丈夫?」

 大通りの信号を渡りきると、満は歩きなが
ら満留の顔を覗いた。満留は「うん」と頷い
た瞬間にくすりと笑う。信号を渡り終えても
まだ、満留は満に手を引かれていた。

 「どうかした?」

 くすくす、と可笑しそうに笑う満留に満は
首を傾げる。二人は川沿いの三叉路を左に進
み、人影のない住宅街を歩き始めていた。

 「……ううん。あのね、急に満くんが走り
出したから怖かったの。靴が脱げないか冷や
冷やしちゃった」

 「靴?」

 「うん。この靴ね、履き古してるからか
ちょっと緩いんだ。今日も大学の階段で脱げ
て、転げ落ちそうになって」

 「マジで?危ねーじゃん」

 「でもね、間一髪、一緒にいた物理の先生
が抱き留めてくれて助かったの。あのまま落
っこちてたら、二人とも怪我してたかも」

 そう言って肩を竦めた満留に、満が表情を
止める。ふいに妙な沈黙が流れたので、満留
は不思議に思って満を見上げた。

 瞬間、満と視線が絡み合う。
 向けられる眼差しが切なげに揺れたように
見えたのは、気のせいだろうか?

 満は、ふい、とすぐに視線を逸らすと、
前を向いた。

 「その助けてくれた先生ってさ、もしかし
て男?」

 「うん、そうだよ。物理学の准教授」

 「……へぇ。偉い先生なんだ」

 「偉いのかなぁ。先生の研究はすごく注目
されてるけど……でも見た目が個性的なの。
頭が爆発してて、髭が伸びっ放しで、前時代
的な丸いメガネしてて。先生が提出する書類
は抜け落ちばっかりで、いつもすごく手間が
かかるし」

 そう言って、思い出したようにくすくすと
笑うので、満も「なんだそれ、しょうもな」
と、苦笑いする。その時、正面から犬の散歩
をする男性が近づいてきたので、満留は咄嗟
に繋いでいた手をぱっと離してしまった。

 「ごめんね。手、引いてくれてありがとう」

 「別に。それよりうち、すぐそこだから」

 離した手をポケットに突っ込むと、満は川
沿いに立ち並ぶ戸建てに目を向ける。

 満留はこくりと頷くと、彼の体温を失って
少しひんやりする手で髪を掻き上げた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

処理中です...